第547話-2 彼女は『アリエンヌ』に相談する

 連合王国を訪れるか否かに関わらず、彼の国の『賢者』というものをある程度理解する必要があると彼女は感じていた。どうやら、王国の魔術の在り方とは大きく異なるようである。


 帝国のある地域から王国へと進んだものと、ネデルあたりから海を渡りあの島へ移り住んだ者たちがいる。王国は古くから古帝国の勢力下にあり、文物の交流も盛んで多くの都市が建設された。


 帝国はメイン川流域が主な古帝国の進出範囲であり、それ以外の地域は蛮族の治める地であった。彼の島も似たようなものである。拠点は設けたが統治を進めるには至らなかったと言ったところであろうか。


 魔力を中心とする『術』を高めるに至った王国、それに加え、精霊の力を纏うことで力を発揮する精霊魔術に重きを置く『帝国』、その系統と先住民の樹木の精霊の力を『杖』といった形で取り込むことで精霊魔術を強化したであろう『連合王国』というあり方になると彼女は理解した。


 古の帝国が東方から来る蛮族により多くの都市が飲み込まれ力を弱めた結果、帝国の勢力圏から、今は連合王国を名乗る国のある島は外れることになる。そして、御神子教の布教も遅れることになる。


 また、統一した勢力が長く続かず、またあまり現れなかった結果、教皇の影響力を背景とする教会の浸透も進まず、修道士たちによる開墾・開拓が中心の布教となるに至る。


 その過程において、修道院は国土の三分の一ないし四分の一の土地を有するようになり、現女王の父王の時代にほぼ王家に領地も財産も没収され、廃されてしまう事になる。


 御神子教の布教が遅くなった結果、以前の精霊信仰も『妖精』や『家霊』といった形で姿を変え教会の教えの外側で生き延びることになる。精霊を祀った『神官』『巫女』は、『賢者』と名を変え教会とは別の存在として生き残ることとなった。


 それまで蓄えた自然の知識をもとに、また、精霊との関わりの中から『魔術』ではなく『魔法』即ち、精霊の力を借りる精霊魔術を主に得意とする存在となる。また、自然の知識の中には鉱物を利用した『錬金術』、生物を利用する『薬師』の仕事も含まれるようになる。


 故に、『精霊魔術』『錬金術』『薬師』の能力を兼ね備えた、連合王国と北王国に存在する精霊神官・巫女を『賢者』と呼ぶことにしたのだ。


 表向き、それは研究者・学者だと考えられており、『賢者学院』で学ぶそれは、御神子教となんら齟齬の無い内容であると公にはされている。とはいえ、天使ではなく自然の中に生まれる『精霊』の力を借りることから、厳密には異端扱いされかねない。故に、教会などの人間とは極力関わらず、また、御神子教と関わる事もないよう心がけているという。


 故に、現在の実利的発想の女王陛下とは友好的な関係を持ち、また、聖書を重視し教会を否定する原神子信徒との相性は悪くない。反面、御神子原理主義的先代女王や神国とは相性が良くない。


 研究に必要であるなら、サラセンの研究者とも共同で活動するくらいの考えを持っているとも言われる。


『賢者』はまた、「占い師」や「吟遊詩人」といった下職を有していたとも言う。これは、教会における司教と司祭、侍祭のような関係であると考えられる。ともに知識階層・宗教指導者であったが、より民衆寄りの仕事を担っていたと考えてよいだろう。


 彼女の竪琴と歌が精霊に伝わり、その元の姿を取り戻す事ができたことには、『吟遊詩人』としての聖なる力が影響を与えたのだと考えられる。


「そう、知っていたのかしら」

『いや、俺が生身であった頃には、既に昔話の世界だったな。吟遊詩人もそういった関係の者じゃなく、普通の芸人のような扱いだった』


 信仰する者がいなくなれば、その祭祀を執り行っていたものは排除されていくだろう。錬金術や薬師、占い師、吟遊詩人、どれも街や村に定住せず旅する存在か、街を離れ森の中に一人住むような存在が想像される。


 すなわち、樫の賢者と称された先住の宗教家は、そうやってひっそりと生き延びていると考えても良いだろう。今の世の中で『賢者学院』で育成される連合王国の魔術師とは異なる系譜となるのか。


『そういう意味じゃ、竪琴を持って歌を歌うおまえは、連合王国では廃れた古い魔術師扱いされているのかもしれねぇぞ』

「だから、あのバン・シーも歌を聞いて浄化されてくれたということかしらね」

『思い出したんじゃねぇの? 古い記憶、守ってきた家族の記憶って奴をな』


 彼女の心の中では、「それならばいいのだけれど」と精霊が落ち着いてくれたことを喜ぶような気持になっていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「『榛』の苗木」

「苗木って、どこ植えるんだよ」

「それは……」


 伯姪と彼女の間では、一先ずアルラウネの近くに箱を埋め、その上に苗木を植えようと考えていた。薬草畑を世話する子供たちの姿に触れさせ、また、狂化するようなおかしな兆候があれば、アルラウネに知らせてもらおうというところだ。


「リリアルの塔が完成したら、ここの土と一緒にその苗木を中庭に植えるのよ」


 伯姪が胡乱げな『癖毛』に言い放つ。


「ここと、リリアルの塔を繋げる橋渡し役ってことよ」

「そうね。見守ってもらえるように励んでもらおうと思うわ」


 うへぇという少数の声と、リリアルの塔に派遣された時に心細い思いを感じていた魔力小組を中心に喜ぶ多数の声が聞こえる。何らかの繋がりがあるというのは、安心感を持たせる。


「それに、この苗木には精霊が宿る予定なの」

「精霊? クネクネするやつだ!」


 確かに!! いやそれは、樹木でなく草花の精霊兼魔物のアルラウネだから。構造が違います!!


「アルラウネは草の魔物から精霊になったからそうなるの。葉と根だけのものが『草』、それに固い『枝』があると『木』になるわ。木は強い風でも吹かなければクネクネしないでしょう?」


 ということで、バン・シーが木の精霊の場合、クネクネしないということが理解される。





 翌日、早速森に入るリリアルメンバー。


「たぶん、この辺」


 リリアル学院の周りの水路に水を引き込む小川沿いに赤目銀髪の先導で探しに向かう。榛は湿地や低い山の川沿いに生える木だという。


「いい薪になる」

「へー そうなんだ。なら、それなりに学院の周りの川沿いに植えてもいいかもしれないね」


 木材として柔らかめで、家具を作るのに適しているという。箱にされたのもそんな理由かもしれない。


 何本かの苗木を確認し、葉の良く茂ったものを周りの土ごと多めに掘り起こして麻袋へと入れる。根を大きめに残さなければ、根が付きにくいからだという。


「詳しいね」

「猟師は樵とも仲良し。村の中に住めないから」

「……なるほどな」


 猟師や樵、野鍛冶の類も村で必要とされているが、完全な村のメンバーとは考えられていない。最も身近な取引先といった感じだろうか。あるいは、傭兵や冒険者に近い存在だ。その村専属の……ということになるだろう。


 孤児もそうだが、一つの共同体から外れた人間というのは、生き難いのが世の中だ。リリアル学院に集まるのは『魔力ある孤児』という枠組みであるが、その出自は様々。本来であれば、互いに知らない世界であったことも、こうして知ることができる。


 それが役に立つかどうかはわからないが。





 薬草畑へと苗木を持ち込み、アルラウネにここに『バン・シー』を移す苗木を植えることを伝える。


「面倒見てもらっていいかしら」

『ちょっと話しかけるくらいならねぇ~』

「狂化しそうになったら、教えてよね」


 アルラウネはクネクネとしつつも少し考えて答える。


『たぶん? 大丈夫よぉ~』


 その理由を彼女が聞くと、アルラウネはリリアル学院の生活で再び狂化するような出来事が起こるとは思えないからだという。


『守るべきものを守れなかったから嘆き続けて狂うのよぉ。あなたたちに、そんな未来が来ないと信じてるのよぉ~』


 アルラウネの言葉を真実にしたいと彼女も伯姪も、その場にいる他のリリアル生も思うのであった。


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