第539話-2 彼女は伯姪に遅まきながら相談する
王太子宮に到着。門前で、訪問目的を伝え王宮からの命令書を提示する。
「……確認いたしました。馬車は正面右手の城館に止めていただきます」
楼門で衛士の誰何を受け、一旦停止した後、開かれた門を奥へと進む。右手には二階建ての瀟洒な城館が見て取れる。
「ふーん、なかなか良さげな館じゃない。辺境伯王都邸には負けるけど」
「あの姉さんの趣味全開の建物には絶対敵わないわよ。姉さんの趣味でわざわざ改築までして仕上げたんだから」
「いやー ダーリンの愛の重さを感じるね!」
辺境伯邸はそれまで滞在する機会も少なく、また短期間であることから、敷地こそ公爵家の家格並みに広かったものの質素なものであった。姉の婚姻を機に大いに手を入れ、結果、隠居した先代夫婦が頻繁に……主に爺マッチョがリリアルに絡みたいが故ではあるが……王都に滞在することになり、三男坊の妻である姉が商会の接待や社交の場として有効に使う為、大改装をしているのだ。王妃様もお気に入りらしいが、彼女の祖母の評価はあまりよろしくない。何事もやり過ぎは良くないという事らしい。
馬車を下り、城館に案内される。一先ず、用件を責任者へと伝える必要がある。現在、王太子は南都に主に滞在しており、ここに居るのは王太子宮の警備を行う少数のお留守番たちであり、多くは衛士がその任を担っていると聞く。
衛士は傭兵の一種であり、山国の中で特定の街の出身者を雇用することで、人が入れ替わったとしてもきちんと引継ぎが為される『傭兵契約』を街と取り交わすことで、安全を担保している。信用は故郷の街そのものが担保しており、何か問題が起これば、街ごと討伐対象となる……といった関係であると言えばいいだろう。
山国は中央と東部が帝国の影響下にあり、南部のトレノ近郊のオスタ領と接する地域が法国、西部が王国の影響下にある。それぞれの影響の強い隣国の言語を話すのが基本であり、三か国語を話せる者も少なくない。
「リリアル副伯閣下とお連れの方をご案内しました」
執務室と思われる金具で補強された重厚な扉の前で衛士が声をかけると、「どうぞ」と声がかかる。
中にいたのは二十代後半だろうか、どこといった特徴の薄い顎の線の細い騎士とその従卒らしき若者が数人働いている様子であった。
「リリアル閣下、お会いできて光栄です」
目を合わせず、型通りの挨拶を互いに交わす。歓迎は当然されていないようだ。
彼女も訪問の要件を端的に伝え、実際どのような問題が起こっているのか責任者である伯爵令息である近衛騎士に尋ねるのだが、「私も詳細は存じません」といったことで、話を続けられなくなる。
「お久しぶりですね、覚えていらっしゃるでしょうか?」
「ア、アイネ嬢。お、お久しぶりですね。お元気そうで何よりで、です!」
まるで、強面の教官にミスを見とがめられたかのように直立不動で挨拶をする近衛騎士。どうやら、姉は何か弱みを握っているようで、明らかに先ほどよりもオドオドしている。
「あはは、もう結婚して、アイネ夫人だよ。いやー 君も王太子宮の警備責任者になったのかー 出世したんだね~」
「い、いえ。その、父と兄が骨折りしてくださって、その、拝命することができました」
「そうなんだ。やっぱ、お兄様は優秀なんだね」
それ、遠回しでなくとも兄は優秀、お前は能無しって言ってるようなものじゃないでしょうかと思う彼女と伯姪。
「そ、それで本日はどのようなご用件で」
「え、その、警備責任者にもかかわらず、君が妹ちゃんにケンモホロロに突っぱねた王命で調査依頼を受けた王太子宮の怪異の下調べに同行したわけ。こんな機会そうそうないからね。ここ、幽霊とか化け物とかでるんでしょ?」
表情が硬直し、顔面蒼白。少々震えているようにも見える。姉の言が図星であったようで、何やら心当たりがあるのだろう。
「そうだね、君がキリキリ妹ちゃんに知ってることを全部ゲロってくれないとさ、君自身が大変なことになるよ」
「妹ちゃん?」
「リリアル副伯閣下は、私の妹。そして、国王陛下が頭の上がらない元王宮侍女である私の祖母の大のお気に入り。これ、どういう意味か分かるよね?」
ルイダンは王弟殿下の後ろ盾もあるのでプチっとするわけにいかなかったのだが、実家からも王太子殿下からも「無能」扱いされている生まれの他誇るものの無い目の前の近衛騎士は、王都の社交界からも、王宮周辺からも簡単に排除され
ることになるだろう。
「近衛連隊の宿舎が拡張されてさ、管理人を増やしたいみたいなんだよね。君、立候補する? 推薦してあげようか、祖母から」
とうとう、目の前の近衛騎士は目を真っ赤にして涙ぐみ始めた。少々、虐めスギタようである。
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従卒が淹れた紅茶を「さ、これでも飲んで落ち着きなよ」と、まるで自分の物のように進める姉に呆れつつ、泣き止むのを待つ彼女と伯姪。
「姉さん」
「……ちょ、ちょっと脅かしただけだよ。もう、そんなメンタルじゃ、お化けが出たらどするの」
ひッ、と声にならない叫び声を上げ、伯爵令息である近衛騎士が息をのむ。
「では、話せるところから話していただけますでしょうか」
「……も、申し訳ありません、リリアル閣下……では……ご存知かも知れませんがお話させていただきます」
伯爵令息がこの場所の警備責任者となったのは王太子殿下が南都へ向かい暫くしてからのことであり、それ以降、事件らしい事件は発生していないという。
「じゃ、問題ないんじゃない」
「……いえ、それは逆で、問題が起こらない経路のみ巡回警備しております」
どういうことかと彼女が話を聞くと、伝聞であるが近衛騎士の何人かが王太子宮の警備中に失踪しているのだという。連続してということではないが、数年に一度程度、そういった事件が発生する。
「それで、今では、夜間はこの城館と入口の楼門以外に人を配置することはありませんし、巡回警邏も日が落ちてからは行わない取り決めとなっております」
「それは、失踪以外にも何か発生したからでしょうか」
彼女と姉、そして周囲の従卒の顔を繰り返し何度も見た後、意を決したかのように話を始める。
「こ、これは衛士たちが勝手にやった事で、近衛騎士団が命じたことではありませんとまず申し上げておきます」
ある時期、配属となった山国傭兵の衛士の何人かが、面白半分で納骨堂に侵入したことがあったのだという。名目は『警邏』となっているのだが、この城館以外に警邏する必要がある箇所は正直ない。ようは、肝試しのような気持ちで警邏に向かったのだという。
「……それで」
「四人で向かい、その四人の班全員が失踪しました」
「納骨堂の内部を捜索したのでしょうか」
伝聞だと断った上で、非番の衛士まで動員して内部を探索。しかし、発見することはできなかったのだという。有志で金を集め、王太子宮の当時の警備責任者に許可を取り、冒険者ギルドで紹介された宝探しに秀でた探索系のパーティを呼び寄せて納骨堂内部の捜索を依頼したのだという。
「それで」
「その者たちは、時間を変えたり季節や天候を変えたりして何度か入ったのですが、結局……」
依頼は未達成のまま、パーティーごと失踪しているのだという。ギルドからは期限が経過したことによる依頼未達成という形で打ち切りに。その後、再度依頼をだしたものの、受ける者はだれもおらず、放置になっているのだという。
どれも、今の王太子殿下が立太子する少し前の話であり、王太子殿下がここに居を定めてからは、今の巡回ルールを守りやり過ごしているのだという。そして、『大塔』はそれ以前から完全に封鎖されており、もう五十年以上誰も中に入ったことはないのだと付け加えた。
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