第539話-1 彼女は伯姪に遅まきながら相談する 

 彼女は『王太子宮』の探索について、これまで考えてきたことを伯姪に説明し、今回の陛下からの依頼について二人で対応するのが良いのではと伝えた。


「二人ね」

「そう。狭いところでもあるし、王太子宮に配されている近衛が好意的な人間との前提で対応するのはどうかと思うの」


 近衛騎士は貴族の子弟であり、継ぐべき爵位の無い者が少なくない。平民、まして元孤児であると見ているリリアル生に対して、あまり良い心証をもっていないと考えると、無理に連れ立っていくのも憚られる。


「ルイダンとかね」

「ええ。既に、先に探索に向かった者の未帰還も発生していることもあるから、あまりあの子たちを連れて行きたくないというのもあるわ」


 年齢的にはニ三歳の差だが、彼女は保護者であり貴族の娘である。多少の違いはあれど、伯姪もそれは同じだ。


「それと、連合王国に向かう時も、同じようなことになるでしょ?」

「そうね。最近、学院生を率いてか騎士学校の遠征程度だから、勘が鈍っているかもしれないわね。二人で探索……いいんじゃない」


 伯姪も久しぶりの二人での行動にまんざらでもない反応だ。


「調べて分かったことを共有してちょうだい」

「あまりはっきりしたことはないのよ。憶測や推測ばかりでね」

「それでも、心の準備が違うでしょ? なんでもいいから話しなさい」


 院長室で二人きり、王太子宮である元修道騎士団王都管区本部の跡地についての話をあーでもない、こーでもないと話を進める。


「王太子宮詰めの近衛に直接話を聞いてないのよね」

「ええ、まだそこまでいっていないわ」

「なら、最初は様子見で、何度か足を運んでみましょう。王都のリリアルの塔の工事の進行具合だって頻繁に足を運んだ方が良いでしょうし、近衛って、それなりに接触頻度上げた方が協力してもらいやすいと思うのよね」

「貴族ですものね」

「そう、貴族だからね」


 質実剛健、単刀直入を好む平民と異なり、教会関係者や貴族は相手に相応の扱いを望む。要は、簡単に懐に入れないという事だ。面倒ではあるが、王都での今後の立場を考えると、近衛に不平不満を持たれたり、悪意を持たれるのはよろしくない。


 彼女自身に直接何か被害が無かったとしても、リリアルの関係者に嫌がらせや妨害活動をされかねない。貴族とは、その辺りを如才なく振舞う存在だからだ。暇だから、嫌がらせする時間も手間もたっぷりかけられる。


「それと、あの鐘って、携帯用も作れないかしら」

「……納骨堂用ね」


『退魔の鐘』は、死霊除けになりそうだと考えるに、持ってきたいところだ。それに、連合王国は幽霊の多い国だと聞く。その辺り、特に戦う力の弱いメンバーに持たせたいという気もする。赤目茶毛とかにだ。


「頼んでみるわ。一先ず、先触れを出して、王太子宮へ近日向かいましょう」

「楽しみにしているわ。帰りに何か美味しいものでも食べて帰りましょう」


 最近はすっかり王国の騎士、もしくはリリアル学院の院長・副院長としての役割りばかりに振り回された二人だが、未だ十七歳の乙女なのである。とはいえ、行先は……辛気臭い場所なのだが。


「そういえば、まだ、あれが王都に居るわね」

「あれ?」

「そう、私たちより貴族の子弟に顔も名前も売れている身内が居るじゃない? 多分、誘えば喜んでついてくるわよ、興味本位で」


 王都の若い貴族の間では、彼女より彼女の『姉』であるアイネの方がずっと有名人であるし、お近づきになりたい者も未だ少なくない。姉を同行させれば、近衛の下っ端騎士も当たりが弱くなるだろうと彼女は考えた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「その胡乱な物は一体何かしら」


 王太子宮の探索に姉を誘い、二つ返事で同行することを了解されたのだが、「ちょっと準備があるから!!」と一週間ほど時間を取られた。彼女にしても、事前の打ち合わせや装備を整えたり、再度の下調べや地図の作成などに時間をとることになり、それはそれで好都合であった。


 姉が手にしている者は、東方の宗教用具の一つであるらしい。『錫杖』という杖の先端に複数の金輪がまとめられ、振ればシャンシャンと清浄な音がする。


「旅の護身用具も兼ねたものみたい。まあ、魔法使いの杖のバリエーション?」

「確かに、姉さんが持つと、悪い魔女らしさが引き立つわね」

「なにおー!」


 どうやら姉はとある商会の店頭でそれを見つけたらしい。大きさはクウォータースタッフほどのものから、大きめのダガーサイズまで様々なのだが、姉のもつそれは『魔装扇』よりやや大きなもので、もっとも小さなものだという。


「この先端の輪っかが魅力なんだよ」


 リンゴの断面のような形の輪に、八個の金属の輪がくっついており、柄が黒檀だと思われるが、半ばから先端は金属で作られている。


「護身具であり、お祈りする時にこれをシャンシャン振ってリズムをとるみたい」

「カウベルみたいなものね」

「そうそう。まあ、お祈りしながら巡礼する時とかに使うんだってさ」


 御神子の修行を体現する一つである『巡礼』は、その東方の宗教の影響を受けているのだという。異端じゃないかと彼女は心配にならないでもない。


「これの金具の部分を魔銀鍍金製にすればどうかな」

「そうね。剣でもなく、打撃武器でもなく、楽器でもないけれど……護身具になるなら試しに作ってもらいましょうか」

「あー いいなそれー お姉ちゃんも欲しぃ~」


 うっとおしいと思いつつも、現物があるとないとでは老土夫への依頼も難易度が変わる。


「それ、借受けられるなら、一つ進呈するのもやぶさかではないわ」

「いいよ、それ、今日の探索終わったらあげるよ! 代わりに、魔銀鍍金のそれちょうだい☆」


 王太子宮に向かう魔装馬車、彼女と伯姪が騎士風の装いに対して、姉は相変わらずのドレス姿。右手には『魔装扇』、左手には『錫杖』というスタイルを今日は試したいようだ。シャンシャン煩い。


「馬車に付けてもいいよね」

「……街中なら、馬車が近づいてくるのがわかって周りも安心かもしれないわね」

「え、ずっとシャンシャン聞こえているのは嫌よ」


 伯姪は馬車では寝る派のようで、シャンシャンは嬉しくないらしい。一定のリズムでなる鐘や太鼓の音は安眠導入に効果的なのだが。


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