第532話-1  彼女は近衛騎士団長と面談する

 騎士団本部で説明した『ワスティンの森騒乱』に関する報告は、王宮にも伝えられることになった。古くは、ワスティンの森が王家の狩猟場であることもあり、現在の国王陛下は狩猟を好まないこともありあまり関係ないのだが、それでも全く知らせないわけにはいかなかったからでもある。


 結論として、騎士団から中隊規模の捜索隊を派遣し、事後の状況を定期的に確認するとともに、周辺の街や村にもオークの形跡が周辺で見られた場合、直ちに代官もしくは騎士団経由で報告を上げるように触れを出した。


 また、運河の掘削現場の防衛も強化することになり、監視のための冒険者や傭兵を管理組合が雇用することになるという。費用は、王家と地元の領主、管理組合を運営し出資する商業ギルドでの折半となるらしい。


「それで、なんで近衛から呼び出しなのかしらね」

「さあね。でも、確か最近近衛騎士団長が替わったと聞いたわ。その顔合わせではないかしらね」


 先の近衛騎士団長は、その昔、レンヌに王女殿下の侍女として護衛任務についた際に面識があった人物だ。子爵と男爵の令嬢に過ぎない彼女たちにあまり良い感情を持っていなかったと記憶している。その後、海賊船討伐や王太子殿下とのタラスクス討伐などで、彼女とリリアルの名声が高まってからはむしろ卑屈なくらい低姿勢となった。特に、ミアン防衛戦の後は、煩いくらいのお追従があった記憶がある。


 近衛は王太子殿下の指揮の元相応の仕事をしたのだが、主に近衛連隊が活躍しており、近衛騎士団は賑やかしでしかなかったこともあるだろう。


「身分は高かったけど、騎士団長としての手腕は今一だったんでしょうね」


 伯姪はそう評価していたらしい。近衛は実力より身分が大切でもある。王家の周囲を守るために、爵位の低いものが高位の貴族に対して抑止力になりえないからということもある。


「伯爵らしいわよ、今回の騎士団長閣下は」


 確か、前の騎士団長は子爵であったか。小規模とはいえ自身の騎士団を持てる伯爵と伯爵の補佐役である子爵位ではかなり身分に差がある。その辺りも考慮されているのだろう。


「王宮に呼び出されて……王妃様と同席するようね」

「王妃様の知人という事かしらね」


 近衛騎士団長が王妃様の縁者ということだろうか。彼女と伯姪は、リリアル学院を留守にして王宮へ向かう事になる。今回は、二期生の『赤毛茶目』を連れて行くことにする。元商家の娘で、リリアル生の年少組の中ではもっとも『小間使い』役に適しているからだ。


 今後、連合王国への渡海メンバーに加えることも考えると、高位の貴族や王族の謁見の経験を積ませる必要もある。言葉遣いや所作に問題はないため、あとは経験値の問題だけだと彼女は考えていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「だ、だ、大丈夫なのでしょうか?」

「心配すんなって……でございますよお嬢様」


 二輪馬車の馭者台には歩人と赤毛茶目の二人が並び、馬車の扱いを小間使いが習っている。リリアルメンバーにとっては二輪馬車や兎馬車の扱いもできることが必須だからでもある。戦闘に不向きな少女にとって、馬車が扱えれば周囲の負担はかなり違う。


「大丈夫って、あんた今日も待合で馬車の番だから。大丈夫って言っても、フォローは私たちの仕事でしょう」

「気持ちの問題だって……でございます」


 馭者が王宮の中まで入る事ができるはずもなく。使用人待合で一人待機が決まっている歩人。正式な謁見ではなくお茶会に呼ばれた形なので、小間使いは彼女たちに同行させてもらうことになっている。


「お仕着せにもなれてもらわなければね」

「お仕着せを着てある程度護身術くらいはできてほしいもんね」

「……護身……」


 二期生のほとんどは『魔力量:小』であり、灰目藍髪や碧目金髪ら薬師組上りよりは恵まれているものの、魔力量を誇示するほどのものではないし、練度も低いので魔装馬車の馭者や気配隠蔽、魔力走査くらいまで使えれば十分だと彼女は考えている。


 自衛程度は出来て欲しいのだが。





 馬車を止め、二人が下車しそれに赤毛茶目が続く。歩人は馬車溜まりに停車させ、馬を馬房に納めている。


 王宮の通用門から入り、リリアル副伯が到着した旨を伝え、待合で待機する。暫くすると王妃付きの侍女と近衛騎士が現れる。


「お待たせいたしました。ご案内いたします」


 近衛騎士が先導し、後備に侍女が付く。きょろきょろしないように一心に落ち着こうとする赤毛茶目だが、視線があちらこちらに向かっているのと、小さな声で何か驚いたような声を出しているのが彼女の背中越しに聞こえてくる。


『まあ、落ち着かねぇよな王宮なんてよ』


『魔剣』の呟きに彼女も内心同意する。それなりに裕福な商人の子に生まれたとはいえ、王宮に入り、まして王妃殿下との茶会に立ち会えるということは普通の人生では経験しえないことでもある。


 王国を代表する調度に囲まれているのだから緊張もするだろう。だがしかし。


「あなた知っていたかしら。リリアル学院は、元王妃様の離宮であったものを下賜いただいたものなの」

「えっ……し、知りません……いえ、忘れていました」

「だから、王妃様の離宮で生活している私たちにとっては、それなりに馴染んでいると言えなくもないわね」


 伯姪の言葉に完全に同意は出来ないが、背後の挙動不審な雰囲気がすこし落ち着いたような気がする。


「こちらでございます」

「ありがとう」


 そこは、庭園が見えるやや広い応接室であるようだ。奥には王妃様と、見知った雰囲気の近衛騎士が一人。


「ああ、久しぶりねぇ~」

「ご無沙汰しております。それと、オラン公女殿下の件、お骨折りいただき感謝の次第もございません」

「いいのよ~ 王国とネデルの関係を考えれば、できることはなるべく力になってあげないといけないわね~」


 オラン公の娘である公女マリア、それに弟であるエンリ卿も王国で保護することになっている。長男はネデルで神国軍に捕まり、そのまま神国王宮へ移送されたと聞く。ネデルへの帰還を計るため、王国や帝国、連合王国に働きかけを行いつつ有志を募っているオラン公軍に同行させることも難しい。やはり、王家の庇護下で公女として生活してもらう事が有効だろうと彼女も考える。


 幸い、王都は御神子派も原神子派も争わずに共存することを両派に認めさせ王家は中立の立場を保っている。また、諍いがあれば積極的に調停役を務めることにしている。


 とはいえ、原神子派の少なくないギュイエ公領の都市や山国・トラスブルに近いブルグント・シャンパーの大都市では原神子派に傾倒する住民も都市を中心に増えている。が、騒乱を起こせば法に従い処罰することを徹底している為、教会を襲ったり修道院に乱入するような暴動は起こさせていない。


「マリアちゃんが王家の庇護下にあるってことも、あの教会嫌いどもには良い牽制になっているのよ~」


 人質とは言わないが、やはり原神子派の首領の一人と目されるオラン公の行動を掣肘する可能性を否定できない公女の存在。王家が中立であればこそ、安全が担保される。王家を反原神子派にしないためには、その辺りの配慮も必要となる。


「それで、最近どうなの……といってもずっとネデルですものね」

「いえ、ワスティンの再開発のため、リリアルで領都になりそうな旧城塞など確認しておりました」

「それは楽しみで。でも、大変だったのでしょ?」


 王妃殿下の耳にもオーク騒動は届いているようだ。その前に、ニコニコしている近衛騎士団長を紹介してもらいたいと彼女は思う。


 それが通じたのか、思い出したのか、王妃殿下が紹介する。


「二人は初対面かしらぁ~」


 彼女は初めてのはずなのだが、どこかで会っているような印象を受けている。


「初めましてリリアル副伯。私は、新たに近衛騎士団長の任を頂きましたアングレ伯アントルと申します」


 アングレとはギュイエにある都市の一つ。髪は赤味がかった茶色、そして目は王族の色である鮮やかな青。つまり……


「ギュイエ公子殿下……でしょうか?」

「はは、その通りです。私はカトリナのすぐ上の兄。次男坊です」


 ギュイエの公太子は長兄、次兄であるアントルはギュイエ公爵家の持つ爵位の一つである『アングレ伯爵』位を譲り受け近衛騎士団長の職務を得たということのようだ。


「元々近衛に近侍しておりましたが、この度、騎士団長の任を頂きましたので、独立して爵位を譲り受けることになったのですよ」

「ふふ、伯爵位くらいないとって陛下に言われたみたいよぉ~」


 内政干渉? まあ、親族だからこの程度の「お願い」は問題ないだろうか。騎士団と異なり、近衛の活動場所は「王宮内」が主となる。王国内の貴族や外交で参内する諸外国の大使や王族などに対するのに爵位がある程度高くなければ抑止も難しい。


 伯爵位であれば、大使や使節に同行する王族程度であれば、十分に話を聞かせるだけの立場が保てるという判断だろう。


 王国内において、伯爵の上は『辺境伯』ないし『公爵』となっている。侯爵位は海軍提督など所謂『名誉職』的な爵位であり、公爵は準王族扱い、辺境伯は唯一『ニース』だけで、実質『公爵』扱いである。


「カトリナ殿下の兄君でいらっしゃいますか。殿下とは騎士学校の同窓として親しくさせていただいております」


 畏まった言い方にアントルが苦笑いする。


「あのじゃじゃ馬が手放しで自慢する『親友』であるお二人にお会いできて、こちらこそ光栄です。どうぞ、アントルとお呼びください」

「……では、アントル閣下と……」

「いえ、カトリナと同じように、そのままで」


 それは無理だろう。近衛騎士団長にしてアングレ伯閣下なのだから。


「では、私のことはアリー、ニース騎士爵は『メイとお呼びくださいませ閣下』

……と申しております」

「では、これからよろしく、アリー、メイ」


 顔かたちは確かにカトリナに似ているが、雰囲気は……彼女の姉に似ているような気がしている。彼女は調子の良さに流されないようにしなければと内心締めて当たる事にしようと考えた。



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