第529話-2 彼女は醜鬼の将軍と対峙する
林間を駆け抜ける間、左手後方に大きな魔力があることを彼女は捉える。
『あそこに、指揮官がいるな』
『魔剣』が指摘するように、恐らく、先に崩れた百人隊の指揮官がオークの勇者であった個体、そして、分進合撃を仕掛けたのは今確認できる大きな魔力の指揮官、推定するなら『将軍』である。
今は、二個小隊六十体を四人で支える伯姪たちを助ける事が急務。将軍に逃げられるのなら、その時はその時だ。
四人が湖を視界に入れると、二方向から包囲が完成しつつあるオークの戦列と、半ば入り込まれそうになっている野戦築城陣地が目に入る。濠を乗り越え、無理やり侵入しつつあるように見て取れる。
背後の湖面の船上から、POWPOWとオークの戦列に絶え間なく銃撃が繰り返されているが、衆寡敵せず。悲鳴に似た声も聞こえている。
「森側から背後を突いて」
「「「了解!!」」」
彼女は一人、魔銀鍍金製のオウル・パイクに持ち替え、湖面に向かい駈出す。魔導船と味方陣地を射線に入れないように確認、魔力を込めたオウルパイクを振り抜く。
―――『
木々の間を這うように抜ける雷の刃。こそげ落とすように、壕から這いのぼるオークたちに命中し、力を失ったオークが壕の水面に沈んでいく。あるいは、硬直したまま、伯姪たちに討取られていく。
それとタイミングを同じくし、森側から突入した三人が小隊と分隊指揮官の頭を刎ね飛ばし、一気に攻め寄せるオークの陣営に混乱が広がる。
「どうやら、間に合ったようね」
『だな。で、どうする』
みるみる削り倒されていくオークの中隊の残存戦力を見ながら、彼女は残して来た最強のオークに向かい、一人走り出すのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
その巨大なオークは、十体ほどの供回りらしき揃いの装備を着用したオークを従え、湖の方角をじっと目にしていた。
巨大なオークは、ブリガンダインと思わしき少し目立つ意匠の施された革の胴衣を着用しており、巨大な魔銀製と思われるハルバードを掲げている。ハルバードも、意匠として指揮官が持つ場合もあり、他の個体が剣や短槍で戦っていた事からすると、ハルバードには総指揮官の意味でもあるのだろう。
供回りのオークは、古帝国時代の鉄板を重ねたような『セグメンタータ』と呼ばれる胴鎧を着用し、揃いの兜に四角い盾と短槍、手斧を腰に吊り下げている。
指揮官は白い魔熊並の大きさであるから、およそ3mほどであろうか。他の供回りも2mを越え、並のオークより一回りは大きく感じる。
『このままお引き取りしてくんねぇかな』
「くれないでしょうね」
そこに、猫が登場する。
『主、あの群れがこの森の中のオークの最後となります』
「ありがとう。この後も少し手伝って頂戴ね」
『御心のままに』
先制攻撃で数を減らし、その後、あの『将軍』と一騎打ちに持ち込む所存である。残しておいてあまり良い個体とも思えない。出来れば、追加の情報を得るかあるいは……である。
豹ほどの大きさに体を変えた『猫』そして、彼女が気配を隠蔽したまま『将軍』の背後へと接近する。
『そこな奴。気が付いておるぞ』
彼女の存在に気が付いたようだ。匂いであろうか。オークは犬並に鼻が良いと聞く。
―――『
左手に持つスティレットを一閃、二体のオークが雷撃に倒される。『猫』が一体の首元を爪で深く切裂き、切られたオークは首元を抑え蹲る。一瞬で三体の供回りが無力化され、残りの供回りに動揺が走る。
『鎮まれ! 女一人に魔獣が一体。女は我が、魔獣はお前らが討伐せよ!!』
『『『B HA!!』』』
盾を構え戦列を築く生き残りのオーク兵士。魔獣討伐は慣れているのか、指示されてからは動ぜず、穂先を揃え盾を並べジリジリと『猫』に迫っていく。
「一人でお相手して頂けるとは光栄ね」
『我は紳士故な』
『醜鬼の紳士とか、聞いたことがねぇ』
それは、勇者だってそうだ。勇者にしても「将軍」にしても、かなりの数が揃わなければ確率的に育たない加護や能力であろう。オークの軍団は、どこでどのように育成されたものなのだろうか。
彼女の中には、またもや確信が生まれつつある。
王都に戻り、連合王国に向かう前に調べておきたかったことの中に、「修道騎士団」の影響・残党についての調査がある。王国内で影響が強く残る地域の中に、内海沿岸の西部から、レンヌ・ロマンデを通り連合王国へと続く『修道騎士団街道』と呼ばれた内陸交通路が存在する。
これは、聖征の時期、王国内及び連合王国からの物資を安全に輸送する為、修道騎士団とそのシンパが整備した街道である。その主要な拠点の中には『ヌーベ領』である場所、若しくはそこに隣接する地域が含まれている。
ヌーベ公は恐らく王国に敵対する勢力として王国内で最大の勢力なのだが、単独で成立つ存在ではないだろう。王国南部の旧修道騎士団シンパの貴族たちや、その利権に携わってきた都市の住人などがヌーベ公を通じて王都の王家に対抗している。
南都騎士団が惰弱である理由も、積極的サボタージュの一環と考えれば筋が通る。
連合王国の次は……ヌーベであろうか。
ハルバードの穂先をピタリと彼女に据えるオークの『将軍』。構えは良いのだろう。しっかりとした訓練を受けたと思われる。それは……帝国辺りの傭兵からであろうか。
「中々の構えね」
『であろうな。我に敵う戦士はおらぬ』
「それは……世間が狭いというものよ」
彼女は力を見るために積極的に攻めてみる事にする。
バルディッシュを構え、魔力を通した一撃を振り下ろす。3mの巨体相手では、斬りかかるようにしか見えない。
Dann!!
バルディッシュの一撃を受け止めるハルバード。やはり、魔銀かそれに類する魔力を纏える装備であることは間違いない。
『やるな!!』
「そちらこそ!」
背後に飛びのき、力を溜め、中空に魔力壁を展開し足場にする。頭上からの一撃をフェイントに、彼女はスティレットを『将軍』の脇腹へ突き刺すに至った。
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