第525話-2 彼女はエム湖で試乗を行う
聖ブレリア号は全長30mほど、喫水は2mとあまり深くはない。幅は9m弱であり、五十年程前に神国から西の新大陸へと向かった冒険商人が乗っていた『聖マリア号』よりも長さは勝っているが、排水量は半分程度である。
数か月の航海を前提とした船と、数日から二週間程度の移動を想定した船では、型式が似ていたとしてもその中身はかなり違う。
「今回は、中央に外輪を配置していないんだ。中央やや後方にずらした」
癖毛曰く、回頭性を良くするために後方に重心を置いているのだという。その代わり、やや復元性が低下するが幅を広げる事で安定性を高めているので相殺できているだろうという。
「舵だけじゃなく、外輪の左右の回転差でも曲がれるからな」
左右の外輪を反対に廻せば、水の抵抗はあるものの、その場で回頭することすら可能である。車庫入れが便利だ。
「最高速度は同程度かしら」
「いや、魔力の消費量は二倍で、速度は最高で15ノット程度出ると思う」
快速船と呼ばれる帆船で追い風を生かして最高で10ノット程度と言われているので、15ノットはかなりの高速であり、回頭性、風に頼らない移動力を考えると、海上、特に戦場においてその力をいかんなく発揮しそうである。
「衝角を使うテストはまた後日だよな」
「ええ。竜が相手ではお互いタダで済みそうにないもの。止めておきましょう」
『我は構わんぞ!!』
試運転で破損してしまう! フリじゃないからな。襲うなよとその場にいるリリアル生全員が思う。
桟橋に「えいやぁ!!」とばかりに新型魔導船が浮かべられる。
「まずは、乗ってみましょう」
「じゃあ、簡単に操作を案内するな。前のと大きくは変わらないけどな」
癖毛を先頭に、冒険者組、薬師組、そして彼女と伯姪が乗り込んでいく。乗員は今現在で十六名。初代魔導船に馬車や馬迄乗せて七八人で乗船した事を考えると、人間だけで十六人は余裕があるように思える。
「離岸するぞ!」
外輪がバシャバシャと水を掻き始め、桟橋を離れ船は湖の中心部へと向かっていく。舵を用いなくとも、外輪の回転差で左右に曲がる事は難しくはないが、離岸する際は、舵も併用する方が良いのだろう。
「「「おおお!!」」」
冒険者組は帝国遠征でそれなりに乗る機会があったものの、薬師の一期生と伯姪は初体験に近い。
「これ、馬車より気分いいわね」
「そうなのよ。川を遡る時に騎士の人が驚く顔をするのが楽しみだったり
するわね」
川を遡る際、通常は馬で川岸を引いたり、あるいは、陸路を荷馬車に乗せて運ぶこともある。流れに逆らって登るのは、メイン川では珍しかったのだ。レンヌと旧都の間では「西風」を受けて帆走で川を遡る事もできるのだが、そういう場所は珍しい。まして、魔導船は帆走ではない。
対岸まで進み、湖岸に沿って湖を移動する。
「浅瀬を作るなら、南側かしらね」
「周囲の木を切り倒して、馬車や徒歩で近寄りやすいように整備した方が良いわね。休憩小屋兼避難場所もそこにあると良いと思うわ」
天候悪化や魔物の襲撃を回避するための食料や装備の予備を保管したり、漁具を保管する場所も用意したい。
「夢が広がるわね」
そんなことを彼女も考え、自然と笑顔が広がる。
マストは二本、前方が「フォア・マスト」、中央の大きなものが「メインマスト」である。三番目に当たる後方の「ミズン・マスト」は省略されているのは魔導船の推進力ゆえである。
「見張台へGo!」
「む、弓使いの居場所。渡さない」
赤毛娘が子ザルのようにするするとメインマストを登っていくのを横目に、赤目銀髪は魔力壁を用いて駆け上がっていく。赤毛娘……ただ木登りがしたかっただけではなかろうか。
「普通は、張ってある「シュラウド」を登るのよ!」
「シュラウド」とは、所謂、巨大なハンモックのような格子状のマストを支える網状のロープである。メイン・マストの先端からやや下がったところに籠状の「
二人がマストの上に乗り、何だかぐらぐら揺れている気がする。あまり帆の先端ではしゃがないでもらいたい。
「結構遠くまで見えるねー」
「確かに……ん……」
湖の先、森の奥を見ていた赤目銀髪が何かを発見、急ぎマストを下って来る。
「何か発見したの?」
「さっきのエント達が何かに追いかけられている。おそらく、湖に向かっている」
「「「ええぇ!!」」」
彼女は、癖毛に赤目銀髪がさす方角の岸辺に船を寄せるように指示をする。
「浅瀬に乗り上げるとまずいんだが」
「寄せるだけよ」
伯姪と冒険者組に上陸の指示を出し、薬師組は癖毛と共に船に残るよう命ずる。だがしかし……
「銃手は上で監視と支援をお願い」
「うぇー わかりましたぁ……」
碧目金髪は、狙撃用の長い銃身の魔装銃を肩掛けし、メインマストをヨッコイショとばかりに登り始める。
「魔銀装備で。見敵必殺の意気でお願いするわ」
トレントと対峙した際と同じ装備。トレントが逃げるほどの敵とは一体何だろうかと、彼女は思案するのである。
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