第525話-1  彼女はエム湖で試乗を行う

 森の賢者、考えるのが苦手であった事が判明。


 結局、襲い掛かってきたエントの大半が……枝打ちされた。そして、魔装縄をかけられ、地面に固定される大エント。他の者たちは、逃げるに逃げられず困惑している模様。


「さて、話を始めましょうか」

『グヌヌ……ごぶりん如キニ……』


 エントからすれば、小さく武器を持って森をうろついてる二足歩行の動物はみなゴブリン扱いなのだろう。


「最初に話をしたけれど、私たちはブレリア様に祝福を受けた人間です」

『シュクフク……ニンゲン……』


 漸く聞く耳を持てたようである。しかし、背後のエントから声が上がる。


『虚言ダ!! コノ地ニハ、モハヤ人間ハ住ンデオラヌ!!』


 森の中に響き渡る『ソウダソウダ』の声。


「黙りなさい!!」


 伯姪が声を上げる。


「この地は今まで王が管理していた無主の土地であったけど、リリアル副伯が領主に任ぜられたの。そう、彼女が領主よ。それで、この地の精霊である『ブレリア』様に挨拶をし、この地に住まう事を認められたの。この先の湖に棲む竜『ガルギエム』様とも知己の関係よ。で、あなた達は一体どういった権限で、この土地にはいるものを……襲っているのかしら?」


 動揺がジワリとエントの間に広がる。


「面倒ね。なら、ガルギエム様の前まで一緒に行けばいいでしょう? そこでガルギエム様がそうだと言えば間違っているのはあなた達。そして、否定すれば私たちが間違っていることになる。そうなれば……」

『がるぎえむガオマエタチヲ喰ラウ』


 大エントは納得したようであり、一旦縄を緩める事にする。


「余計な手間がかかったわね」

「あ、でも、エントの枝とか葉っぱって、なんか使えそうです!」

「素材採取と思えば、無駄ではありません」


 薬師娘二人にフォローされ、彼女はエントを従え、エム湖へと向かうのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『それで……スッキリした姿になったと』

『コノごぶりんツヨイ……』

「だから!! あたしたちはゴブリンじゃないって言ってるでしょ!!」


 頭の固い木である。頭があるのであればだが。どうやら、エントは魔力のあるなしで魔物か人間かを判断しているという。全員が全員魔力を持っている人間の集団は無いという判断のようだ。


「それは……そうかもしれないわね」

「あー そりゃ、目で見ているわけじゃないから、魔力走査だけで認識しているってことね」


 リリアル生、特に一期生は全員魔力持ちである。それも、人間離れした魔力持ちも少なくない。魔物と誤解されるのは……ありえる。


『ま、そういう不幸な誤解だな』

「こちらは特に、何事もありませんから問題ないのですが」

『ウウ…枝ガ……』


 振り回して追い払うための大枝がすっぱり断ち切られているエント達は、これからどうすれば良いのかと頭を抱えている。


『まあ、お前たち以外にもエントはいるであろう。先ずは、こ奴らに祝福を与え、間違いが二度と起こらないようにするのが優先であろう』


 ガルギエム曰く、エントから祝福を貰っておけば、悪い存在ではないと他のエント達も理解するので、二度と襲われなくなるだろうという。


『ごぶりんニ祝福ヲアタエルノハ……』

「しつこいわね。私たちがゴブリンではないし、ガルギエム様の知己を得たこの地の領主・領民となる者です。いつまでも納得しないのであれば、斬り倒してしまうことも吝かではないのですよ」

『『『……』』』


 エントは納得がいかないようなのであるが、その理由をガルギエムが説明する。


『しばらく前から、ゴブリンが送り込まれてくるようなのだ。それで、こ奴らは追い払う事に熱心でな。湖の周りや山の中にゴブリンが居つかぬよう、守っているのでこういう考えになっておる』


 森の中に溜まらず、廃城塞や森の外縁部にゴブリンが押し出されているのは、エントが追い掛け回す為であったようだ。それも、どこからか送り込まれてくるというのは聞き捨てならない。


「もし、ゴブリンを見かけて追いきれない時は、ガルギエム様か私たちに知らせてもらえるかしら?」


 エント同士が話を始める。どうやら、エント語というやつのようであり、何を話しているのかさっぱりわからない。


『そもそも、どうやって知らせるのだ』

「ワスティンの森の入口近くに、私たちの常設している野営地があります。そこに連絡役のエントを配置してもらえれば伝わるのではないでしょうか」

『ソレ……ヤル……』


 会話は難しいが、意図は伝わりやすいのかもしれない。エントが警戒して周囲にいてくれるのであれば、修練場の安全性もより高まるだろう。今は振るう腕もないエントだが、話によれば次の春には伸びてある程度は回復するという。


『我等ノ枝ハ魔力ヲ強クタメコンデイル。魔術師ノ杖トスルガヨカロウ』


 彼女は「リリアル生は杖を使わない」と喉元まで出たのだが、折角の好意であるし、次に出会ったときに仮にエントの祝福がない者でも、エントの枝を加工した装備を身に着けているのなら、襲わないようにと伝える。


『ワカッタ。マタアオウ』

「ええ。次は、戦わずに済むように、話を聞いてもらえると有難いわ」


 最後は何となく、関係も改善されたように感じる。


「エントの杖……つまり、フレイルに加工すると強力かもね!!」

「エントの木で弓は作れないからいらない」

「三期生の年少組用に、スタッフを沢山削り出せば、良い装備になりそうじゃない?」


 赤毛娘と赤目銀髪の不毛な言い合いに、伯姪がさらりと提案をする。確かに、太い枝は削り出してスタッフにするにも良いだろう。削るのが大変そうだが。


『削るのに、かなり魔力使うぞ』


『魔剣』の呟きに、癖毛の仕事がまた上乗せされるのである。





 ガルギエム曰く、逃げ足の速いゴブリンをこの湖に誘導するのがエントの役割であり、ガルギエムはゴブリンを水に落として殺すことで共闘することがあったのだという。


『あ奴らがいると、森が荒れる。獣たちも迷惑だからな。とは言え、森の中をゴブリンを探し回るわけにもいかぬ。エント達は動くのが遅いのでな、そういう役割分担でここのところ交流があったというわけだ』


 時間の概念が我々とは異なるので、正確な期間は分からないが、それでも、春が五六度廻る間であると言事だから、ここ数年という事であろうか。彼女の『代官の村』事件の発生時期と重なるような気がする。


「百以上の数が集まって移動するという事はありませんでしたか?」

『この場所まで追い込まれるのはいいところ十匹程度だ。たまに、片言で人間の言葉を話す者もいたか。エントどもは、見ているかもしれないが、我は知らぬ』


 エントに追い回される者は、ホブゴブリンかファイター程度が率いる分遣隊だろうか。キングやチャンピオン・ヒーローが率いる大規模な群れではないのだろう。見ていないからといって、この森を通過していないわけではない。この湖に近寄らなかったというだけのことだ。


「ブレリア様にも聞いてみましょうよ。今日は他の仕事もあるのだし」

「……そうね。幾つか作業をさせていただきます。浅瀬を作って魚の稚魚が育ちやすい場所を作ること、桟橋に船を浮かべますのでご容赦を」

『む、大きな船か? 楽しみであるな!!』


 ふざけて押し倒したりしないでもらいたい。


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