第523話-2 彼女は養殖池をリリアルで試す

 調べたところによると、『エム湖』程度の広さの養殖池は大きいサイズだが割とある存在であるという。とはいえ、エム湖はかなり水深が深い。少し湖岸を造成して、浅い場所を作った方が稚魚の育成には良い可能性がある。


「夢が広がるわね」

『土魔術最強かよ』


『魔剣』に言われる迄もなく、土魔術はとても便利なのだ。出来れば、『水』の精霊の祝福を得たので、その魔術も磨いてみたいものである。


 学院を廻る濠に至る水源から水を引き、養殖池を通って濠に水が流れ込むように手を加えようと考えている。責任者は……村長の孫娘。というよりも、彼女達を始め、貴族の子弟や王都育ちの孤児には養殖池の何たるかを知るよすがが無い。


「池を作るのが大変なだけなので、後はそんなに難しくないと思います」


 土の精霊の加護のある二人がいるので、作業自体は簡単に終わるのだという。


「水を溜めて、魚が隠れる事ができる水草なんかが必要です。そこに餌になる虫なんかも生まれやすくなりますし、卵も産みやすくなるんです」


 という感じで、池づくりは何となくやらなければならないことが理解できてくる。


「水を溜めて、ある程度池としての環境が整うまでは魚を放しても生け簀にしかならないということね」

「はい。餌も豊富になりませんし、土で出来た大きな盥みたいなものですから」

「ふーん、結構大変なんだね」

「……姉さん。今日は何しに来たのかしら……」


 池づくりに没頭していた彼女の前に、いつもの如く姉が突然現れる。


「え、ほら、妹ちゃんの領都開発に協力しようと思ってさ」


 そう言えば、姉が勝手にそんなことを話していたような気がする。林檎の木を植えたのち、実が生るようになるまで数年はかかるだろう。とはいえ、あの池の周りで「竜」がいるにもかかわらず、林檎の木を傷めつけるような魔物や動物は現れないであろうから、順調に生育するのではないかと想像する。


「今考えているのは、林檎の木を植えてシードルや蒸留酒を作ることかしらね」

「ふーん。魔物が多い場所だから、暫くは駆除が優先だもんね。その為に、領都の整備は早い方が良いと思うよ」


 人の往来が増えれば、魔物の討伐も進む事になる。今はワスティンの森を避け遠回りするしかない者も少なくない。街ができ、街道が整備され、魔物が駆除されれば領内に落ちる金も増える事になるだろう。


「一先ず、城塞とその周りを防塁で囲んで教会と酒場兼宿、それと鍛冶屋くらいは置かなければならないわね」


 加えて、馬の世話ができる厩も必要となる。


「教会には施療院をつけたいね。魔物に襲われたりしたときに、必要じゃない?」

「それならギルドの出張所がいいわよ。ポーションの販売委託しておけば危急の時には購入すればいいでしょう?」

「妹ちゃん」

「……何かしら姉さん」

「ポーションはね、庶民にはかなりお高いから難しいよ」


 気軽に生産しているポーションだが、世間一般ではかなりお高い。安くなったとはいえ、金貨一枚程度はするのだ。


 すっかりリリアル基準となっているので、忘れている。普通に傷薬の生産を行い、ギルドに卸さねばならないだろう。薬師を常に抱えているリリアルにとっては、さしたる問題ではない。


「それで、あのボロッちい城塞はどうだったの?」

「石造りの構造物だけは補修して使えそうなのだけれど、城館としては使い勝手が悪そうね。王都のリリアルの塔が完成してから、追々考えるつもりよ」

「あ、水車小屋とかそういうのも必要だよね」

「必要なら、リリアルの工房に依頼するから大丈夫よ」


 何事も自給自足できるのがリリアルの強みでもある。


 姉は根掘り葉掘りワスティンの森のことを聞きたがっているのだが、泉の女神『ブレリア』と『ガルギエム』に関して、彼女は決して話さなかった。何故なら、姉がしゃしゃり出てきて色々かき回されかねないからである。


 少なくとも最初の『祭り』までは秘匿するつもりである。お祭り大好き女である姉が、どこからともなく嗅ぎつけて登場するまでは……である。


「それにしても、魚の養殖ね。王様に対抗して?」


 王の生簀は貴族の間では有名である。大きな領地を持つ貴族の中にも養殖を得意とする者も少なくない。例えば、カトリナの実家のギュイエ公爵家もボルデュの南の辺りで養殖を営んでいると聞く。


「対抗ではないわ。名物づくりよ」

「それはいいね!! 魚のすり身団子入りのスープとか美味しいよね。下ごしらえが適当だと、骨が残っていて大変だけどさ☆」


 貴族に仕える料理人であれば進退どころか生死にかかわる問題なのでその様な恐れはない。問題なのは、姉が作った適当料理の被害者である、義兄ギャランである。


「義兄さんが心が広い方で良かったわね」

「そうそう。何作っても『美味しい』って言われるからね。それで最後には、『もうこれ以上作らないでください』ってお願いするんだよ。遠慮深いにも程があるよね」


 姉、完璧超人かと思っていたが、まさかのメシマズ嫁であったらしい。貴族の子女が料理する事自体レアなので、今まで気が付かれなかったのだろう。料理は、おおざっぱな性格の人間は向いているとは言い難い。


 小骨……大量に残っていたに違いない。大雑把に取り除いたとしても、小骨は良く叩いてすり身と一緒に潰して、最後にすり身を団子状にコネてから油で軽く上げておけば骨もカリカリになるだろうに。


 『クネル』なる帝国風煮込み料理を作るには、魚のすり身の他に、卵・乳・小麦粉が必要となる。卵を取るために養鶏、また乳を取るためには牛か山羊を飼う必要があるだろうか。それは、生簀が成功してからのお楽しみである。


 まずは、リリアルで実際に牛と山羊の採乳を試してみようか。


「それなら、東の村でも養殖試してみてもいいわね」

「養鶏の目途が付き次第という感じかしら」


 東の村とは、副伯となりいくつか拝領した領村の一つであり、その昔、人攫いに協力していた住人の住む村である。村役人は公開処刑、住人は全員犯罪奴隷と化していたが、今回女子供は刑期終了となり、また、男衆は奴隷身分ながら家族とともに村で生活することを許された。


 小麦と蕎麦の二毛作を進める事にしたが、養鶏による卵の生産も並行して進めている。前者が男衆メインであり、後者は女子供年寄りの仕事であると考えている。


 鶏舎は端的に土魔術で作った土壁の小屋に、簡単に屋根を葺いたものを与えている。


「あの犯罪村も、妹ちゃんのお陰で王国民に復帰できたわけだから、多少は感謝されているのかな」

「今は恨まれているのではないかしらね。反省はしているでしょうけれど、あの手の人間は『俺は悪くない、村長が悪い』くらいは思っているでしょう?」


 村長ら村役人は処刑されているのだが、協力した村人、特に成人男子は十年ほどの犯罪奴隷となっている。王都近郊でのいわゆる力仕事に従事させられているのだが、本来なら鉱山行でもおかしくないのだ。彼女と王家の厚情で死なずに済むように配慮されており、身分は奴隷のままだが、村での生活を取り戻す事ができたのであるから、かなり甘いというのにだ。


「それで次やらかしたら、堂々と処刑できるってもんでしょう?」

「次は、女子供年寄りが止めるわよ。あの頃よりずっと、リリアルの名は大きくなっているのですもの。顔に泥を塗られたら、必ず厳罰に処されるようにするでしょうね」


 姉と伯姪はやはりハードモードである。彼女は、家族との生活を取り戻した人間が、その環境を二度と失いたくないと考える気持ちを信じる事にしている。手に入れた物を失うというのは、とても大きな喪失感を感じるからである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 数日の後、養殖池(仮)が完成し、一先ず水を流し込み水草や葦が生えるのをある程度待つことにする。湖底はある程度魔術で固め、水が浸透しにくいようにしてあることもあり、流れ込んだ土砂がある程度堆積してもらう必要もあるのだ。


「結構広いわね」

「そうね。年少組が落ちて溺れないか心配ね」

「なら、ここで夏場は水練させましょうか?」


 管理するのは村長の孫娘が当面果たす事になる。長期的には卒業すれば実家に戻るので、誰か別の人間に委ねる必要もある。一期生薬師組のだれかか、二期三期の年長組から選ぶことになるだろうか。


「おお、こっちも完成したのか」


 見ると、老土夫と癖毛が現れた。


「新型の魔導船、完成したぞ。一先ず試運転はしてみた。漏水などの問題はないので、広い場所で実際動かしてみてもらいたいのだ」

「折角だから、エム湖に持ち込もう。他の冒険者組にも顔合わせさせた方がいいだろ?」

「おお、儂も行くぞ」

「当然だろ」


 老土夫は「竜」の住まう場所である湖の話を癖毛から聞き、一度是非会いたいというのである。土夫は……水の精霊の加護は貰えないだろうなと、彼女は内心思うのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る