第516話-2 彼女は『案山子』をくるりと回転させる 

 一期生がめいめい剣を打ち付け試してみる。


『ようよう、良い剣筋じゃねぇか』

「……黙れサブロー」

『お、おう。でもまあ、そういう仕事だからよぉ……」


 五体の案山子のうち一体の首には、帝国で捉えたノイン・テーターの一体である「首だけのサブロー」が配置されている。本名は……忘れた。


「森の監視も兼ねているから、必要なのよ」

「あと、さぼってるやつを報告する仕事もあるから」

「「「「ええぇぇぇ……」」」」


 本館から離れた場所であり、薬草畑のさらに奥であることから、死角といえば死角である。年少組辺りなら、遊びに夢中になりかねないし、勝手に森に入ってしまわないとも限らない。


 幸い、この辺りまでであれば『アルラウネ』の伸ばした根っこの哨戒網の範囲であり、サブローへの魔力補充も根から行えるという。そういえば、案山子の根元から蔦が伸び、サブローの首辺りに巻き付いている。これか。


 残念ながら口下手の『ジロー』には案山子の頭役は向いておらず、サブローのみの配置となる。


「煩いなら、ガルムの奴もここに配置でもいいわよね」

「……一応、稽古台にはなるから、それはもう少し後でいいわ」


 騎士としてそれなりに剣技を身に付けている『ガルム』は、五体満足な剣奴隷のような役割を与えている。これは、一期生の剣の相手をさせたり、修練場が無人の際の護衛役を考えている。魔力を無駄に消耗しなければ半月程度は自律して活動できるからだ。


 一期生が粗方使いでを確認した後、二期生三期生の鍛錬の番になるのだがなにやら言い出した者がいる。


「院長先生は剣を使わないのでしょうか?」

「院長の、ちょっといいとこ見てみたい!!」

「「「「「見たーぁい!!」」」」」


 子供たちが声を揃えて彼女の剣技に期待を寄せる。残念ながら、案山子相手では彼女の棒振り以上の技術の無い腕前は見せて喜ばれるとは思えない。


『期待に応えるのも上に立つもんの役割りだろ』


『魔剣』も調子を合わせて、煽って来る。そこで彼女は考えた。剣を用いた『技』なら問題ないのでは……と。




 サブローの案山子から10m程離れ、魔銀のスティレットを構える。ざわざわと子供たちが騒ぎ出す。


「ちっちゃい剣だね」

「ばっか、あれは止めを刺す為の短剣だぞ。稽古に使うもんじゃねぇ」

「なら、あの首の人殺されちゃうの?」

『ひぃぃぃぃ!!!』


 子供の呟きに反応する『サブロー』であるが、顔が引き攣っているのが見て取れる。


「剣技をご所望なようなので、お見せするわね」


 右手に魔銀の片手剣、左手に魔銀のスティレット。先ずは左手だけを使う。魔力を込めたスティレットを水を切るようにピッと振るう。その切っ先から、魔力の『針』が飛び出し、盾に命中しぐるりと回転する。


PANN!


「「「……は……」」」


 彼女の『飛燕』を初めて見た二期生三期生が硬直する。なんだ手品か!! といった反応である。


「連打するわね」

『ほどほどにしておけよぉ』


『魔剣』の呟きを無視し、盾に胴に、サブローの兜に一瞬で三連撃が決まる。


『があぁぁ!! いってぇ……』

「ふふ、結構面白いわね」


 まるで、祭りの射的ゲームのように次々と魔力の刃を飛ばし、盾に分銅に、胴に兜に次々と音を立てて命中する。


PANN!


PANN!


PAPAPAPANN!!!


 支柱がぐらつき出したので、彼女もそこで一旦デモンストレーションを終了する。最初は驚き眼を見開いていた二期生三期生、特に年少組がすごいすごいと盛り上がり始める。


「また、力を見せつけるわね」

「それは、あなたもでしょう? それに、純粋な剣技では到底手本にならないのだから、この程度は許してもらいたいものだわ」


 ニヤニヤと伯姪に絡まれ、彼女も憤然とした振りをして反論する。剣技では逆立ちしても伯姪には敵わない。


「でも、これ使えると……」

「咄嗟の時には銃の代わりになる」

「殺傷力も少ないですし、牽制にはもってこいですね」


 魔銀曲剣と比べ、飛ばせる魔力量が少ないため、切断まで行かず、致命傷にはならないが傷をつけるなら十分な威力である。


「これ、覚えると良いよね……」

「まあな。数が多い弱い敵なら、これだけで追い散らせるな」

「暴動対策なんかにもなるよね……殺さないで済むならその方が良いし」


 赤目蒼髪と青目蒼髪が『飛燕』の習得に前向きとなり、荒事が苦手で前衛を苦にしている黒目黒髪も距離を取って魔力量を生かせる『飛燕』なら護身の一環として生かせそうと考える。


 赤目銀髪と伯姪以外にも、魔力量に余裕があるメンバーは是非覚えてもらいたい。とくに、薬師組唯一の魔力量中である藍目水髪こと、水髪の『ミラ』には是非に覚えてもらいたい。


「まあ、そういう必要があるなら覚えようかな」

「い、いらないんじゃないかな……」


 赤毛娘も一瞬意欲を見せたのだが、黒目黒髪にやんわり否定される。突撃大好きなうえ、打撃武器が主装備なので、使い所がないというのもある。




 二期生九人と三期生の十六人、それにゲスト二人。鍛錬は、二期生と三期生年長組が一日おき交代で、年少組は午後の最後の時間をここで鍛錬をして過ごす事にする。


 時間割的には、午後の食後の時間を年長組、夕食前の時間を年少組という区分けにする。年少組を先にするとそのまま夜まで疲れて寝てしまうような気がするからである。年長組が食後の運動とでも思えばいい。


「それそれ!!」

『振りがあめぇな。何度も振るより、確実な一撃を目指せよ』

「お、おう。わかってらぁ!」


 年少組相手に、サブローもしっかり役割りをこなしている。流石に、三期年長組四人はしっかりとした打ち込みができる。特に男子二人は。


「やるわねあの二人」

「ええ。しっかり良い訓練を受けてきたのでしょうね」


 十歳と言えば茶目栗毛が見極め失敗をした年齢に近い。身に着けた能力を考えると、二期生より魔力の操練度以外においては上回ると考えておかしくはない。


 しっかりと盾を叩き、分銅を躱し胴や首元に突きを入れる。その剣の戻しも素早い。女子も中々の動きだ。


「上の人数が少ないって事は、それなりに生き残れる能力を身に着けているという事なのでしょうね」


 年長組は年少組の三分の一しかいないのは、訓練の過程で見込みがない者が排除された結果であろうか。そう考えると、魔力を用いないで行う活動において、三期生魔力無組も相当の戦力になるのではと彼女は改めて期待するのである。

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