第504話-2 彼女は洞窟の奥へと進む
修練場(仮)へと戻ると、凡その建物の基礎部分が整地されていた。また、薬草畑になる部分や馬を繋いでおくスペースなども整理されており、癖毛が段取り良く仕事を片付けていた。
「随分と臭うぞ」
「……男としての配慮が無い」
「モテなくても当然だ!!」
「ゴブリンの巣穴の中まで私達は入ったのよ。臭うなら、先に帰らせてもらうわね」
慌てて片付けを始める癖毛。伯姪が馬に乗り、臭い組三人が先行して二輪馬車でリリアルに戻る事にする。
まずは、この赤い魔水晶の謎を解きたいのだが。水晶の中に精霊を閉じ込める技術があることは驚きであるし、それが容易に成せるのであれば、あちらこちらに『赤頭巾』をばら撒くことができる。
能力的にはオーガに近く、兵士や一流でない冒険者にとっては相当危険な存在だと思われる。また、魔銀の剣を持たない騎士にとっても同様であり、魔術による攻撃若しくは、魔力を纏った攻撃でなければ効果的にダメージを与えられないと考えられる。
とはいえ、封じ込めた『赤頭巾』を呼び出すには、生き血を魔水晶に注ぐ儀式が必要である。また、封じ込めるにはそれ以上の技術が必要なのだろう。
『あれか、召喚陣をつかうのかもしれないな』
『魔剣』の呟き。召喚陣……聞いたことはあるが、実際に見たことはない。
「召喚陣って、あなた使った事でもあるの?」
『あるわけねぇだろ。ありゃ、魔術師じゃなくって召喚師の仕事だ。それに、召喚自体は精霊術師も行える。今は、魔術と聖職者の「奇蹟」の類だけだが、御神子教が広まる前には、精霊の力を借りる事を生業とする術者が結構いた。そりゃ、連合王国なんかじゃ「賢者」と呼ばれる魔術師の一派だが、半分くらいは精霊の力の行使だな。使役したりもできる』
帝国では『魔女』と呼ばれる野良の薬師がいるが、魔女は呪術や小動物に形をした精霊の使役も行う事がある。男性の術者が「賢者」、女性の術者が「魔女」と呼ばれるのだが、帝国では賢者は廃れ、魔術師となってしまい、呪術や精霊の使役を行わなくなっている。
「そう考えると、あの赤頭巾は精霊を召喚し使役する術者により持ち込まれたと考えればいいのでしょうね」
『ワスティンの森だろ。連合王国から持ち込まれたんじゃねぇのか。確か、そんな名前の悪い精霊があの国には居たと思うぞ。レッドなんとかって殺人現場や戦場跡に現れる奴だな』
連合王国の精霊使い・術者であるとするならば、『伯爵』もオリヴィも専門外である。彼女の周りには心当たりがいない。
「自分で調べるしかないかもしれないわね」
彼女が諦めて、自分で調べようかと考えていると、『魔剣』が提案をする。
『精霊のことは精霊に聞けばいいじゃねぇか』
「そんな簡単に、話の出来る精霊がいればいいのだけれど」
戸惑う彼女に『魔剣』が呟く。
『いるだろ。畑に生えている』
「……そうね。あれも一応、精霊なのよね」
彼女は、『アルラウネ』の存在を思い出したのである。
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リリアルに彼女が戻ってきたのは、既に夕方になっており、一旦着替えたりする事を考えると、話を聞くのは翌日の方が良さそうであると判断した。
幸い、午前中は薬草畑に人が入る事はないので、その時間、『アルラウネ』と直接話をしようと考えていた。
暖かな日差しの中、畑の中でクネクネとお踊っている姿が遠くからでも確認できる。最近は、魔物や鳥も近寄ってこない。案山子代わりに丁度良い存在になりつつある。不気味だが。
『あらあら、めずらしいわね~♪』
いつもであれば、他のリリアル生が作業をしている時間に顔を見せる程度であり、その時間は午後になる。今日は午前中から一人現れたのだから、『アルラウネ』がそう思うのも当然だろう。
何用かと聞く割には、相変わらず踊っているのだが。
「実は、近くの森でゴブリンを討伐したのだけれど、奇妙な赤い頭巾を被った悪意ある精霊を討伐したの」
『それは物騒ね~♪』
彼女は魔法袋から慎重に『赤い魔水晶』の入った革袋を取り出し、中身を地面にごろりと無造作に落とす。
『確かに物騒ね~♪』
「精霊を水晶に収めることは出来るかどうか、あなたは知っているかしら」
クネクネをしながら暫く無言となる『アルラウネ』。やがて、話を始める。
『知っているというよりは、聞いたことがある程度ね~♪』
なんでも、完全な精霊は不可能だが、半精霊なら可能だと言うので、アルラウネを魔水晶に収容できないかという事で、『賢者』の遣いという者があの場所に現れたのだという。結論から言えば、『アルラウネ』は魔水晶に収容できない。
「なにが違うの?」
『実体があるでしょう~♪ 魔水晶に入れられるのは、受肉していない精霊だけなのよ~♪』
例えば、風の精霊であるエアリアルや火の精霊サラマンダーは、問題なく魔水晶に収めることができる。火の魔石などと呼ばれる物の実態は、火の精霊を住まわせているものだからだ。
これが、実体を持つ精霊である『アルラウネ』のようなものは収容できない。
『だって草だもの~』
『赤頭巾』が収容できた理由は、恐らく受肉していないからだろうという。例えば、悪霊と土の精霊が結びついた結果、ゴブリンとなるのだが、これは受肉しているので水晶の中には納まらない。
「では、何故……」
『あれか、あいつら殺すだけで、肉喰わないからか』
『たぶんね~♪』
ゴブリンやオーガ、吸血鬼も、人間や動物の肉や血と言った形あるものを摂取する。ところが、『赤頭巾』は、人を殺す為の怨念が実体化したものであり、アンデッドの中でも霊体に近いものなのだろう。
『そう考えると、ワイトは無理だが、スペクターやレイスは可能という事になるな』
『魔剣』の推理通りであるとすれば、騎士学校の演習で出会ったスペクターは魔水晶という形で持ち込まれた物かもしれない。簡単にレイスを収める技術があるとは思えないし、そもそもスペクターほどの死霊は、簡単に見つける事は出来ない。
地縛霊に近い『ファントム』はさほど強い力はないが、それでも死んだ人間の人格が残る『ゴースト』よりは若干強力である。『スペクター』は、思念体に近く『レイス』はその集合体だ。ファントムの中に残った怒りや恨み、無念さの残滓が寄り集まったものであり、殺意害意の塊故に、容易に人を殺すことができる。
その為、レイスの現れる場所は、一族が自刃して果てた城館や隠れ家などであることが多いし、そのような場所がいくつもあることはない。族滅するようなことがあれば、恨みつらみを浄化する施設を設置することもする。鎮魂碑のようなものや、魂鎮めの祭りのようなものだ。
『だから~ レッド・キャップみたいな、ありふれた悪意ある半精霊になるんじゃないの~♪』
『アルラウネ』は『赤頭巾』をレッド・キャップと言った。どうやら、ネデルと対岸の連合王国に住む『家精霊』の慣れの果てなのだという。
『没落しちゃったり~ 家を捨てて逃げ出しちゃった屋敷の家精霊が、元の主たちを想ってだんだん狂っていった感じかしらね~♪』
百年戦争の後、連合王国内は王の正統が途絶え、いくつかの傍系の王族が王位を狙い争い続けた。結果、かなりの数の貴族家が断絶し、伯爵や公爵家がいくつも絶えた。また、それ以下の貴族の数も大いに減っている。
「そのあたりで、家精霊が悪霊化したレッド某はそれなりに揃うわけね」
『詳しくは知らないけれど、そんなことではないかしら~♪』
『辻褄は会うな。今の女王になってから、側近を郷士・騎士から爵位持ちに格上げしてる数が増えている。父王の時もあったみたいだしな』
領地と城館を与える際に、その地に住まう『狂気と化した家精霊』を魔水晶に封じ、それを王国内に持ち込み魔物を統率される素材として行使しているということだろうか。
「ものに憑りつく精霊であれば、家から魔水晶に引っ越させるだけですもの。
容易かもしれないわね」
只引っ越させるわけにはいかないであろう故、何らかの形で『赤頭巾』を移動せる術者の介在があるだろう。それが、精霊術なのか死霊術なのか、『賢者』なのか『魔女』なのかはわからない。
『そういえば、むかしはあの森にもいたのよ~♪ 賢者とか魔女とか呼ばれていた人たち~ いまでも、魔女はちらほらみかけるけど~♪ でも、賢者って男の人がなるんだけど、いなくなっちゃったわね~♪』
その昔、デンヌの森は『女神』が住む森であったという。古帝国がやがてメイン川まで到達し、森には軍用街道も通され、帝国の軍隊の駐屯地や都市が建設された。その後、ムーズ川沿いには帝国の崩壊の後は修道士が宣教の為にやってきて、修道院を建設した。
ムーズ川の周辺には、既に廃墟となった物を含め千年以上の歴史ある修道院が存在する。
『そんな形で、デンヌの森は女神の聖域じゃなくなったんだな』
であるとすれば、このデンヌの森で生きながらえていた半精霊の『アルラウネ』は女神の後継なのであろうか。まったくもって、女神らしさは感じないのだが。
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