第498話-2 彼女は模型を王妃様に見せる
リリアルの塔について、建築家が相当気になるようなので、質問を受けることにする。
「このつるりとした外壁は、石積みの後、モルタルで目地を埋めるつもりでしょうか?」
百年戦争期の石積みの城塞を館風に改装する際、石と石の間をモルタルなどで埋め、表面を滑らかにする手法がある。それを指していると思われる。
「いいえ。これは、コンクリートで形成します」
「……は?……」
王妃様は明らかに「何のことかしら~」と聞き流している。建築家の反応は自身の聞き間違えを疑う反応である。
「古帝国時代に用いられた、人造岩石を作る工法です」
「あの、競技場や水道橋などを構築した」
「それです」
彼女も調べて知ったのだが、内海にほど近い古くからある都市の中に、サラセンの襲撃を避けるために古帝国時代の競技場の内部に街を移築した都市があるのだという。
本来は、競技場に収まるほどの街ではなかったのだが、略奪と破壊により生き残った住民がそこに集住することで難を避ける事ができ、かなり小さな規模となったが、街は現在も存続しているという。
「古い技術なのかしら~」
「はい。とは言え、リリアル閣下の仰る通り、人の手で岩を作り出す魔術の如き技術です。既に長らくその製造方法が失われているのです」
王妃様も関心が芽生えたようである。
彼女は、子爵家の書庫に残された古い魔術師の手記に記載されている製法に加え、リリアル所属の『土』魔術師の力を借りて作成できるようになったのだと伝える。
「……魔術ですか……」
「はい。レシピ自体は公開できるのですが、おそらく、この工法を実行する職人を育てるところから始めねばならないように思われます」
「それでは、この宮殿の建築には間に合いませんね。残念です」
「リリアルの魔術師を力を借りるのはどうかしら~」
彼女は、一枚の岩の塊を作り出すのはさほど難しくないが、宮殿のような複雑な構築物には向いていないと説明する。
「リリアルの建物は、外周に面する二面を人造岩石製としますが、内部と中庭に面している部分は木造と石造を組合せる予定です。外周部分は銃眼や明り取り用の小さな嵌め殺しの窓などを作るだけにしますし、外からは巨大な壁にしか見えないようにする予定です」
「中庭からは城館の離れ、外から見れば堅牢な城塞というわけですか。石を積み上げる工法では不可能な仕様ですね」
中庭を設け、居住性も採光もそれなりに工夫する予定だが、外から見れば『寺院』に匹敵する城塞に見えるようにしたいと彼女は考えている。
リリアルの塔の内装・中庭側の仕様を考えあぐねていると彼女から伝え聞いた王妃様は『アンボア城に行ってみればいいわ~』とおっしゃった。
「最近行っていないので、陞爵したあとで一緒に行きましょう」
どうやら、噂の魔導船にも乗りたいのだという。座る場所なども設置しなければならない気がする。
「王女がレンヌに向かった帰りにでも、アンボアで合流して王都に一緒に戻りましょう。でないと、あの子も収まらないでしょう~」
魔導船、既に王家において二隻が予約済みのようである。日程は少し先になるのであろうが、陞爵の後、近衛とリリアルで王妃様を護衛し、旧都からアンボア城へ向かい滞在。レンヌから戻る王女殿下を迎えたのち、王都へ共に戻るという旅程を考えている。
魔導船も姉あたりから『聖エゼル海軍にも必要なんだよ。お姉ちゃんの専用船が』とか、連合王国へ向かう際に外海でも運用できる程度の凌波性の高い船が必要になるだろう。
――― 既存の船を改造する形になるだろうか。
ネデルの沿岸に近づく為には内陸水路を利用する事も必要だが、海を移動できる方が好ましい。そう考え、彼女はネデル遠征を契機に船について調べ始めていた。
彼女が伯姪と制圧した連合王国の船は『ガレオン船』という全帆走式の外洋船であり、積載量よりも速度と凌波性を重視した細長い船体を持つ戦闘を主とする船であった。この時代において、商船の七割方は戦時には軍艦となる仕様であり、商品を運んでいない時は、私掠船として商品を奪う側の船となっている。
速度の出るガレオン船は優秀な私掠船であると言えるだろう。
それより古くからあり積載量と安定性を重視した幅の広い船体を持つ船を『キャラック船』が商船としては主流である。サイズは様々であり、大きな船はガレオン船の最大級のものをしのぐほどである。全長は30-60m、排水量200-1500tの大型船舶で、大容量によるメリットと風に弱いというデメリットを備えている。
しかしながら、彼女が考えている船はさらに小型で、ガレオンとキャラックの中間的な船である。
『キャラベル船』と呼ばれる小型の船。
全長20-30m、排水量50-100t、キャラックとガレオンの中間の縦横比をもつバランスの良い小型船。大きな正方形の帆ではなく、三角帆を用いた操作性の良い二本の帆柱を有する。船首・船尾楼はない。
このタイプの船を用いて、神国は外海の辺境行へと多くの冒険者を送り込み、新たな領土を獲得する尖兵としていた。
船型が小さく、数も多い。そして、河川でもある程度使用ができる程度の船。今の魔装船が甲板を持たない事を考えても、海に出るにはこの手の『艦船』が必要となると彼女は考えていた。
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