第461話-2 彼女はオリヴィに吸血鬼を譲る
翌朝、朝食の際に吸血鬼退治の件を司教猊下から感謝の言葉を頂く。
「四体の吸血鬼が同時複数侵入したにもかかわらず、僅か六人で瞬く間に討伐するとは……聞きしに勝る武勇」
「恐れ入ります猊下」
リリアルの実力を示せたことで、リジェ司教領として前向きに王国と関係を深めることを考えるようになったようである。とは言え、一部、司教の側近の中には、「あえて危機感を演出したのでは」と勘繰るものもいたが、聖騎士団の上級騎士がその言をあっさり否定した。
通常、僅か六人+αの聖騎士で四体の吸血鬼を撃退することも困難であり、今回は三か所に分散して同時に漏らす事なく討伐を達成したのは、教皇庁においても考えられない成果であると窘めたのだ。
「これからも、民の安寧の為に力を尽くして下され、リリアル男爵」
「承知いたしました」
司教からは今回の件について、教皇庁に報告をし「列福」に連なる功績であると伝えるとのこと。教皇庁のお膝元である法都周辺においても、吸血鬼による事件が発生しており、教皇に連なる貴族・魔力持ちが被害者となっているとも聞く。
「専門の退魔師も育成中だと聞くが、今は、修道士会に人材が流れているので、中々難しいのだそうだ」
神国が力を入れている組織であり、原神子派の活動に対抗するべく設立された『御神子修道会』が強力な存在だ。教皇庁の私兵団と揶揄されるほどの反革新集団であり、神国の修道騎士の系譜でもある。
『あー キナ臭い連中って事だな』
修道騎士団は総長と王都管区長が異端審問の結果、異端を認めたのち否定し火刑に処されている。異端として王国内で排撃され、その後、多くの修道騎士が異端を認め還俗するか王国を離れていった。
その多くは、帝国の東方殖民に加わるか、神国でのサラセンとの闘争に加わることになる。そして、神国領土内からサラセンを駆逐した後、今度は原神子派と海外の異教徒の土地へ向かう事になったのだ。
原神子派対策として『御神子修道会』は五十年程前に結成されたが、その系譜は聖征の再結成された修道騎士団にまでさかのぼれると言えるだろう。
「神学校の設立をし、司祭の教育に力を注いでいるという良い面もあるのです。何しろ、貴族の子弟が自領の教区に赴任してしまう事も少なくないので、古代語も碌に読めない書けない司祭も珍しくなかったことを改善していますから。原神子派の教会不要論に対抗するには、彼らの存在は必要なのです。多少、過激な所はありますし、軍隊のような規律を感じさせますが、それも、教会の聖職者に対する不信感を払拭することにつながっていますから」
オラン公の息女マリアが、御神子派の革新とも言える『御神子修道会』に詳しいのは意外であったが、直ぐにネタバラシをする。
「ゲイン会の皆様から教えていただいたのです。ゲイン会は在野の信徒の方ですが、御神子信徒の方ばかりですので御詳しいようでした」
原神子派も在家の信徒がほとんどの『ゲイン修道会』の修道院を襲う事は避けていた。おかげで、安心して宗派の話もできたのだろう。原神子派のオラン公家の娘が、御神子派の革新修道士の話に理解を示すのは悪い事ではないだろう。
教会の腐敗があるのは正しいことだが、だからといって教会や聖職者が不用であり、聖典さえあれば良いというのは行きすぎだと思う人間も少なくない。そもそも、教会の司祭は村長や町長と並んでその地域の代表者を務めている者が多い。都市であれば商工業者はギルドを通して住民の意見を集約し、その逆に様々なルールを課すこともする。
小さな町や村では、ギルドではなく住民の代表と教会の司祭がまとめ役をになっているのだから、教会が不要という発想は都市の発想なのである。
など頭の片隅で考えつつ、彼女は修道騎士団の末裔かもしれない『御神子修道会』の修道士たちが王国に対して好意的でない存在ではないかと危惧するのである。
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「じゃあ、私はヴィーちゃんとここでビル君待ちしながら、調査を進めるよ。公女殿下の護衛は交代だよ」
「いままでありがとうございました……とでも言えばいいのかしら。オリヴィ、姉が煩ければ多少の手荒なことは許容の範囲内ですから、御随意に」
「えー、美女二人で尋問だよ。ねー」
オリヴィも苦笑い。リ・アトリエが聖都まで二人を護衛、大聖堂にてしばらく滞在していただくことになる。エンリ同様、暫く王都の子爵邸の客人として扱う事になるだろうか。
彼女達はそこからアンゲラ城に向かい、王弟殿下とオラン公の会談に立ち会うことになる。王弟殿下に、宮中伯が事務方の代表として、また、騎士団関係者がオラン公軍の王国内での武装解除―――帯剣以外の武具の封印―――を行い、領内通過中は王国の騎士団が監視兼護衛をする事になる予定なのだ。
姉とオリヴィ、そしてビルとノインテーターにアルラウネは、合流後聖都に向かい、公女殿下たちを連れて王都に向かう事になる。馭者役は人化した精霊と、不死者の弓銃職人になるだろうか。
「では、またリリアルで会いましょう」
「はい。王国での再会を楽しみにしていますオリヴィ」
商人街区の船着き場に浮かべた『魔導船』に乗り込むと、姉の「いいなーそれ」という言葉をガン無視し、ムーズ川を遡っていく。公女殿下とアンネ=マリアはその川を遡る速度に目を丸くする。
「速い! はやいですぅ!!」
「川を下るよりもずっと速く進みますわ。素晴らしい乗り物ですねこれは」
ジュンジュンとばかりに水車が水を掻き、船が流れに逆らいどんどん進んでいく。岸をいく旅人や畑で作業をしている農民が指をさして何か大声で周囲に話をしている。確かに、川を遡る船は珍しいだろう。
「一応、帆を張ってあるのだけれど」
「風は無風。無理がある」
「水車が水を掻いているのは見てわかりますから、ちょっと無理押しですね」
やはり、ムーズ川を遡る東から西に吹く風はありえないので、全く誤魔化せていないのは仕方がない。
遡ること半日、デンヌの森の中央を抜け、やがて王国の東端、更に遡れば
船から降り、二頭の騎馬で『ゼン』と灰目藍髪に聖都大聖堂への先触れを依頼し先行させる。既に王宮経由で連絡は入っているものの、直前の先触れも重要である。『ゼン』はレンヌの親衛騎士として同様の任務をこなしているだろうが、灰目藍髪は同行させ経験とさせるつもりで先行させる。
「では、馭者はお願いね」
「承知しましたでござますお嬢様」
「拗ねるなセバス。私も見張に立つ」
「……悪いな、気ぃ使わせて」
赤目銀髪、最近は遠征で良く同行する為か、はたまた、年齢的な問題なのかおじさん歩人に少し優しくなっていたりする。
馬車を進め、一時間ほどで聖都に到着する。リリアルの紋章入りの馬車を見た門衛たちが、整列し彼女たちを迎える。
『聖アリエル様!! 御一行様!! ご到着にございます!!』
聖アリエル……彼女はリリアル男爵であるのだが、聖アリエルとはいったいどういう意味なのだろうかと、彼女は訝し気にするのであった。
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