第453話-2 彼女は会戦を確認する
姉との打ち合わせを終え、翌朝の行動に向け、五人のメンバーで打ち合わせを行うことにする。彼女の個室が一番広いため、そこに集まっっている。
「さすが司教宮殿の貴賓室ですね」
「良い部屋泊ってんな……でございますお嬢様……」
彼女の客室は一般的な客室とは異なり、枢機卿や王族の宿泊も可能な作りとなっている為、初めて入る歩人と『ゼン』は驚いている。現在のオラン公の動向を簡単に説明し、明日は滞在して彼女の姉と同行する歩人と孫娘、彼女と残りの二人はオラン公の幕営に向かう事を伝える。
『ゼン』には観戦武官としての役割もあり、また、灰目藍髪は騎士学校に通う時に経験が役に立つと考えられるからだ。北部への遠征は完全に
魔物討伐が中心であったので、戦列が向き合う状況を目の当たりにした経験がないに等しいと言える。
二人とも将来は『騎士』として、戦場で兵を指揮する可能性がないわけではない。百年戦争の時代ならともかく、現在の騎士には兵を指揮する能力が求められているのだから当然なのだ。
「是非とも同行させてください」
「良い経験をさせていただけそうです。万事、閣下の指示に従います」
そして、孫娘はともかく歩人は不満そうである。
「アイネ夫人と同行かよぉ……」
「戦場の方が良ければ連れていくけれど?」
そうではないという。彼女以上に姉に弄られるのがいやなのだろう。それに関しては恐らく問題はない。
「『ガルム」を姉さんに預けるわ。一先ず、シャリブルさんの店に置こうと思うの」
「なるほどな……契約はまだ終わってねぇが、シャリブルのおっさんの店だから、おっさんもいるわけだし問題ないか……」
一先ず、直撃弾を避けられそうであると理解した歩人は一安心したようだ。
「それで、誰も護衛がいないのも問題なので、二人は公女様とアンネさんと行動を共にして、何かあれば対応してほしいの」
「わ、わっかりました! こ、公女様のお相手をするなんてできるかわかりませんが、ぜ、全力を尽くします!」
残念ながら、ギュイエの公女様と面識があるのだが、その事を忘れているのではないかと彼女は孫娘に対して思ったりする。
翌日、公女様とアンネ=マリアに孫娘を同行させ、ついで、『アンヌ』も侍女代わりに同室させることにしてもらう。アンヌ……エルダー・リッチは教会に入っても大丈夫なようである。吸血鬼ではないからかもしれない。
そう考えると、吸血鬼ではなくリッチを選んだ『伯爵』はその辺りの特性を良く理解していたのかもしれない。偶然の可能性も高いのだが。
「妹ちゃん、戦場に向かうんじゃないの?」
「ええ、その前に大切な引継ぎがあるのよ。実は……」
姉に、シャリブルの他にもノインテーターを捕獲しているものの、こちらは学院の対魔物戦闘用の訓練用にしてある「元貴族」の男であると伝えたのだ。
「へぇ、面白いこと考えるね。どの程度の腕前なのかな?」
「冒険者ランクで言えば薄黄くらいかしらね」
「……駄目なノインテーターだね」
因みに、オーガは薄赤等級並なのでかなり弱いと思われたようである。不死者ゆえの上位等級であり、殺さず手足を斬りおとす程度で無力化できるとすれば、等級は一段下がると考えてよいだろう。さらに、『ガルム』自身の剣技が大したことがないということがある。
ルイダンと決闘させて丁度良いくらいなのだ。つまり、レイピア馬鹿なのである。
「メイスとか、接近戦とか、槍使いとか対応できない感じかな?」
「無駄に意識高い系なのよ。実戦向きではない、ファッション剣士といえばいいのかしら」
腕もそこそこで、見栄えもする。だが、同じルールで同じ装備ならそれなりに戦えると言ったところである。つまり、決闘か訓練場での稽古でなら問題ないという程度であり、戦場や魔物討伐、実際の要人警護などには向いていない。
「そのうち、良い研究材料となるノインテーターが手に入ればお役御免にするつもりではあるわね。それと、法国の侯爵家の末弟らしいわ。詳しい事は聞いていないのだけれど、ニースで使える有用な情報を持っているかもしれないので、姉さんが尋問してくれると助かるわ」
姉は目を輝かせながら「それはいい暇潰…情報源になるね!」と言い返す。
「それで、どんな感じの男なのかな」
「姉さんより少し上で、シスコンよ」
「……シスコン?」
「どうやら、同腹の姉に良く思われたいという願望が暴走して、無駄死にしてノインテーターになったようね。上に、先妻の子である兄が三人いて優秀なのだそうよ。どうやら、色々拗らせたみたいね」
さらに姉は満面の笑みを溢し始める。子供の頃、彼女に向けられていたような笑顔である。嫌な思い出が彼女の脳裏をよぎる。
司教宮殿の馬車置き場においてある「リ・アトリエ」の馬車へと向かう二人。その馬車の幌柱から吊り下がっている魔装網の中に、ガルム(頭)があることを確認する。彼女は、『ガルム』に姉を紹介する事にした。
「ガルム、お待たせしました。あなたのこの先の相手をする私の姉です。姉さん、自己紹介を」
「ん、ガルム・ヘッド君おはよう。妹ちゃんの姉のアイネさんだよ。まあまあいい男だね。よろしく頼むよ」
『ガルム』は顔立ちも整っており、育ちの良さが出ているはずなのだが、どこか歪んだ雰囲気を醸し出している顔立ちである。
『ふん、僕は侯爵家の者だ。話をして貰えるだけありがたいと思えよ!』
と、思い切り上から目線で話を始める。そこで、姉は自分の話を切り出す。
「偶然だねぇ~。うちの旦那もニース辺境伯の三男坊で、聖エゼル海軍の提督なんだよぉ。ニースって王国に加わるまでは『公国』だったんだよね!ってことは、うちの旦那は公子様で、君より身分も地位も上だよね? どうなの
かな坊ちゃん」
彼女の姉のマウント返しに『ガルム』は『坊ちゃんじゃない!!』と喚き返すしかなかったのである。
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