第434話-2 彼女はリジェ司教と面会する 

 腹に一物ある人物であることは彼女も理解している。このような司教宮殿の最奥にいる男がただの司祭のはずがないということと、外見が特徴的であることがその推測の理由だ。どう考えても司祭というよりも……ジジマッチョを少し若くしたような雰囲気である。


「失礼したリリアル男爵」

「いいえ。では改めて。王国副元帥リリアル男爵です。が、今この場にいるのは冒険者アリーとしてですので、ご承知置きを」


 引き受けるのはあくまで私人としてであり、王国は関係ないということを暗に提示する。


「それはそうだな。内政干渉になりかねない。外交問題にするつもりも当然ない。なにしろ、帝国から三万人の乞食がやってきている。一人当たり、金貨三枚を寄越せだというのだ。どう思われるかな」


 どうやら、オラン公の軍はネデル領内に入り、更に兵士が増えたようだ。糧秣の計画も破綻しかねない。


「猊下、実はオラン公と私は面識がございます」

「ほお、で、乞食の首領とはなしをつけられるのだろうか」


 彼女は否と答える。


「寄せ集めの大軍でネデルの神国兵と戦い勝利することは無理だとオラン公も考えているでしょう。但し、大軍を有してネデルに侵入し存在を誇示することは難しくありません。その中に、軍資金の提供の要求も含まれております」


 実際、わずかでも資金を提供されれば、ネデルの民からの支持がある……と内外に示す事ができる。ただし、司教領ではただの恫喝・強請り集りの類だ。周囲にいる諸侯が声を上げ、オラン公が抑えつけられないというところなのではないかと彼女は考えていた。


 金貨九万枚であるとすれば、下位の伯爵家の収入年収金貨五百枚相当の百八十倍に相当する。三万の傭兵を三ケ月雇用したとしても金貨三万枚程度であろう。ボッタくりである。


「それで、支払う見込みはどうでしょうか」

「はっ、どの面下げて乞食に来ておるのかという話だな。それにだ、こ奴らがいなくなった後、ネデル総督府からも同じ乞食がやって来るではないか!!」


 仰る通りである。流石に司教領で異端審問は行わないであろうが、みかじめ料ならぬ、軍資金の提供要求は発生するだろう。それも、徐々に高額となることは目に見えている。リジェ司教領は中立地帯であり、軍事力を用いて支配する事自体、王国に対して大きな影響を与えるだろう。もしくは、最初からその積りなのかもしれない。


 どちらにしろ、リジェ司教領も王国も金を支払う事で発生する問題はマイナスでしかない。


「お断りなさいますわね」

「無論だ」

「だが、期限を延ばし伸ばしで時間稼ぎをすればよろしいので?」

「……む……どういう意味だ」


 検討します。その結果、支払いませんと答えるのである。


「金貨九万枚を真面目に集めようとすれば、猊下の独断で可能でしょうか」

「無理だな。市の参議会に話をし、各市民の代表からそれぞれの所属ギルドなどに負担を決めて打診することになる。それを積みあげなければならない」

「ですから、その話を参議会に行い、尚且つ金額の値引き交渉も重ねて行うのです」


 買うつもりのない値引き交渉をしろという事だ。


「その辺りは、市の然るべき人物をオラン公の陣営に送ればよろしいでしょう。もちろん、その人物には最後は幾らになったとしても払うつもりはない……という事は申し上げなくて良いと思います」

「その方が、真に交渉している顔になるだろう。それはそれでよい提案だ。値引き交渉をして、参議会に話を振る。私は何もしなくていい」

「周辺にお手紙など出せばよろしいでしょう。危険だ、大変だと。そうすれば、総督府も粘っていると考えるでしょうし、オラン公軍は困窮しているから今一押しだと誤解します」

「手紙は秘書に書かせよう。署名だけだな私の仕事は」


 彼女の姉並みに良い根性である。





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「依頼の内容は?」

「リジェ防衛に参加する事ね」

「オラン公軍と戦うのでしょうか」

「オラン公に組する盗賊征伐ね」


 恐らく、城門周辺に展開する包囲軍は、オラン公の直臣団ではなく、傭兵や諸侯の軍であるだろう。そもそもオラン公は街を攻めるつもりはない。略奪でもしたがるのは、寄せ集めの傭兵達である。


「まともな攻城兵器を持っていませんし、大砲もないでしょうから、それほど危険ではないでしょう」


 幸い、リジェは銃火器の製造拠点であり、火薬の工房も多く抱えている。神国と戦争するにしても、オラン公からすればリジェから販売される装備を渡されるのは困るのであろう。


「銃で撃ち放題」

「練習になるでしょうか?」


 城壁の上から撃ち下ろすとしても、二百メートルは届かないだろうか。そもそも、百メートルを超えるとかなり弾丸が逸れて命中しにくい。


「そこで……『導線dūcor』の練習をする」


 『導線dūcor』は、魔力走査の応用であり、魔力を帯びた矢玉を走査に乗せて命中に導く用法である。彼女と赤目銀髪はマスターしているが、他のメンバーはまだ手付かずである。


「練習するならイマデショ」

「セバスさん、一番練習していない人が言うと説得力ないですよ」

「だから里の女全員に振られるのは自明」


 新しい魔術を覚える事に腰が引けている歩人を女子二人が一喝。というか、いつもの通りディスられている。そして、騎士と騎士志望の二人は……


「私はぜひ身に付けたいです。これからの騎士は銃も装備しますから。弓より遠くから必中できるなら、とても有利になります」

「……私も是非ご指導ください」


 魔装銃も魔鉛弾も十分用意している。このあとの討伐にも遠距離からの狙撃はできた方が良い。つまり、この依頼を受けて尚且つ、安全に技術が身に付けば一石二鳥という事である。


 食事と寝床は司教宮殿の客間を借りることができるようである。

もちろん無料で。


「宮殿に泊まれるとか夢見たいです。村に帰ったら自慢しよう!!」


 リリアルも王妃様の離宮なのだが、二期生は別棟に寮があるので寝泊まりは厳密にはしていないのでセーフである。


 リジェ司教から受けた依頼は二つ。一つは『リ・アトリエ』としてオラン公軍の攻囲に対抗するための戦いに参加する事。これは、閉じ込められ攻め寄せられる関係から受けざるを得ない。


「火縄銃のデザインが新しい」

「土夫細工より洗練されていますね。いくつか、リリアルにサンプルとして持ち帰りたいのですが」

「銃身が細くて取り扱いしやすそうです。女の子多いですからリリアルの銃兵」

 

 火縄銃自体が新しいものではないため、老土夫に任せるとどうしても堅牢でやや古めかしいデザインとなる。例えるならメイスのようなゴツさの銃である。


 彼女も街行く銃兵の装備を見ると、レイピアのようなすっきりとしたデザインに彫金も美しいものが多かった。確かに、同じ銃にしても全く違う。特に、剣のように携帯するのであれば、細身ですっきりしたものの方が身に着けやすい。騎乗で携行するにも同じであろう。


「店が開いているかどうか不明だけれど、司教様にお願いして明日は見せて頂きましょう」


 防衛戦に参加するのであるから、その程度の融通はお願いしたい。


 そして今一つの依頼は……彼女がリジェの市民参議会に参加する事であった。



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