第434話-1 彼女はリジェ司教と面会する 

 リジェは川の両岸と中州を巧みに利用した水上都市の商人街区と、教会と城塞を含む丘陵地帯から形成されている。ギルドは水上都市の一角ではなく、教会地区の一部に存在していた。


「……アリー……えーと。王国の方からでしょうか」

「はい。今はメインツに活動拠点を置いて帝国でも冒険者登録しています。パーティ名は『リ・アトリエ』。これが冒険者証になります」

「拝見します……星四……マ、マスタぁぁぁぁ!!!!」


 若い女性の受付嬢が彼女たちを放置して背後の扉へ向け走り去る。


『またなんかやっちゃいましたじゃねぇだろうな』

「……やるならこれからよ。まだなにもしていないじゃない」


 最近は大人しいものであるから、さっぱり大声出される理由に自覚はない。お客のいないギルドの酒場で『ゼン』を除く他の四人が腹ごしらえを始める。恐らく、暫く自分たちは関係がないと思っているのだろう。


「食いだめしておかねぇとな。戦が始まれば、飯の心配どころじゃなくなる」

「一理ある。珍しく」

「か、勝手に注文してもいいんでしょうか?」

「宿が決まるか分からなければ、ギルドの仮眠室でも借りることになるかもしれませんから、先に食事を済ませましょう」


 いつもは追随しない灰目藍髪が珍しく正さないのは、戦の気配に飲み込まれつつあるからだろうか。気配を察した彼女は、「好きにしていて構わない」と告げ、落ち着いてメンバーが食事にありつけそうになる。


「なにが起こるのでしょうか?」

「厄介な依頼ではないかしら。冒険者ギルドで起こる出来事と言えばそんなところでしょう」


 封鎖された都市で何ができるかを考えても、まともな依頼になるとは思えない。宿代替わりに引き受ける事は吝かではないのだは、果たして可能な依頼なのかどうかが不安になる。





 しばらくすると、やつれた顔の白髪交じりの男性が背後の扉から現れた。


「星四の冒険者、王国のアリーってのは……あんたか」

「はい」

「……『妖精騎士』……」

「不本意ながらそう呼ばれる事もあります」


 何より不本意なのは、彼女を題材にした劇の台本に姉が絡んでおり、

姉にお金が支払われている事である。


「え、え、もしかして、『ミアンの聖女』様ですかぁ!!」


 一拍遅れて、背後の受付嬢が大きな声を上げる。


『ミアンの聖女様ねぇ』

「王国の『護国の聖女』よりはましなのではないかしら」


 どちらにしても恥ずかしくはある。そもそも、聖女に生前認定されることはまずなく、僭称に近いものであるから本人が口にすべき事柄ではない。死後も勘弁願いたいのだが。


「今のリジェの状況は知っているか」

「オラン公軍に包囲されるかもという程度には」

「それには……先があるんだ。それで、これは司教様からの指名依頼になると思うんだが……」


 仕事はあるが、相手はこの司教領の実質的君主である司教猊下であるようだ。大司教ではないが、帝国の影響下にあるとはいえ独立した司教領の君主に相当する。つまり、サボア公と同程度の身分と考えればいいのか。


『公女カトリナ』の婚約者だと考えると……かなり気が楽になる。気安いまである。


 彼女は食事と宿の確保は可能であるかとギルマスに確認する。恐らく、司教様の館で世話をして貰えるはずだという。馬六頭の扱いに困っていたので彼女は承諾する事にした。この街の領主様の依頼であれば、逃げれば時には恥になる。


「『ゼン』は同行を。他のみんなはゆっくりしていてちょうだい」

「「「はい!!」」」


 『ゼン』がいなければ灰目藍髪か歩人を従者として連れて行くのだが、幸い、巨魁の親衛騎士がいる。彼の存在だけでも随分と頼もしく思えるだろう。少なくとも、彼女は自分の姿を見て頼もしく思われるとは考えていないからだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リジェ司教の住まいは聖堂ではなく『宮殿』と呼ばれるそれである。王都の王宮と比較しても遜色ないように彼女は思える。恐らく、レンヌ大公の宮殿よりも豪華であろうか。口には出せないが。


「司祭様がお会いになります」


 ギルマスに連れられ案内された先で、教会の聖職者・恐らくは奥向きの仕事を任されている者なのだろう。慇懃に挨拶され奥へと進んでいく。何度か通路を曲がり、私室と思われるエリアへと続く。


「こちらございます」


 扉をノックし中から声が聞こえたので扉を開け中へと通される。


「始めまして……司祭のジェラールです」

「冒険者のアリーと申します。連れの騎士『ゼン』です」


 二人は簡単な自己紹介と挨拶をする。『ゼン』は敢えて身分の分かる「騎士」を名乗らせた。王国の騎士は必ず貴族であるからだ。


「あなたが今日ここにおられる事は、神の思し召しでございましょう」


 彼女に対して神は常にやや意地悪である。彼女の姉のように。


「それで、依頼内容を率直に仰っていただけますでしょうか……司教猊下」


 隣の『ゼン』の表情が俄かに強張る。黒みがかった褐色の顎ひげを蓄えた貴族然とした司祭。年齢は五十歳前後であろうか。


 リジェの司教の話は、メインツや王都でも耳にしている。厳格にして中立の立場を堅持している鋼のメンタルの持ち主であると。神国のネデル総督府の締め付けが厳しくなり、異端審問が始まると多くの原神子教徒がリジェ司教領に逃げ込んできた。


 それ以前に、ネデルやランドルで原神子教徒が暴動を起こし教会や修道院を破壊した余波がリジェにも波及した際は、神国の後ろ盾を持つ修道士を多数招き、リジェ周辺で説教会を開き、原神子教徒以上に怖ろしい修道士たちを用いて追い払った。


 原神子教徒は神国系の修道士からすれば『異端』であり、十字軍の対象になるほどの存在である。彼らは今の時代の『修道騎士団』なのであろう。


 但し、修道士たちが彼らの修道院を司教領内に建設することも、そのまま滞留することも司教は認めなかった。


 そして、司教は二年以上就業しているか市民権を持つ外国人以外のリジェの滞留期限を三日間とし、それ以上の滞在をネデルの逃亡者たちに認めなかったのである。


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