第420話-2 彼女はルイダンと対峙する

 模擬戦を終えた彼女と伯姪、ルイダンは院長室でしばし歓談中……というよりは、この先のルイダンの身の振り方について再度確認をする時間をとる事にしたのだ。王弟殿下の想いがどれほどルイダンに伝わっているのか、彼女は把握できていなかったからとも言える。


 そこで彼女は、彼女自身が今に至る過程をルイダンに聞かせる事にした。名声の為でも、自分の利益の為にでもない彼女のリリアル男爵としての立ち位置を誤解のないように伝えておきたかったという事もある。




 リリアル学院を開いた目的。思いもよらぬ騎士叙爵と男爵位の内定。彼女は生き方を変えざるを得なくなった。とは言え、王家と王都と王国の為に何を為すべきかはそれほど迷う事は無かったと言える。


 多くの人を抱える王都において、周辺地域も含めた孤児が数千人単位で集められているという問題。孤児院を出ても、正業に就くことは難しい。男なら最下層の力仕事か誰もが厭う仕事に付かざるを得ない。それは、女も同じ事。


 最初から、孤児になっただけで個人の可能性など何もない人生が決まってしまう。子供から大人になれば、もう救わなくていいのかという疑問がある。


 子供を殺さないために育て、大人になった後は自己責任と言うには、王都の孤児院だけでなく、あらゆる場所においてお粗末な環境しか与えられていないのが現実であった。


 彼女も全てを救えるなどとは思っていなかった。魔力を持つ男子なら、騎士や貴族にもらわれている事もある。では同じような魔力を持つ女子はどうなのか? 女では騎士にはなれないし、宮廷魔術師に孤児がなれる

はずもない。


 まずは、魔力を持つ女の子から助ける。その結果生み出される利益を孤児院に還元し、孤児たちが学べる環境を作る。幼い頃から仕事をしなければ生きていけない環境を改善し、最低限、読み書き計算ができるようにしてから孤児院を巣立てるようにする。


 孤児には狭き門である職人や商人の使用人となる為の職業訓練も行う。その先鞭は、リリアルの使用人組の教育から始める。孤児にも信用が置かれる、孤児だから信用されるとなれば、王都の商会・職人の規模も大きくなり、王国内に広く商売を広げることができるようになる

かもしれない。


 その昔、帝国には『遍歴職人』という制度があった。師匠の下を出て、旅をしながら各地で腕を磨く……と言えば聞こえがいいが、育てた職人が増えれば自分の住む街のパイが減る。だから、余所の世界へ棄民するということを綺麗に言い換えたに過ぎない。


 王国で育てた人材が王国の外に出て行く事は、大きな損失でしかない。まして、個人ではなく王都が保護した孤児たちである。正業を持ち、家族を作り子を成せば、王国を支える民が増える事になる。


 使い道のない身分と財産を王国に還元するために始めた学院が、いつのまにやら大した国防組織となってしまっているのは想定外なのだが、彼女の立っている場所は、常に王都にある。


「そういうことなのよダンボア卿」

「お説ごもっとも。高説賜り恐悦至極です、リリアル閣下」

「で、あんたはどうなのよルイダン」

「俺かぁ……王弟殿下の面子を潰さないよう、死力を尽くして……生きて騎士学校に入校し、近衛連隊で指揮官としての腕を磨くさ」


 ルイダン、王弟殿下の心を知り奮い立つといったところだろうか。


「その後はどうする?」

「……王弟殿下の騎士団を育てる……というのはどうだろう?」

「ああ、コネリー提督のようになりたいのね」


 コネリー提督とは、神国・帝国との戦争で活躍した大英雄にして、王国海軍提督(陸軍元帥に相当)する武人である。今から十年ほど前、聖都近くのサン・タランティノに王都を目指すネデル神国軍六万が迫った際、僅か五百の兵を率いて入城。一ケ月に渡り包囲戦を生き延び、最後は降伏し神国軍の捕虜となったものの、そのお陰で王都侵攻は頓挫することになったのである。


「僅かな兵士でも、大軍を跳ねのけることができるほどの精強な部隊を育てるという事ね」

「ああ。王弟殿下がその任を賜るのなら、俺がその役割を果たす存在でありたい。だから……これからもよろしく頼むよリリアル閣下、それにニース卿」

「構わないわよ。厳しく指導するわね」

「心が折れない程度に頑張りましょうね。あんた、加護が使いこなせていないことが大問題なんだから」


 伯姪の言う『勇者』の加護遣いは、彼女の義兄でもある。そして、既にその加護を用いて名を成した存在でもある。


「ねえ、姉の夫であるところの……」

「ああ、お兄ね。剣の腕は私よりうえだし、視野の広さとか悪辣さも中々のものよ。お爺様も、『あ奴が辺境伯となれば、恐らく相当の力を発揮するだろう』って仰ってたわ」


 では、何故三男坊ではなく長男が跡を継ぐとこになったのか。それは、既に法国における、王国と帝国・神国・教皇猊下の戦争が終結し、いらぬ戦禍をもたらしかねない『勇者』より、堅実で長子である長男が嫡子である方が周囲の国々、特に現国王陛下の心に叶う……ということであったという。


「遅れてきた英雄……とでも言えばいいのかしら」

「ふふ、そうでもないと思うわよ」


 一国を差配するよりも、彼女の姉と彼女を巻込んで、王国を後ろ楯に自分の在り様を追及する方が楽しいと零しているとかいないとか。


「迷惑な義兄ね」

「そうそう、あなたの姉と釣り合うほどの迷惑な男よ」


 彼女も、姉や義兄のように立場を楽しめればと思わないでもないのだが、それは性格からして難しい。細かいことが気になる心配性でもあるからだ。


「それでは、俺はこれで」

「魔力操作、操練度を重点的に上げて欲しいわね」

「魔力壁は一期生の冒険者組なら大体扱えると思うわ。魔力の少ないメンバーに聞いた方がいいわね」


 該当者は茶目栗毛だろうか。他のメンバーでは魔力量と感覚で発動

させている傾向が強いので、ルイダンが聞いても「練習すればできる」

「エイって感じ」と教えられそうである。


 ルイダンが部屋を出た後、二人は今後の相談に入る事になる。そろそろ、歩人たちがネデルの調査から戻るころあいだからだ。


「私がオラン公軍に参加するので、学院生を任せる事になるのは心苦しいわ」

「なに言ってるの。あなたが行かないと、ダンボア卿とオラン公の対面だって難しいじゃない?ネデルでこれから起こる原神子教徒の騒乱が王国に悪影響を与えないようにするのが大切でしょう」


 オラン公は遠征の後、王国内に留まることを望んでいるが、王宮はこれを拒んでいる。武装解除した上で、近衛連隊の一部と王太子が同行し、ローヌを通過しトラスブルへと案内する予定なのだ。


 先ほど話に出たコネリー提督の元に集まる、反神国原神子派貴族の動向も影響してくる。彼女が介在することで、武闘派原神子貴族の暴発を抑える事にもつながる。護国の聖女とされる彼女の存在を否定してまで強引に戦端を開くほど、コネリー卿は愚かではない。


「編成は進んでいるわよね」

「まあね。一期生が中心だし、ミアンの時と同じ感じの編成になりそうね」


 一期生冒険者組に薬師組、二期生を加えた分隊を三隊編成し、一台の戦馬車に六人程度配置する予定である。指揮官は伯姪、副官は茶目栗毛。藍髪ペアと黒目黒髪・赤毛娘を分隊長と副官に任命する予定だ。


 馬車で正門を封鎖し、癖毛に土塁を築かせて出てくる暗殺者養成所の職員を討伐する。恐らく、子供たちを盾にするか若しくは……


「ノインテーター狩りの手順を詰めないとね」

「ええ。子供たちを従属させてこちらに差し向ける可能性が高いもの。その時は……」

「ゴブリンの村塞の時みたいに、少数で斬り込んで、ノインテーターと大人の職員を先に討伐する」

「その通りよ。あの道具も出来上がっているようだし、皆に配布できるように手配を進めないとね」


 ノインテーターを討伐するには、口の中に『銅貨』を加えさせた後、首を刎ねなければならない。その銅貨をどうやって口に放り込むか……老土夫に依頼した道具の仕上がりに彼女は期待していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る