第413話-1  彼女はリリアルに王弟殿下を迎える

 レンヌの親衛騎士がリリアルの冒険者として帝国に向かうという事は、密かに許可された。あくまで私人、一冒険者として参加するという事であり、これは彼女を含めたリリアル生にも当てはまる事であった。


「……で、なんなのこれ!!」

「王弟殿下の顔を立てる為?」


 王宮から届いた書面。内容は


――― 近衛騎士『ルイ・ダンボア』を観戦武官として公式にオラン公遠征軍に参加させる。


 という通達であった。


「ねえ、冒険者の依頼として受けるのよね?」

「ええ。そのオラン公の居城、ディルブルク迄の護衛を私たちが受けるという……事になるみたいね」


 王宮の誰が主導して、オラン公軍に近衛騎士を派遣することを考えたのかは不明であるのだが、少なくとも神国からすれば相当に不快であるだろう。とは言え、ネデルの騒乱の結果、原神子信徒が王国に流入していることは事実であり、状況把握が必要である……という理由付けで王弟の側近である近衛騎士を派遣する、といった態であろうか。





 王宮からの書面には加えて「王弟殿下と近衛騎士がリリアル学院を表敬訪問する」とされており、『王都総監』として現在計画が推進されている「中等孤児院」のモデルケースとして、リリアルの現況を視察したいという申し入れであった。


「……王弟殿下の訪問ね。受け入れざるを得ないわね」

「何か特別なことをするつもり?」


 彼女の中では『王弟殿下』に関しては特に何かをするつもりはなかった。王族が見学に来るのは、王妃様で慣れていることもあるし、特別扱いをするのでは「視察」の意味がない。

 

 彼女自身は簡単に話をし、後は、学院生に見たいところを好きなだけ見せるようにと「茶目栗毛」か「灰目藍髪」あたりに案内役を委ねるつもりである。恐らく、先方は彼女自身に説明させたいのであろうが、わざわざ思惑に乗るつもりもない。


「面倒ね」

『婚約者の職場に顔を出したいんじゃねぇの』


『魔剣』が茶々を入れるが、婚約者ではなく『婚約者候補』である。他にも何人か家格の高い貴族の娘がいるのだろう。彼女が王国副元帥リリアル男爵という肩書を有しているとはいえ、王族の妻に必要なのは後ろ楯となる実家の権勢である。


「子爵家の娘、それも次女で総領娘でもないのだから、当馬も良い所よね」

「そうかしら? ブルグント公辺りが喜んで養女にするでしょうから、ブルグント公爵の後ろ楯なら悪くないわよ。ニース辺境伯家ももれなくついて来るんだし」


 どちらかというと……ニース「前」辺境伯がついてくるのだろう。爺元気で留守がいいと、ニースでは思われている。主に騎士団方面で。


「では、みなに伝えておくわね」

「ええ。いつも通りで構わないし、何なら無視でもいいからと」

「……無視はだめでしょう。精々、リリアルを良く見て知ってもらいたいもの」


 伯姪としては、副院長業務を経てこれまで以上にリリアルの在り方について理解が深まっている。王都にとって大きな貢献をしている自分たちを、『総監』である王族が公に訪問し、評価するという事を効果的にしたいのだろう。


 彼女の危惧は、王弟殿下やその周囲にリリアルを利用されたくない……ということもある。その為には、その周りの者たちに手出しできないと知らしめる仕掛けが必要だろう……と考えていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王弟殿下の訪問の当日、彼女と伯姪をはじめ、リリアル生が総出でお出迎え……するはずもなく、普通に手すきの人間だけで出迎える事にした。


 不敬? ということは王妃様と同じ対応をしたという事で当然、押し通すつもりであった。


「久しぶりですねリリアル男爵」

「ええ。本日の来訪、歓迎いたしますわ」


 二人の間では普通の会話なのだが、背後の取り巻き達……側近たちからは予想外に素っ気ない学院の出迎えにいら立ちを隠せていないように思える。


「殿下、副院長であるニース卿です」


 ニース辺境伯一族の騎士であるので、『ニース卿』と伯姪を紹介する。


「おお、あなたが竜殺しの騎士の一人だね」

「お見知りおきいただき光栄です殿下」


 伯姪も彼女も一応、リリアルの騎士服を着用しているので、騎士としての挨拶を行う。


「こちらへどうぞ」


 本館(元離宮)にある一介の来客用の応接室へと一行を案内する。王弟殿下の他、ルイ・ダンボア以下三人の近衛騎士が同行している。


 王弟殿下は王妃様の離宮になる前、狩猟用の城館の頃来訪した記憶があり、懐かしいと溢している。


「だが、ここで何人くらいの生徒が生活しているのかな」

「凡そですが」


 彼女達の他、魔術師組、薬師組、使用人組を加えて総勢は五十人ほどになるだろうか。半数は魔術師組の一期二期生が占める。


「既にご存知とは思いますが、魔術師は凡そ三年を目安に育成しております。少し前に二期生九人が入学し、一期生は将来の講師・学院の運営の為残ってもらっております」

「そうか。年齢的にも世間では『見習』であるし、実績と実力を加味しても外で仕事をする事はまだ少し早いかもしれない」


 応接室の窓から、外で働く学院生を見ながら王弟殿下が呟く。


「スケジュール的には、まだ午前の日課なのだね」

「はい。午前中は座学を中心に学ばせておりますので、二期生は……」


 今は、古帝国語を学んでいる最中だろう。一期生と二期生の間で、進捗具合は相当に違う為、それぞれ別の講義を受けている。


 彼女と伯姪がそれぞれ講師を務めるのだが、本日は二期生は茶目栗毛が代理を行い、一期生は課題を与えて自習としている。


「ほう。古典を学ばせているのか」

「聖典や教養として必要な物を中心に抜粋ですが学ばせております」

「将来的に、学院の幹部として社会の上層と接する機会もあるでしょうから、魔術師組は実学と並行して教養を身に付けさせているのです」


 少なくとも、今の時点で『騎士爵』を授けられているものもいる。孤児出身だからと粗野なままでは相手に侮られることになる。聖職者の司祭程度の教養を身に付けさせることが彼女たちの中では目標となっている


――― 目標……高くないか?


「このあと、本館内を簡単にご案内して、食堂で昼食を共にしていただこうかと考えております」

「……なるほど。学院生がどのような食事を取っているかを実地に確認せよ、というところか。皆の分も頼めるだろうか?」


 同行者含め四人分、学院生と同じものでよろしければと断ったうえで、彼女は用意することを承諾した。


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