第408話-2 彼女は『ゼン』の希望に戸惑う

 久しぶりに本気の一期生全員参加の『隠れん坊』である。鬼ごっこというのは見つけられてからが勝負でもある。


「見つけたぁ!!」

「む、逃げるが勝ち」


 伯姪の魔力走査で気配隠蔽を見破られた赤目銀髪が身体強化を全力でかけ逃走を開始する。逃げられる範囲は学院の敷地内。すなわち……


「くっ、もう少し近寄ってから……」


 元狩猟用の城館であり、王妃様も離宮であったリリアルの敷地はかなり広い森を含んでいる。そこには魔猪軍団も生活しているのだ。


 最近は寮も増え、また小さな街も街道とリリアルの離宮を囲む濠と石壁の間に立ち並んでいる。流石に騎士団の駐屯所内には立ち入らないが。伯姪を尻目に、赤目銀髪は樹上に掛け上り再び気配隠蔽を行う。


「あー また一から探さなきゃ」


 気配隠蔽は姿かたちが見えなくなるわけではなく、そこにいる気配を消すということでしかない。気が付かなければ居ないと同じ……といったものに近い感覚だ。目で見えないわけでもない。


 伯姪の背後を何かが駆け抜ける気配がする。


「鈍ったんじゃないっすかね」

「机での仕事が多いから仕方ないんじゃない?」


 蒼髪ペアがこれ見よがしに身体強化を見せびらかせながら逃げ切れる距離で声をかけ走り抜けていく。魔剣士の『魔』の部分において、二人は伯姪を素質で上回る。二人も成人である十五歳を迎えるにそう時間はかからない。


「舐めてんじゃないわよ!!」

「「おーこわ!!」」


 冒険者組はこういった仕掛けをしながら挑発しては逃げる。薬師組は気配隠蔽でこっそり敷地内に隠れる一択だ。体も小さく、魔力も少なめで、荒事が苦手な女子たちはひっそりと石の下に隠れる小さな生き物のように嵐の過ぎ去るのを待っている……射撃演習場の片隅とかで。


『おいおい、俺達いい加減……』

「しっ! うるさいです。また的にしますよ」

『静かにしてても的になるでしょ……ううぅぅ……』


 捕まった吸血鬼と人狼の『達磨』の世話は、銃手も兼ねる彼女達が面倒を見ている。的にもしているのだが。


「……いるでしょ!!」

「「「「(いませんよ~)」」」」


 吸血鬼のそばで気配を消す四人……碧目栗毛、碧目赤毛、灰目赤毛、の魔力小組と藍目水髪。特に、魔力小組は気配隠しに命を懸けている節がある。というよりも、他に手がない。


「みーつけたぁぁ」

「「「「きゃあああ!!!」」」」


 四人は見つかった時はそれぞれ別方向に全力で逃げることを最初から打合せしている。一瞬、誰を追うか迷った伯姪は、結局誰も捕まえることができなかった。


「み、みんな、成長著しいじゃない……」


 昔はまだほんの子供であり、孤児院から来たばかりで魔力も練れていなかった。故に、隠れん坊で不覚をとる事は無かった伯姪だが、実戦ならともかく、遊びに関してはもう互角以上の関係になりつつあった。嬉しくもあり、寂しくもある。




 そのうち、「可哀想」とばかりに赤目銀髪が伯姪につかまり、伯姪はゲームを離脱。赤目銀髪が次々と皆を捕まえていきゲームは終了することになった。


「捕まった人は、日曜日のデザートを寄進する決まり」

「「「「えー」」」」


 その昔、そんなルールがあった気がするが俄かに復活……


「わ、私達もやらないとじゃん!」

「……多分、あなたとられる方ですわ……」


 二期生達もちょっとヤル気になったようだ。主にデザートを賭ける方面で。


 因みに、『ゼン』は今回はいわゆる味噌っかすであった。それは、最初に即捕まり、そのまま鬼を続けて日が暮れそうだったからだ。


 彼女は『ゼン』に参加の感想を聞いてみたが、かなり萎れているようでたかが遊びとはいえ、リリアル一期生の『本気』を見て、魔力の操練度の違いに格差を感じたようだ。


「正直、けっこう遣えていると思っていたのですが……」

「ふっ、まだまだという事を知れただけで前進でしょ」

「……自分で反省しているわけね」


 伯姪は強く否定したが、一期生の成長は本人が考えていた以上に顕著なのだと感じていた。


「ミアンの討伐とか、二期生への教育とか今まで以上に成長する機会が最近増えているから当然なのかもね」


 負け惜しみではなく、成長を素直に賞賛する伯姪。


『これから、あいつらも学院の外で仕事しなきゃならなくなるだろうから、死なないためにも成長してもらわないとな』


『魔剣』の言葉に縁起でもないと思いつつ、彼女も同意せざるを得ない。身体能力や武器の操練で敵わない存在と遭遇した場合、相手に気づかれずやり過ごし、仲間に伝えることができれば対応策はある。


 戦闘力の低い魔力小組は、単独であれば逃げの一手で構わない。生き残れば果たせる役割も沢山あるのだから。


 彼女と伯姪の話を横で聞いていた『ゼン』は思うところがあったようだ。少なくとも、親衛騎士の一員として、また次期大公の側近として「必要であれば逃げて生き残れ」という教育は受ける事はないだろう。


「騎士だって逃げていいのよ。逃げて果たせる役割があるのであれば、逃げ切れずに死ぬことの方が忠義を尽くしたと言えないのではないかしら」

「……仰る通りです。ただ……」

「逃げる機会に恵まれていないだけ……でしょ?」


 意地悪く聞く伯姪。ニースの騎士団は勇猛果敢である事は有名だが、不利と悟った時の逃げっぷりにも定評があるとか。ジジマッチョ自身に逃げる機会が不足しているからということもあるが、異教徒相手に死ぬことを至上とした聖王国の騎士団とは少々異なるようだ。




『隠れん坊』でリリアルの姿の片鱗を見た『ゼン』は、仲良くなった一期生とつるむ様になった。主に青目藍髪近辺とだが。そこで気が付いた事、気になったことをメモしたり、周りに質問するようなことが増えた。


「行動中は常に気配隠蔽」

「常に気配隠蔽……」

「そう」


 赤目銀髪に何か聞いているようだが、言葉少ない中で中々聞きたいことが聞き出せないようだ。


「魔術の発動は一度に一つ。魔力を割く事で継続して発動し続けることはできる」

「……なるほど」

「気配隠蔽と身体強化に魔力纏いを使って討伐をする事が多い」

「すると、魔力は二倍四倍と消費量が増えていきますね」

「……そう。でも、二つなら二倍で済む。気配隠蔽から身体強化を発動、その後、一瞬気配隠蔽を切って魔力纏いを発動する」

「それは……」

「気配隠蔽が切れて相手の目の前に突然現れると相手は驚く。フェイントになる」

「なるほど」


 魔力消費を抑制し、魔術を切り替えフェイントにもなるので一石二鳥だと赤目銀髪は『ゼン』に得意げに話したりする。リリアルでは常識だし、別段、自分で考えたわけではないのだが。



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