第407話-2 彼女は祖母と会う
これまでは、事件が起こるか遭遇し、それを討伐すれば問題ないようなことであった。それでは、事件が発生するまで何もできないということになる。そもそも、表に出た事件以外だって存在するはずなのだ。誘拐や拉致の被害は分からない事の方が多い。
三十万人を超える人が住み、さらに多くの人間が王国の内外から訪れる王都の問題さえ把握できていない。それ以上に王国全体では様々な工作が為されているはずであり、把握も対応もできていないのである。
「雲を掴むような話ね」
『……まああまり気張らない事だ。いきなりたいそうな結果を求められるわけじゃねぇ。お前も蛙殿下と同じ、見習中ってことだろうな』
世の中で、十六歳に多くのことを期待するのであれば、それは間違っていると言われかねない。少なくとも、彼女は王国中の同世代の誰よりも大きな成果を上げているのだ。むしろ、年齢を除いたとしても彼女を上回る功績を残した人間は数えるほどだろう。そんな事を本人は望んでいないのだが。
「そろそろ社交も覚えなさいという事なのね」
『前向きに行こうぜ。相棒もいることだしな』
伯姪も伴って、尚且つ侍女見習としてリリアルの子達も勉強をする良い機会となるであろう。今までは、彼女が社交に出ない故に、どうしても実践不足であった分野である。
「夜会も戦場というわけね」
『まあな。剣や槍ではなく、言葉と頭脳で戦えればな』
『魔剣』に言われる迄もなく、そういった「賢さ」が彼女には経験・能力共に不足していると言える。リリアルの仕事が冒険者寄りであるこれまでの経緯からすると仕方がないのだが。これからはそうもいかないということだ。
とはいえ、この話はネデルの一件が終わってからの話となる。大使の赴任は来年のことのようであるし、その間に状況は変わるかもしれない。王弟殿下の護衛としての役割と、今後の王都での活動内容を考え、また、王都にて活動する諸外国の大使に対する対抗策も課題になるだろう。これは、リリアル単独ではなく、孤児院や王都を管理する部署、騎士団やその他の組織との協調や、新しい人の育成も関係してくると思われる。
「楽しいことだけ考えましょう」
『それが遠征だとすると、もっと世の中には楽しいことが沢山あるんじゃねぇのかと言いたいな俺は』
生前は魔術の研究しかしていなかったはずの『魔剣』にだけは言われたくないと彼女は思わないでもない。
祖母の元から学院に戻ると、そこには見かけない男性が来客として訪問していた。
「お帰りなさい。今日、到着されたのよ」
彼女は内心『……誰』と思っていたのだが、『魔剣』に「忘れてんじゃねぇよ!」と指摘され思い出す。
「リリアル男爵。これから御厄介になります」
「こちらこそよろしくお願いします」
レンヌ大公子の側近である護衛隊長が、リリアルで学びたいという打診を受けていたのは、王女殿下を迎えに伺った少し前のこと。その後、ソレハ伯の取調べや領内の捜査の為予定よりかなり遅れての王都来訪となったのである。
「後ほど皆に紹介しますね」
「……その事なのですが……」
『大公子側近』である子爵令息という身分は伏せて、リリアル生と共に学びたいという本人の希望が述べられる。希少な男性であり、こちらも身分差を気遣うようなメンバーではないのだが、本人の希望もあり「承知しました」と受ける事にする。
「それでは、レンヌの騎士ということにしましょう。嘘ではないわ、ただ情報が不足しているだけですもの」
「そうね。騎士はリリアルにもそれなりに居るでしょうし、殿下の護衛の為に勉強しに来たってあたりが妥当かもしれないわね」
令息は「それでお願いします」と告げる。呼び名は『ゼン』だそうだ。申し入れの際、「新人見習と同じ待遇で」ということであったので、二期生とおなじ敷地に隣接する『寮』での生活となる。
「今後の予定を聞かせていただけますか?」
彼女は不在であった期間伯姪に任せてあったので、説明をして貰う事にする。
「二期生が初期教育が終わったところなの。滞在期間中は男子二期生と同じ研修を受けてもらうつもりです」
「……具体的にはどのようなことでしょうか?」
二期生は、冒険者と魔術師の基礎鍛錬を午前座学、午後実習という形で行っている。午前中の座学は、商人・貴族の使用人としての基礎を含め様々な知識を学ばせている。ここには、使用人・薬師コースのメンバーも参加しているし、一期生のメンバーも参加している場合がある。
「リリアルは座学が多いのですね」
「冒険者をするだけならそれほど必要ではありませんが、今後、様々な活動をする際に貴族の使用人、商人の従業員なら既知の常識を知らねば、理解できないことも多くなってしまうでしょう。知らない事は気が付けませんから」
「……なるほど。親衛騎士には不要でも、知らない事で気が付けないのであれば、学ばねばなりませんね」
商人の不正に気が付くには、商人がどのような仕事をしているのかを知り、どういった不正を行えば利になるのかを知らなければ見つけようがない。もちろん、商人として実務を担っている人間には敵わなくても帳簿の読み方や商慣行や契約の結び方、取引の流れなど知っておくべき事は多い。
貴族の使用人、例えば領地を治める代官の業務も似たようなものである。
「恥ずかしい思いをしないよう、大いに学ばせていただきます」
令息『ゼン』の外見は、父親である親衛隊長に良く似た偉丈夫となっており、とても使用人には見えないのであるが、彼が様々な事を学ぶ事で、レンヌに巣食うソレハ伯の影響下にあった商人・貴族の不正をただす事に繋がれば、主君である大公子殿下と王女殿下の為にもなる。
そして、新メンバーとしてリリアル生に『ゼン』を紹介したのだが、頭一つ背の高い存在に多くのメンバーが驚いたのは言うまでもない。三年前に初めてレンヌで顔を合わせた時にも相当であったが、更に背は伸び、体は一回り太くなっていた。
リリアル生で一番大柄なのは青目藍髪であるが、それでも頭半分は低い。女子の大半は十二三歳であり孤児であったため小柄な子も多い。
「でかい」
「すっごくおおきいです!」
年齢的には彼女とさして変わらないのだが、見た目は完全に「おっさん」寄りの大人であり、リリアルには今までこの手の男性はいなかったのでそういう意味でも『異分子』であった。
「『ゼン』という。しばらく世話になるので、仲良くしてもらいたい」
本人が挨拶すると「いいよー」とか「よろしくー」と緩い返事が返ってくる。貴族の子息、大公の側近となると目され遇されてきた『ゼン』からすると、主と部下しかいない人生であった。こんな『対等』に扱われる経験はなく、無礼と感じる事は無くむしろ歓迎されていると感じていた。
歓迎というのは……珍獣的な歓迎なのだが、本人には伝わっていない。
夕食の時間の後、食堂に残ったメンバーが『ゼン』を囲んで話をしている。彼女と伯姪はそこには加わらず、どんなことになるのか様子を見る事にした。
「リリアルでは院長先生と副院長先生には絶対逆らわない」
「……それは、どういう意味だ? 普通は逆らわないだろう。逆らいたくなる命令でもされるのか?」
真剣な顔で赤目銀髪が語り、横で幾人かの女子が頷く。何の事だろうと二人がいぶかしんでいると……
「フィナンシェが貰えなくなる」
「そうそう。余計な事を言う子は、貰いが少なくなるんですぅ」
「フィナンシェ?」
『ゼン』は『フィナンシェ』を知らないようである。社交をしない騎士であれば、王都で流行りの焼き菓子など知らないだろう。
「焼き菓子の一種で、院長先生の姉君の商会で扱っているんだが、焼きが失敗したものを頂くんだよ」
「失敗って言っても、貴族に出すには焼色が良くない程度で、味は全然問題ないんだけどね。でもほら、そういうのって大事なんでしょ貴族の人にとってはさ」
庶民なら味が同じなら少々色目が悪くても安い方が喜ばれるが、貴族であれば、その辺りは厳しく吟味する。本人がでは無く、使用人や扱う商人がである。
「そうなのか」
「そうそう。まあ、良くわかんないけど、大事なんだよね」
「分からないと別の時に自分で判断できないじゃない? それは分かるように勉強しないとね」
「ああ、これも勉強、あれも勉強」
「人生は全て勉強じゃない。いやなら、もっと体を使って働く?」
魔術師は体力はあまりないが、身体強化は得意であったりする。だからといって、その魔力を肉体労働に回すというのは賢い考えではない。魔力を上手に道具として使う為にも、貴族のこと商人のこと冒険者のことを良く知らなければならない。『ゼン』にも、そういったリリアルのスタンスがこの時少しだけ理解できたようである。
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