第五部 ネデル 

第400話-1 彼女は伯姪に婚約話をする

 翌日、午前中のルーティンを学院生が熟している間、彼女と伯姪は学院に彼女が不在中の専断事項の引継ぎを行い、ある程度目途が立った状態で昼食を迎える時間となっていた。


「そういえば、私に王命で婚約者『候補』になることが決まりそうなのよ」

「へぇ、王命ね。断れないやつね」


 彼女は、王弟殿下と昨日顔合わせをした話をした後、姉から聞いた子爵家に王家の使者が来て書面で案内があったことを説明する。蛙君という綽名の持ち主であり、連合王国女王の王配候補であった話などもついでに説明した。


「年齢差あるわね」

「貴族の婚姻だとそれほどでもないでしょう。三十と十六はありえるわ」


 伯姪に今後起こりそうなことを説明する。


「このまま王弟殿下の婚約者候補を数年務めて、その間に色々進めることにするわ。でも……」

「私? 気にしないで良いわよ。ニース辺境伯の身内に独身女性は私だけだから。養女にでもして貰えば、どうとでもなるわよ」


 ニース辺境伯家は元は独立した公国であった。例え養女であったとしても、祖母同士が姉妹の関係であるから、血縁は薄くない。また、ニース男爵家は辺境伯家の家宰を務めている家であり、伯姪の父親はそれに当たる実力者なのだから、ある意味、公女カトリナに準じた身分になり得る。


「世の中では結婚適齢期のど真ん中な私たちだけど、私達の適齢期は、私たちが決めればいいと思うのよ」


 明るく返す伯姪の言葉に、彼女はそれもそうかと思い自分を納得させることにした。




 帝国への遠征、オラン公軍に同行して冒険者として活動した内容のあらましを彼女は伯姪に説明した。勿論、このあと一期生には同様の説明を行う予定なのだが、その前に考えを伝えておきたかったというのもある。


「冒険者として……内乱に関わるというのは危険ね」

「そう思うわ。実際、オラン公の実弟が戦死する場に私たちだけが立ち会ったことなんて、想定外ですもの」

「……でも、秋の遠征に同行する」

「ええ。でないと、ネデル領内に潜む王国に悪さする害虫の巣を攻撃できないと思うから」


 リリアルのメンバーだけで暗殺者養成所を探し出す事は可能かもしれないが、その場所を制圧することは困難だと考える。王都にいる間に、古いネデルの地図を当り今は放棄された街壁を持つ都市を探し出さねばならないこともある。


「それでも、オラン公の遠征に参加するのは数人でしょう?」

「襲撃するタイミングを見計らって、現地集合ね」

「……また、思い切りのよい作戦ね。でも、リリアルらしいわ」


 ネデルにあるノインテーターを作り出すアルラウネの存在に、冒険者ギルドの『暗部』養成施設としての暗殺者養成所を潰す事で、ネデルにおける神国の暴政は多少改まる可能性もある。勿論、帝国内や王国へちょっかいを出す存在もいなくなる。


「新しい吸血鬼ね」

「いままで王国でグールを生み出した吸血鬼の首魁は、どうやら東方大公領に潜んでいるらしいわ」

「……もろに皇帝のお膝元じゃない」

「それだけではないのよね」


 東方大公領は帝国の一部だが、南は法国北部ともつながり、東はサラセンに半ば占領された大沼国、北はベーメン王国と接している要地でもある。大山脈の東端に位置することからも、大山脈を経由して山国や王国東部にも移動しやすい地理的要件を備えている。


「ダヌビス川沿いに活動拠点があるのではないかしらね」

「オリヴィさんはどう言っているの」

「……会えていないのよね。それに、ネデルの問題を処理してから取り掛かることになるでしょう。今は、デンヌの森の害虫の巣駆除が優先だと思うわ」

「そうね。近い所から片付けていきましょうか」


 一先ず、秋のネデル遠征に向け、彼女たちは準備を進めることになる。彼女と同行しオラン公軍に冒険者として参加するメンバーと、伯姪が率いるリリアル本体に参加するメンバーを考えなければならない。


「こちらから向かうのは、魔装馬車三台は欲しいわね」

「二期生はどうかしら?」


 二期生の最年少は十歳なのだが、赤毛娘たちも同程度の年齢で参加した経緯がある。


「サボアの三人と、男の子は連れて行きたいわね」

「そうね……それでも二期生の半分になるのだから、十分かしらね」


 一期生の全員、二期生の五人に歩人も参加させることになるだろう。


「私と、男の子二人を分隊長にしてチームを組む感じかな」


 伯姪に赤毛娘に黒目黒髪、これに二期生のサボア女子二人を付ける。青目藍髪には赤目藍髪、二期生の男子二人、藍目水髪の五人。茶目栗毛には癖毛と碧目金髪、一期生の魔力小組女子三人を銃兵として付ける。


「魔装馬車をワゴンブルク風に強化してもらいたいのよね」

「パーツは用意してあるみたい。重量の問題があるから今は装着していないけれどね」


 これは、実際装着した状態で三台で三角形の陣形を組んでみなければどう運用できるか分からない。癖毛が参加するのであれば、土塁で補強することも考慮して良いだろう。『土』魔術で壕と土塁が形成できるのだから。


「半分くらいは銃手になるわね」

「ノインテーターという吸血鬼は、グール化させずに周囲の人間を使役できる能力があるの。それは、『狂戦士』化を伴うわ」

「うわぁ……それも討伐対象なのかしら」


 彼女が危惧しているのは、暗殺者養成所で育成されている孤児や親に売られた子供たちを支配下において、ノインテーターが襲い掛かって来る可能性である。


「自分の意思と関係なく、操られて襲い掛かって来るとするならば、その子供を撃ち殺すリリアル生の精神に大きな負担が掛かると思うの」

「そうね……聖都のグール討伐も……村の母子がグール化した時は後味が最悪だったものね」


 吸血鬼により村人全員がグール化した集落。当然、母が子を、夫が妻を襲って全員がグール化したのだろう。その惨状は、とても思い出したくない記憶として参加したリリアル生の中に残っている。


「そこでワゴンブルクなのよ」

「……引きつけて支配下に収まっている子達が仮設の城塞を襲っている間に、後ろで高みの見物を決め込んでいる不死者を討伐するわけね」

「ええ、そんな感じになるでしょうね」


 彼女のイメージはリリアル最初の大規模討伐であった『ゴブリンの村塞』のイメージを考えていた。魔力量が多く、魔法袋を展開できるメンバーで突入し、門前にワゴンブルクで待ち構えているところを襲撃させ、背後からノインテーターを狙って討伐を進める。


 ワゴンを襲った支配下の子供達らは無傷とはいかないだろうが、正面からノインテーターの『肉盾』として利用されるよりはよほどましだろう。


「私も魔力量はそこそこ使えるようになったから、何人か選抜メンバーで斬り込む感じになるのね」

「その積もりよ。それに……」


 彼女は、教官役や世話役の大人たちを助ける気持ちは全くないのだが、暗殺者候補生として無理強いされている子達を助けたい気持ちが強かった。それに、魔力を有する者、隠密行動の得意な者、商家や貴族の使用人として一定の技術や知識を得たものの中で希望者はリリアルの『三期生』として受け入れたいと考えてもいた。


 その対象にならなくとも、王国内で中等孤児院に参加したり、真っ当な人生を王国で歩めるように手を尽くしたいとも考えている。


 伯姪にその話をすると「とてもいいわ」と賛同してくれた。可能であれば、聖エゼルの修道院や、ニースの騎士団の見習でも受け入れを要請することもできるのではないかと考えたという。


「それなら……」

「生かして助けるために、ポーションを山ほど用意しないとね」

「二期生の魔装衣も用意しなければね」


 あれも必要、これも必要と話していると、昼食の時間となる。この続きは、一期生を交えて午後に話をする事にした。



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