第394話-2 彼女は緊急依頼を受ける
そして、夕刻になる前に、アゾルの馬に乗り彼女と赤目銀髪は本営へと戻り付いた。アゾルの姿を見る事が無かった本営の騎士達にざわめきが広がる。
彼女は毛布でくるんだ子供ほどの大きさの何かを抱え、本営へと入る。
「閣下……申し訳ありません」
只ならぬ彼女の雰囲気と抱えたモノを見てルイは察する。
「……すまん、人払いを頼む……」
側近の騎士達が連れだって幕営の外へと出ていく。入口を閉じると、彼女は抱えた毛布を床に下ろし、そして中を見せる。
「……何がどうなったのだ……」
「魔物に……『魔鰐』に噛み殺されました……」
「……なん……だと……」
息をのみルイの両の拳が握りしめられ、声にならない声で全身が瘧のように震えるのが見て取れる。
彼女が追跡の経緯、そして、沼の奥で鎧を外した状態を付けられ、馬とアゾフがそれぞれ魔鰐に襲われているところに遭遇したと説明する。
「『魔術』が弾かれ、既に噛みつかれている状態でしたので、急ぎ矢と斬撃で二頭を斬り殺しましたが……下半身を失われたアゾル閣下は……」
「そうか……それは……いや、君たちでなければ、アゾルの死体すら
残らなかっただろう。そのことは……感謝する……」
「……」
幾分感情を抑えた声で、ルイは感謝の言葉を彼女に伝えるが、目の前で助けられなかった彼女は、強い後悔と力不足を久しぶりに感じていた。それほど親しかったわけではないが、それでもこの数日、行動を共にした仲である。
「あまり、気にするな」
「……気にするに決まっているではありませんか……」
そんな自分でも思ってもみなかった言葉が口をつき、彼女は慌ててルイに謝罪をする。
「天下の妖精騎士も、普通の若い女性という事だ。動揺する気持ちは理解できるし、私が頼んだことで、余計な負担を掛けてしまったようだね。本当にすまない。これは、仕方のない事だ、君たちのせいではないよ」
「……」
彼女は心の中が整理できずにいたが、ルイは「ありがとう」といいその場を退出するように伝えた。
すぐにリ・アトリエのメンバーの元に戻らず、彼女は一人本営から離れ当てもなく歩いていく。
『知り合いが目の前で死ぬの……初めてだな』
『魔剣』は彼女の動揺を察し、声を掛ける。生前も『魔剣』に魂を封じてからも、『魔剣』自体は何度も知り合いの死に直面した経験はある。誰にでも、初めての経験があり、その経験はその人だけのものだから安易に気にするななどというつもりもない。
「助けられたわよね……」
『かもしれねぇな』
否定することは簡単だが、否定するつもりはない。常に、助けられなかったと後悔するのが人間なのだから。『魔剣』とて、彼女の遠い先祖である幼馴染の女を助けられなかったのだから。相応の後悔と苦しんだ経験はある。
「どうすればよかったのかしらね」
『そりゃ、断りゃ良かったんじゃねぇの?』
助けると決断しなければ、助けられなかった後悔をする事もない。そう言えば、彼女の姉のそばに仕える顔見知りであった少女を助ける事も出来なかった事を思い出し、色々と落ち込み始める。
『だけどよ、お前が決断したり行動したことで、死なずに済んだり、不幸にならずに済んだ奴もたくさんいんだろがよ? それに、ルイだってアゾルの体が半分でも残って戻って来たんだから……多少は……救われてるんじゃねぇか』
下半身を失ってしまったが、食いちぎられた魔鰐の中から回収した脚を後で修復させることは出来る。彼女たちの宗教において、死後の復活を望むのであれば、遺体は揃っていなければならない。少なくとも、アゾフは埋葬時に足を戻してあげる事で、最後の審判の日に復活できる……と家族は信じることができるであろう。
『誰でもできるってわけじゃねえんだぜ。お前と同じ事』
「……わかっているわよそんな事。ずっと昔からね」
彼女の目標であった姉。その姉ですらできない事を成し遂げたくて、彼女は一人で森に入り、薬師の真似事・冒険者の習いを行ったのだ。そして、彼女の家が代官を務める村を偶然にも守り、その結果、今へとつながる道に至るわけだが、自分にしかできない事を胸を張って行いたいと考えているのは何も変わっていない。
『お前が胸を張っていねぇと、学院のガキどもや、感謝してくれたアゾルにも顔向けできねぇだろう』
「そうね。私は為すべき事を為したわ。それ以上でもそれ以下でもない」
『それでいい。それだけでいい』
彼女の中で、今日の出来事が消化され腑に落ちたのだろう。いつもの自信に満ちた表情を取り戻し、メンバーの待つ馬車へと戻るのであった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
彼女が馬車のところに戻り、今日の報告をメンバーにしている最中、再びルイからの呼び出しを受け、茶目栗毛を伴い彼女は本営へと赴いた。
「アリー殿。今回の件について、報告をしたためた。兄上にアゾルの遺骸と共に連れ帰り渡してもらいたい」
ルイ曰く、今回の勝利で今しばらくこの地で戦い、オラン公が行う遠征の助攻となるようにしたいことを伝える。
「君たちであれば、アゾルの遺骸もそれほど傷む前にディルブルクに運んでもらえると思ってね」
遠征軍は一ケ月かけてこの地迄やってきた。彼女達であれば、魔導船を用いて四五日あればディルブルクに運ぶことができるだろう。長期の遠征先で君主が死んだ場合など、防腐処理を行い生前の姿をとどめたまま故郷に連れ帰るのだが、彼女達であればその必要もない時間で戻る
ことができる。
「では……」
「君らは兄上の遠征に同行して欲しい。私やアゾルは替えが効くが、オラン公に替えはないからね」
「……承知しました」
彼女は出立の準備を終えたのち、再び本営を訪れアゾルの遺骸を預かり、そのままディルブルクへ向かう事にし、本営を後にした。
アゾルの遺体を仮の棺に納め、魔導船に乗せる。見送りに来たのは、ルイとその側近たちとアゾルの護衛騎士達であった。
「よろしく頼む」
「必ず、ディルブルクへアゾル閣下の御遺体を無事お届けいたします」
「「「「「閣下に敬礼!!!!」」」」」
魔導船は騎士を離れ、運河を進んでいく。そして……
「ん、やっぱり追いかけてきた」
「そうでしょうね」
魔鰐は三体討伐したが、魔物使いを捕らえることは出来なかった。最初のアップダムへの襲撃は嫌らがせの範疇であり、魔鰐を失うとは考えていなかっただろう。
そして、アゾルを二体の魔鰐で襲わせたのは、偶然に違いない。もしくは、追撃部隊とは別行動で遠征軍の本営を魔鰐単体で強襲するつもりであったのだろう。最初の魔鰐は体こそ大きかったものの、あまり反応は良くなかったことから、魔物使いはかなり離れた所から指示を出し放置していたのだろう。
アゾルの襲撃時はそれよりは近い場所にいたと思われるが、赤目銀髪の魔力走査の範囲外に速やかに離脱したのかもしれないし、魔力自体をほとんど持たない可能性もある。
そして、ニ体の魔鰐を失ったにもかかわらず、あの場所で反撃を行わなかった理由は、他に帯同している『魔鰐』を別の場所に待機させていたからであると考えた。
『送り狼ならぬ、送り魔鰐かよ』
彼女達が魔導船で移動すると考え、水路を通って追跡してきたのである。このまま返すつもりはないという事だろうが、それはこちらのセリフだと彼女は復讐を誓っていた。
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