第394話-1 彼女は緊急依頼を受ける
「アゾル、持ってる」
「確かに、いろいろ余計なお荷物を背負っているわね彼」
アゾルの側近で本営に戻ってきたものを帯同し、彼女たちは間道を逸れた現場まで案内させることにした。そこは、やや左右に開けた場所であり、見た目は普通の野原のようだが、少し先から水辺のような様子となっており、馬の走った後が薄っすらと残っていた。
「閣下の馬は、あの方向に走っていったと思われます!」
街道周辺は人馬の脚で荒されており、その奥に幾つかの馬の足跡がやがて一つだけ進んで行っているように見える。
「では、ここで別れます」
「は! 我々はここで待機しております」
「それは危険でしょう。そうね……日が暮れる前に一度ここに戻って来てもらえるかしら。それまでに戻れなければ、明日の午前中に一度、夕暮れ時にもう一度見に来ていただけますか」
「……よろしくお願いしますアリー殿」
「先生、私達もその時に……」
彼女は首を振り、遠征軍にその時は頼むので本営で待つようにと答える。
その間に、赤目銀髪は『水馬』を履き、先行して沼地を奥へと足跡を追い進んでいく。弓を手に、周囲を警戒し安全を確認しているようだ。彼女も続いて装備を整え軽く別れの挨拶をし後へと続く。
彼女達の姿が街道から見えなくなるまで、残された者たちは後姿を見送ったのである。
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ズボズボという感じで、馬の蹄の後が残っているのを消さないように二人は奥へと進んでいく。やがて、その泥は深さを増し、馬は身動きが取れないほど埋まったようだ。
「ここで……馬を下りた?」
「恐らく、甲冑類はここで外して下馬したようね」
見ると、兜や胸当、脚絆の類を外してその場に投げ捨てたようで、一先ず彼女は回収しておくことにする。少なくとも、探索はした証拠にはなる。
「……何か這いまわった後がある……」
「そうね……急ぎましょう」
甲冑を捨て馬から降りたであろうアゾルが馬を引っ張り、沈み込んだ場所から脱出できたようで、馬と人の歩いた後の他、なにやら長いものを引き摺った後と、その両脇に足跡が残されていた。
「まさか……」
「そのまさかはありえる!」
奥に向かい、泥の上を滑るように走る二人の前方から、何やら馬のいななきと人の叫び声が聞こえる。
木々が生い茂るその薄っすらと水の張った沼のような場所の先に見えたもの。それは、二頭の『魔鰐』と思わしき存在に襲われ、引き倒された軍馬と、噛みつかれ引き倒されたアゾルであった。
「くっ!」
彼女は剣を抜き、『飛燕』を次々に放つ。しかし、アゾルに噛みついた魔鰐の口を開かせるに至らない。そのまま魔鰐は、体を回転させ、アゾルの腰から下を咥えたまま体を引きちぎった。
「むっ! 死ね!」
魔銀の鏃に魔力を込め、二頭の魔鰐に次々と命中させていく赤目銀髪。『飛燕』による攻撃を諦め、魔鰐本体に直接剣戟を与えることに目標を切り替える。
「あああ……なんてこと!!」
下半身を失い、血の気の失せた顔のアゾルの横に立ち、彼女は思い切り魔力を込めた『魔銀剣』を二頭の魔鰐に叩き込む。魔力により拡張された巨大な刃が、『魔鰐』を縦に真っ二つに切裂く。
「近くに、魔物や魔物使いがいないかどうか探って頂戴」
「任せて!!」
彼女は手を尽くす方法もないだろうが、急ぎ、彼女の謹製のポーションをアゾルに飲ませる。
「う、アリー殿か。みっともない姿を見せてしまったな」
「なにを……あなたがみっともないのは、今だけではありません!」
「な、最後まで冷たいな君は」
はははと力なく笑うアゾル。いつもの調子で話しかけようとするが、力が入らず、空気が抜けたような会話となる。
「あなたを見失ったという事で、ルイ閣下が至急探せと私達に命じたのです」
「……そうか。兄上には……迷惑かけた……ね……」
戦争で人が死ぬのは仕方がない。でも、これは……あって良い死に方ではないだろう。戦場で……魔物に喰われて死ぬなんて……
「私達の……」
「責任ではないよ。君たちは……良く……働いてくれた……」
これは……血を失い過ぎている。もう間もなく、アゾルは意識を失い、そのまま死ぬことになるだろう。
「馬は無事?」
「馬は……間一髪助かったようです……」
馬に噛みつく前に、彼女の『飛燕』が命中し、気が削がれたので助かったのだ。
「その子も連れて……帰ってくれるか……」
彼女は黙って頷く。そこに、赤目銀髪が戻って来る。首を横に振り、既に魔物使いはこの場を去ったようだと伝える。
「……では……戻りましょう。あなたは、馬を引いてもらえるかしら」
「わかった。その……重くなったら変わるから……」
「大丈夫よ。それと……」
既に事切れたアゾルのため、彼女は魔法袋から大きな毛布を取り出し、その遺体を包んだのである。
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