第388話-2 彼女はネデル北部へ向かう

 彼女は赤目銀髪に船の操縦を変わってもらい、『魔力纏いで斬れない敵』に対する対策を説明する。


「剣で守れない場所を斬る……というより、銃で撃てば解決だろう?」

「……そういう問題ではないわ」


 魔力壁のような能力があれば、銃弾を防ぐことができる。相応の魔力量と射撃を受けるタイミングに合わせて発動できる練度が必要だが。


「先生がおっしゃっているのは、魔力纏いを受け止める魔導剣の存在と出くわしたとき、若しくは、魔力纏いだけでは通用しない表皮の堅い魔物に対する場合の訓練が必要であるという事です」


 茶目栗毛……助かる。


「魔力量がもともと少ない私はその方が長く効果的に戦えそうです」

「私は……剣はちょっとむりだから」

「俺は……魔力が纏わないで拡散するから無理だな」


 狼人……不器用か!!


 碧目金髪は銃兵兼薬師であるから求めないとして、騎士志望の灰目藍髪は魔力纏いの効率的な活用は必須となるだろう。


「ですが、刺突は一対多数の戦闘の場合、動きがかなり制限されます。斬って動くより、突いて引く分動きが鈍くなりますから、ここぞという時以外は死角に回って斬ることや、致命傷にならずとも動きを鈍らせる手脚などにダメージを与える事に専念する……という感じでしょうか」


 一対一ならば突き技は威力も大きく致命傷を与えやすいと言われるが、その分、次の攻撃へと移りにくいのだ。


「先ずは……刺突で実際に『魔力壁』が貫けるかどうかの確認からかしら」


 魔力を集め実際に攻撃することから確認が必要だろう。彼女は順番に自分自身の魔力壁を形成し、代わる代わる魔力纏いで貫けるように訓練を行う事にした。魔導船に乗っている時間も訓練ができるなんて、なんて素晴らしいのだろうかと思わないでもない。


『……お前だけだと思うぞ』


 北部遠征軍に参加する中で、南部遠征軍との戦闘である程度オラン公軍の能力を把握したネデル総督府軍は、さらに強力な存在を贈りつけてくるのではないかと彼女は考えていた。





「くっ!!」

「む、むり……難しいです……」


 船首の位置で二人を相手取り、『魔力壁』を展開して「受け手」に専念する彼女。茶目栗毛と灰目藍髪は、魔銀鍍金製の片手剣を用いてその『魔力壁』を突き崩そうとするのだが……剣の切っ先に魔力を纏める事が難しいのだ。


 魔銀鍍金されている剣全体に纏わせることは、身体強化の延長線上でそれほど難しくはない。その力を集約し、先端・切っ先だけに纏わせることは容易ではない。魔力壁も『壁』上に展開するよりも『煉瓦』『礫』の大きさに収束する難易度の方が格段に高い。魔力練度とでも言えばいいのだろうか、操作能力が桁違いになる。


 この辺り、魔力量と習熟度の問題となる。多く持つ者ほど練習量や魔力の操作に熟達しやすい。まあ、続けるだけの執着心というか妄執があればだが。残念乍ら、二人は量が少なく操練度も余り高いとは言えない。赤目銀髪は今操船に専念しているが、彼女ほどではないものの、リリアルの中では五指に入るレベルだ。


『武器を変える方が良いかもしれねぇな』

「一考に値するわね」


 魔力の集約が容易であるのは、剣より槍である。その昔、竜を倒したとされる『魔剣』『聖剣』と伝えられる存在は、その名称、使用の状態から見て恐らく『魔槍』『聖槍』であったのだろうと推測される。


 『エクスなんちゃら』であるとか『デュランかんちゃら』なんて名称の剣は実は『槍』であったのだという。


 実際、初期の頃からリリアルにおいて前衛は『ウイングドスピア』や『グレイブ』を用いてきた。突く・斬る・薙ぎ払うといった攻防のバランスの良い装備として、未だ魔力と体の小さな駆け出し魔術師兼冒険者のリリアル生を支えてきたからだ。


 今回も偶然ではあるが、『刺突槍』『オウル・パイクawl pike』を用意したのだが、この刺突槍はピアスヘッドが80㎝もあるので「収束」するとは言い難い。片手剣と変わらないのだ。


『次に王国に戻ったら相談すればいい』

「そうね……恐らく、刺突用のダガーのような物が必要なのではないかしら」


 百年戦争の時代、所謂「鎧通し」と見なされる短剣があった。遠回しに、鎧越しに止めを刺す為「慈悲の剣」等とも呼ばれた。


ミセリMiseriコルデcordeと呼ばれ、そのまま慈悲の剣のことなのだが、護身用の短剣として市井に流行し、より実直な意味を込めてメイル・ブレイカーまたはラウンデルRoundelダガーDaggerと呼ばれる。柄に丸い握りの護拳が付いていることがその名の由来だ。


スティレットStilettoはより、刺突に特化したもので、オウル・パイクの切っ先部分をダガーサイズにしたものだ。護身用に持ち歩けるサイズであるとされるが、どちらかと言えば暗器の部類である。


「聖鉄製魔銀鍍金仕上げの『スティレット』なら用途を満たせそうね」

『お前自身で実験してみてくれ』


 彼女の魔力壁を穿つほどの威力をリリアル生が発揮できれば、恐らく大抵の魔力による防御を一点、貫くことができるだろう。但し、短い刺突剣で致命的なダメージを与えられるかどうかは不明だが。





 稽古を重ねるにつれ、魔力の収束度は上がって来たものの、二人の魔力が枯渇しそうなので、一旦稽古は終了となる。


「……私も試す」

「ええ構わないわ」


 操船を狼人に変わってもらう。狼人は魔力量はそこそこなのだが、魔力を操ることが得意ではない。正確に言えば、体の外に放出する系統が苦手だ。これは、人狼の能力の影響なのではと『魔剣』は考えている。幸い、操舵する場合、舵に手を振れていれば魔力は勝手に魔導船に供給されるので問題ない。


 夜間視ができ、魔物としての特性上睡眠を多く必要としない狼人は夜の魔導船運航に必要不可欠な存在なので、昼間は彼女が、夜間は狼人が舵をとる事にしていた。


「どこからでもどうぞ」

「参る!!」


 低い姿勢から踏み込み、下から突き上げるように片手剣を繰り出す赤目銀髪。日頃の飄々とした雰囲気を一変させ、激しい刺突が『魔力壁』を貫く。


 Bagiinn   !!


「「「うわぁぁぁ」」」

「……貫かれたわね……」

「でも、魔装鎧は無理だった……」


 魔力壁の破壊を行う上で、「魔力壁が破壊されたらどうなる?」と周りは気になっていたが、結論から言えば魔装衣である魔装鎧の表面で受止められてしまう。魔力壁以上に強固に魔力を纏うことになる魔装衣は、魔力壁を大きく上回る防御力を『彼女』にもたらせる。


「魔力量と操練度がズルい」

「……先生ならそうなりますね」

「そういえば、俺もそれ必要だよな。学院に戻ったら守備隊長用を申請してもいいよな」


 魔力量と操練度が高ければ、魔装衣の性能は格段にアップする。魔力量に左右される防御能力とも言えるだろう。そう考えると、茶目栗毛や灰目藍髪は魔装衣の防御に依存するような用い方は危険となる。剣技を鍛え、身体による防御を磨かなければならないだろう。


『まあでも、刺突の効果は確認できたから問題ないだろう?』


 船上で時間を持てあますことなく、翌日の昼過ぎに上陸すると、六人は西ファリアの司教座都市『モナステル』に到着した。



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