第380話-2 彼女はシスター・アデレードの紹介を受ける

「シスター・アデレード……様ですか」

「ええ、今メインツからロックシェルのゲイン会の修道院へ行かれているの。あの方なら、力添えになって頂けるでしょう」


 メインツを出てオラン公の軍に合流する前に、彼女はブリジッタ=メイヤーの元に挨拶に赴いていた。それと、姉が公女と共に向かったロックシェルにおいて、公女を匿うに適した知人を知らないかと尋ねたかったのだ。


 ゲイン修道会は、半俗の修道会でありその信徒の多くはロックシェルの商工業者の夫人や娘たちである。他の修道院が原神子信徒に襲撃された際も、ゲイン会の修道院はそういう理由で無事であったという。


 しかしながら、今では異端審問が行われており、修道会の伝手を用いて子女をロックシェルから逃がす為に修道会でも顔の広いシスター・アデレードが中に入っているのだ。


「元は貴族の夫人であったのだけれど、子供に恵まれなかったのね。それで、養子に家を任せてご本人は修道会に入ることにしたのだそうよ」


 貴族の夫人であれば、貴族の女性だけが住まう修道院もあるのでそちらを選びそうなものだが、シスター・アデレードは以前から交流のあったゲイン会に籍を置くことにしたのだという。


「一人の女傑といったかたね。ああ、でも心配しないでほしいのよ。見た目は優しげな老婦人であるし、勇気と蛮勇を履き違えるような方ではないから」


 自ら危険を顧みずにロックシェルで異端審問の召喚を受けた貴族・富裕な原神子派商人の家族を保護するために活動しているのだという。


『まあ、肝の据わった婆さんってことだな』


 彼女の祖母もその類だが、見た目は優しげではないとだけ言いたい。ブリジッタは紹介状を書き記し、彼女に手渡してくれた。


「無茶をしないでね。と言っても、ヴィーもあなたも聞かないのは同じかしら」

「リリアル生を預かる身ですから、無理は出来ません」

「そうね……あなたはそういう立場ですものね。失礼しましたわ」


 微笑して答えるブリジッタに礼を言い、必ず無事にこの地に戻ると再会を約束し立ち去ることにした。





 武具屋に雑貨屋、乾物などの食品を扱う店で野営に必要な物資を購入し、錬金工房へと戻る。既に他のメンバーは自分達のやるべき事を進めている状態であった。


「先生、お帰りなさい」

「遅かったな」


 彼女は進発までに済ませるべきことを確認し、優先するのは魔装銃の弾丸の作成であると理解した。千発近くを作るのには、時間と魔力がいくらあっても足らない。


『あのノインテーターの取調べはどうするんだよ』

「移動中にでも進めるわ。工房でなければできない事を優先しましょう」


 恐らく、逃げた魔剣士程情報は持っていないと思われる。いつどこで吸血鬼になったのかくらいは確認したいものである。とは言え、他の仲間は吸血鬼化も支配もしていなかったことから考えると、意図してノインテーターとして参加させたわけでもないのかもしれない。


「気軽に不死者になられても困るわよね」

『まあな。でも、あの黒い剣士は吸血鬼ではなさそうだったな』


 吸血鬼なら、もう少し荒っぽい戦い方をしたのではないかと思われる。魔導剣を使えるだけの腕のある剣士を、わざわざノインテーターにする必要はないと考えたのか、若しくはノインテーターを作り出す組織と、剣士の主は別の存在なのかもしれない。二つの組織から共通の目的で派遣された傭兵吸血鬼と黒い魔剣士の組合せであったとすれば整合性がある。


「聞けばわかる事よね」

『そうだな。先ずは……鉄砲玉作るっきゃねぇな』


 彼女は茶目栗毛と赤目銀髪に声を掛けると、魔法袋から魔鉛と銅を取り出し、窯に火を入れ弾づくりを始める事にしたのである。




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「もう無理」

「はあ、休みなく弾丸作りをするのも……これっきりにしたいですね」

「二人ともお疲れ様。これで、安心して遠征に参加できるわ」


 約六時間にわたり、三人は延々と弾丸を作り続けた。小さな丸い球の鋳型に魔鉛と銅を溶かし合わせたものを注いで弾にするのである。コトン、コトンとリズミカルに作り上げていくのが楽しかったのは最初の三十分くらいであり、その後は苦行難行修行の類であった。


「嫌な身体強化の活用だったわね」

『体力ねぇからしかたないだろう。皆腕がプルっプルしてだけどな』


 弾丸を二十五発づつ小分けにする。革製の巾着に入れ、一つは携行しやすいように襷がけで革紐で吊るすようにする。火薬を用いない分、携行するのも楽ではある。


 元薬師娘二人はポーションの作成を昼から続けており、こちらもそれなりの数ができている。彼女も明日はポーション作りに加わる事になる。


「ちょっといいか?」


 様子を伺うように狼人が部屋の中を覗き込む。


「どうしたのかしら」

「あの、生首傭兵と話をしていたんだけどよ、あいつ、騙されて吸血鬼になっちまったらしいぞ」


 曰く、雇い主に紹介された訓練所に連れていかれ、森の中で瀕死になる訓練を受けさせられたのだという。


「着の身着のままで見知らぬ森の奥に放り出されて、生きて帰える訓練らしいんだが……」

「その途中で死んで吸血鬼になったとか?」

「ああ、大きくは間違いじゃない。森の中で精霊にあって……助けられたって考えているな奴は」


 ジローこと『ワルター』は泥酔して森の中で死に掛かって、精霊に助けられノインテーターとなる事を求められたと話していた。それなら、サブローも同じ精霊にノインテーターにされたのだろうか。


「ノインテーターをわざわざ作り出す為に管理されている精霊がいるのかも知れません」


 茶目栗毛が呟く。その昔、暗殺者養成所でそんな話を聞いた記憶があるとその後付け加えた。ネデルの森の中にあるという施設は、少なからず総督府や異端審問所と関係があるのかもしれないと彼女は考えるのである。



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