第379話-2 彼女は魔導剣について考える
かわるがわるに仮眠をとる……こともなく、狼人に見張を任せ、五人は街道脇に止めた魔装馬車の中で休憩することにした。明るくなるまではまだしばらく時間がかかる。
街道から見上げる廃城塞は月に照らされて幻想的でさえある。中身はおっさんの焼死体が盛りだくさんなのだが。
「リリアルにもこんな城があるといい」
「カッコいいよね」
赤目銀髪や碧目金髪は城暮らしにあこがれがあるのかもしれない。リリアルは城館として建てられた離宮であるから、どちらかというと『御屋敷』なのだ。
「明り取りは小さいから昼間でも中は暗いですよ。それに、冬寒くて夏熱いから普通は別棟に館を築いて城塔の部分は儀礼用であるとか、戦争の時だけ使うんじゃないかな」
「そうね。幾つか騎士学校の遠征で歴史的に有名な城塞を訪れたのだけれど、生活しやすくはなさそうだったわね。それに、王都のそばでそのようなものを新しく用意する必要はないもの」
王都近郊には、廃城塞の類は多くある。その多くは修道院や新たに建てられる城館の石材の供給源となり、壊されている物も少なくないのだが。
「それに、リリアルはその場所で守りを固める集団ではないから、城塞のようなものは騎士団に任せて、私たちは私たちにできることをするべきなのだと思うわ」
「冒険者になって帝国に遠征したりとかですね」
「まあ、城でじっと警備しているのはもっと年取った騎士に任せた方がいいだろうな」
「それを言うなら、年を取った魔術師や薬師だと思います」
彼女も結婚したら城塞暮らしもいいかもしれないと思わないでもない。
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明るくなり、城館の中を三階から順に再度見て回る。壕の中の盗賊たちは、一人ずつ仲間に縛り上げさせてから吊り上げることにした。これは、狼人と赤目銀髪が主に行う。
彼女は城館内の死体を回収し、茶目栗毛は明るくなった居室内で物証がないかどうか探しなおしている。残りの二人は、ビゲンの街まで荷馬車を借り受けに戻っている。
『首のない死体を回収するのもなんだかな』
「仕方ないでしょうとは言わないけれど、生かしておけば危険な存在ですもの、下っ端の傭兵のようには扱えないわ」
魔力持ちの傭兵などという危険極まりない存在を生かして捕らえたとして、引き渡した後の問題も存在する。ゴブリンに喰われれば魔物を強化してしまうことになるし、脱走なり反乱なり起こされれば並みの兵士では歯がたたないだろう。
「魔力を持っているからと言って、鉱山奴隷としての能力が上がるわけではないもの。生かしておくべきではないという事よ」
『それもそうか。戦場で暴れる分には申し分ない能力だが、それ以外ではあまり使い道がないものな』
故に盗賊の振りをした傭兵になるしかなかったのだろう。王国であれば、優秀な冒険者から騎士になるルートも確立しているが、帝国では騎士すら没落する状態で、傭兵から簡単に騎士になる事は難しいのだろう。まして、神国支配下のネデルであれば、傭兵として高給を目指すくらいしかない。
二階三階と首なし死体を回収し、三階の各部屋をのぞいてみる。王や公爵のような大きな領地を持つ君主の居館であれば、隠し扉や隠し通路もあるかもしれないが、石造りの見張塔から発達した街道と河、それに、川下にある別の城を監視するための施設に過ぎない。凝った作りはないだろう。
茶目栗毛が戻ってきて見せたものは、いくつかの書面であったが大事なものではなさそうだ。
「先生、一応証拠になります」
「……そうね。これはネデル表記みたいね」
南ネデルは王国語の方言であるワールン語が用いられており、帝国語とはかなり異なるのだ。書かれている内容は単なる荷送り状に過ぎないが、その文字から帝国内の物ではないという事が理解できる。
「コロニアとネデルはすぐですもの。わざわざ帝国内で買い物をするのは悪手だと考えたのでしょうね」
「おかげで、こちらは情報を得ることができました」
上階にはそれ以上めぼしいものはなく、一階の広間周辺は派手に燃えていたため、地下階の倉庫など物色したが大したものは残されていなかった。恐らく、数日以内に公女を拉致し逃げるつもりであったのだろう。公女自体がビゲンの修道院から消えてしまったのだからどうもならないのだが。
盗賊の多くは怪我を負い、また衰弱していたのだが、ビゲンの街までできる限り馬車につないで引き連れて行く事にした。ビゲンの街の手前にある修道院に公女マリアは滞在していたのだが、他にもネデルの貴族の子女がこの地には少なくない。その娘たちも狙われてもおかしくないという警告を兼ねてというのが一つ。
今一つは、冒険者としての彼女たちの活動を広める為でもある。王国では知らぬ者のないほど有名なリリアルの冒険者たちだが、帝国では無名に過ぎない。『妖精騎士』も、所謂お芝居の台本の中にだけ存在するのであり、実績も疑わしい……と少し前までは思われていただろう。
メインツでの模擬試合を見た街の住人の多くは「実際に凄腕」と思ったであろうが、冒険者としての実績を見せたわけではない。六人の冒険者のうち狼人を除く全員が魔術師であるという特異な集団が、三十人近くの盗賊が潜む城塞を襲撃し、そのほとんどを捕縛ないし討伐したという事実は、多くの帝国人、そしてネデルの住人の耳に届いて貰いたいと考えていた。
オラン公の軍に参加する冒険者であると知られれば、なんらかの存在が彼女達に向けられるだろう。それはノインテーターの分隊か、はたまた暗殺者の集かは不明だが。
「ちょっと眠い」
「ギルドで報告するまでは我慢して頂戴」
馬車に引き摺られるように十数人の虜囚が連なりノタノタと歩くため、いつもの魔装馬車のようにはいかない。とは言え、荷馬車には歩けない盗賊たち、そしてその周りには鎖でつながれた盗賊たちが数多くいる。
彼女達はその周囲を警戒するように歩いているのだ。
ビゲンの街に到着すると、街の衛兵長と街を治める代官が門前で彼女達の到着を待っていた。
「……リリアル男爵閣下であらせられますか」
代官と思わしき下級貴族の様相をした中年の文官風の男が彼女に挨拶をする。
「冒険者のアリーです。いまは、リ・アトリエという冒険者のパーティーで活動しております。この盗賊たちをお引渡し致します」
「首領はどこにいるのでしょう?」
代官の横に立つ衛兵長が取調べの為に必要な情報であるとばかりに、彼女に話しかける。彼女は、首を斬り落とした魔剣士の死体を三体魔法袋から取り出し、地面に並べる。
「この場には出しておりませんが、吸血鬼らしき魔剣士が一体おりました」
「なっ!!」
思わず声を上げる衛兵長と、目が泳ぐ代官の男性。吸血鬼の存在は暗に知られているのだが、目と鼻の先の廃城塞に潜伏していたとは思いも寄らなかったようだ。
「その為、幹部と思われる魔剣士は首を刎ねております」
「し、仕方ないでしょう。それでも死なない者がいれば……」
皆迄言わずとも、吸血鬼であるノインテーターに相違ない。勿論、並の吸血鬼の従属種・隷属種あたりなら、それで殺せないわけではない。
盗賊たちを引き渡すと、リ・アトリエの六人はビゲンの街の手配した馬車でメインツの冒険者ギルドまで送ってもらえることになった。その待ち時間に、代官が朝食を代官の領館で提供してくれたので、ありがたくいただく。
代官は盗賊がどのような者たちであったか、衛兵に取調べをさせ報告を上げると話す。
「どうやら、ネデルから派遣された偽装兵のようです」
「はあぁ……それでは改めて、近隣の貴族の子女のいる修道院や城館に連絡をさせます」
貴族の子女の誘拐はここのところ目立っており、その昔の身代金目当ての行為ではなく、政治的なメッセージを意味する行為であると理解されている。ネデルから逃げ出した原神子派の貴族に対して総督府が下した方策の一つなのだろう。娘を取り戻す為、自らロックシェルに出頭させようというのだろうか。その場合、娘もその親も異端審問に処せられると分かっていても、出向かなかれば貴族としての名誉が貶められることになる。そうなれば、もう貴族として振舞えなくなるのだから、生き残る意味がないと言えるかもしれない。
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