第372話-2 彼女は乞食軍の軍議に参加する
彼女は部屋の片隅でじっと話を聞いていた。彼女自身が『王国副元帥』という肩書を持つ存在ではあるものの、独立した特殊な騎士団を預かる身に過ぎない。身分は王国内の貴族や軍人に対する牽制の意味を持つものに過ぎず、実際に軍を動かすような活動に参加したことは直接ないのだ。
『まあ、思っていたよりまともだな』
「寄合所帯が現場でどうなるかは別でしょうけれどね」
兵を損ねたくない傭兵と、主に認めてもらいより大きな権限を与えられたい貴族の騎士や下級貴族の間には共有する物が不足している。これが全員王国を守るために集まっているという存在なら別だろうが、同床異夢というやつである。
なので、現場に出てしまえば勝手に戦闘を始めたり逃走したりするのではないかと彼女は危惧していた。
「ところで、冒険者殿はなぜ同席されているのでしょうかな」
わざとらしいとは思ったが、彼女は発言する機会を与えられたと理解し、その発言を促したルイに断りを得た上で話を始める。
「発言の機会を与えて頂きありがとうございます。オラン公から冒険者ギルドを通して指名依頼をいただきました理由は……ネデル神国軍の中に、魔物を使役するもしくは、魔物に支配された部隊が存在するという情報を得た為、魔物討伐の経験豊富な私たちが招集されたのです」
『魔物』という言葉に、ゴブリンやオーク、魔狼を思い描いたであろう貴族・傭兵隊長から「大袈裟な」であるとか「既存の部隊で討伐可能であろう」といった発言が聞えよがしに上がる。それは当然だろう。
「では、これをご覧ください」
彼女は床に置いてあった一抱え程の袋から網に入れられた丸いものを取り出す。網からは出す事はせずに。
「ワルターご挨拶を」
彼女の声に何事かと注目する諸将。そこで、丸いものが人の生首である事に気が付いた物が声にならない悲鳴を上げる。
『初めまして反乱軍幹部の皆様。俺はネデル神国軍に所属していた傭兵のワルターだ。元はロックシェルで衛兵をしていたんだけどな。故あって、神国に雇われた傭兵になった後、『不死者』になったんだ。俺の他にもそれなりにいるんだぜ『吸血鬼』がよ』
大きなざわめきが会議室に広がる。驚きの声、手品だ奇術だと否定する声。魔物の範囲に不死者を含めていなかったのであろうか。
「王国ではネデル・ランドルに隣接する地域からアンデッドの魔物が侵入する事件がここ一年程で数件発生しています。聖都へ周辺での吸血鬼に支配された元領民のグール化、ミアンへのスケルトンの万を超える軍勢の集結、それ以外にもワイトやスペクター、アンデッド化されたオーガやゴブリンの群れも発生しているのです。その原因の一つに、神国軍・ネデル総督の配下に魔物を利用しようとしている存在がいると考えています」
彼女達がネデルの中を商人や修道女としてうろついても、実際魔物を使役する存在と巡り合える確率は非常に低いだろう。だがしかし、戦場になれば話は別である。
死者の軍勢が反乱軍を攻撃する可能性は低くはない。何より、死なない軍であるから損害も考えずによく、まして処刑が決まっている異端者たちに費用をかけて編成した正規の軍を当てるのは経済的軍事的に効率が悪い。
王国へ浸透させる前の実験台として、ネデルの反乱軍は丁度いいと考えるだろう。そこを、先回りしてリリアル=リ・アトリエの冒険者が叩く。そして、供給先となっている存在ごと、反乱軍の軍事行動に便乗して討滅してしまう。オラン公の依頼を受けた理由は、王国に矛先を向けさせずにネデル内で処理を完結させたいという考えからである。
「首を斬り落としても死なないアンデッド……」
「因みに、このノインテーターは魅了により周囲の影響力を与えられる存在を強化することができます」
本来、ノインテーターは蘇った後、血縁者を殺して回り回復するという行為に及ぶのだが、既に地縁血縁を失っている傭兵からすれば、自らが集め育てた傭兵団の部下たちがその血縁者・家族の代わりを務める事になる。
「ノインテーターが討滅されれば普通の人間に戻るようですが、それまでは、超人的な力を発揮します。それこそ、火事場の馬鹿力とでも言えば良いのでしょうか。端的に言えば狂戦士化します」
人間の限界を超えた力を発揮する不死者に率いられた集団が段列に襲い掛かって来た時に、果たして雇われ兵や士気の低下したネデルから連れてきた貴族の従兵が役に立つのか大いに疑問でもある。
「そ、その、吸血鬼は討滅できるのか、お前……貴公に」
冒険者である以前に、王国貴族である彼女に非礼にならないように言い換え、ファン・デベルグ伯爵が問いかける。
「可能です。口中に銅貨を入れた状態で首を斬り落とす。吸血鬼としての身体強化能力は低いので、私たちの用いる魔導具で拘束は十分可能となります。戦場で突出してくれるのであれば、容易に討伐できるでしょう」
目の前に生首を差し出され、納得せざるを得ない。とは言え、ノインテーター『ワルター』はトラップで捕まったのではあるが。
「それで、どう対応するつもりなのだ」
「そうだな。吸血鬼討伐の手段はどうなっているのだ?」
幾人かの貴族・傭兵隊長から声が上がるが彼女は封殺する事にする。
「この場ではお答えできません」
ネデルの神国軍に通じている者がいない保証はない。
「冒険者に手の内を見せろと強要するのは契約違反……でしたか」
「ご存知頂き幸いです。対策を立てられないためにもその場において対応可能であるとだけ申し上げておきます。私たちは一団となり指揮官の傍近くで状況を確認します。大きく突破する小集団があれば、吸血鬼に率いられた狂戦士団であると言えるでしょう。急行し、これを私たちが叩きます」
「「「おおぉぉぉ」」」
模擬戦闘の効果か、彼女の発言は真実であると受け入れられた。これで、不用な軋轢を受けることなく、オラン公の軍に滞在できるだろう。彼女は無駄な模擬戦にならずに済んで内心ホッとしていた。
「それで、このノインテーターはどうするつもりなのか」
オラン公からの質問に彼女は「情報収集にお使いください。ネデルに侵攻する際は、こちらで必要な際に回収させて頂きます」と答え、ワルターとはしばらくお別れである。
『お、俺の胴体によろしく伝えてくれ』
「任せておきなさい。季節の変わり目には陰干しするようにしておくわね」
吸血鬼の胴体に陰干しや日光浴が必要だとは思えないのだが、預かり品として保管することを誓う。
恐らく、ワルターは銅貨を口にして死んだ後、墓地に埋葬してもらいたいのだろうと彼女は考えていた。しかしながら、吸血鬼となった男が、最後の審判の日に復活できるとは思えないのだが。
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