第367話-1 彼女はノインテーターを知る

 トラップに落ちたノインテーターの男の名は『ワルター』というネデル人の傭兵であった。元々はある都市の衛兵であったが、神国兵が駐留するようになり、より割の良さそうな傭兵に鞍替えしたという事だ。


『最初ハ良カッタンダケドヨ……』


 融和的な女総督が退任し、それまで暴れていた原神子教徒たちに厳しく接する神国の老将軍が新しい総督に就任した。仕事は楽になり、衛兵よりも割の良い傭兵に鞍替えをした。


 ところが、異端審問が始まり毎日毎日、多くの裕福な市民を連行し、その財産を没収する手伝いをするようになる。市民の見る目は冷たくなり、自分たちの居場所も徐々に狭まっていく。


『極メツケハ……異端審問サレタラ、ホボ生キタママ火刑ニナルンダヨ』


 収監した人間のうち八割は生きたまま火刑に処せられる。連合王国軍に捕らえられ『魔女』として処刑された救国の聖女も生きたままの火刑であったとされている。復活を防ぐために、遺骨は川や海に投げ捨てられる。


『参ッタヨ。神経ガナ』


 元は真面目な衛兵だった男だ。それまで守るべき存在であった市民の中でも、身分のある立派な商人や職人の親方を捕まえて拷問し処刑する手伝いをやり続ければ、精神が衰弱する。酒に溺れ、良心を麻痺させなければ役目を果たすことは出来ない。


「逃げ出さなかったのは何故?」

『ソリャムリダ。敵前逃亡扱イニナル』


 徐々に心をすり減らし死んでいくか、速やかに処刑されるかの二択。ワルターは酒を飲み、子供の頃に遊んだ森に入り非番を過ごすようになった。


「森の中でお酒を飲むのって楽しいわよね。特に夜」

『いや、普通は不気味だろう』


 オリヴィは錬金術師でもあり長く冒険者を続けていることから、森での野営と酒盛りはそれなりに楽しいと思えるのだろう。


「心が解放される気がするのよね。森と一体になるって感じでね」


 彼女にはない経験だが、ロマンデで伯姪と野営した事は、それなりに楽しい思い出となっていると考えている。


「で、その森の中でアルラウネと出会ったわけね」

『ソンナンジャネェヨ……たにあハヨ……』


 出会った存在は、『タニア』と名乗ったのだという。勿論とても美しい少女であったという。


『マアホラ、違和感ハ感ジダゾ。ダケドヨ、ソンナ事ハドウデモイインダヨ』


 心が折れ掛かっている男にとって、黙って話を聞いてくれて頑張っていると認めてくれる存在は、不確かかもしれないが大切な存在だったのだという。


「それが何故、ノインテーナーになるのかしら」

『……協力シテクレナイカッテ言ワレタンダヨ。ソウスレバ、ズット一緒ニイラレルッテヨ』


 結局、ワルターは深酒で体を壊した上、森で泥酔して凍死し不死者となって蘇るのだが、きっかけは『タニア』からの誘いであったのだという。


「なんで一緒にいる為に不死者になったはずなのに、あんたはここの床の落し穴で串刺しになってるんだろうね」

『ソレハ俺モ疑問ナンダ……』


 娼館の女に騙されて有り金根こそぎ巻き上げられるような話であり、ワルターに限れば命まで巻き上げられているのだ。傭兵団を率いるような存在であれば、自分の能力を高める手段と割り切り『吸血鬼ノインテーター』となる事を受け入れたかもしれないが、普通は自ら望んで不死者となる事は考えにくい。


「で、どうしたいのよ。あんた、死んでるから、今さら人間に戻るのは無理だし、今すぐ死ぬか、私たちに協力してから死ぬかの選択になるわね」


 オリヴィは話を最初に戻す事にする。彼女は「タニアさんに会ってみたいわね」

と呟く。


『俺モダ。利用サレタニシテモ、最後ニアッテ別レヲ告ゲテ死ニテェナ』


 もうあんた死んでるでしょというツッコミはせず、ワルターの「タニアに会って別れを告げたい」という願いを叶える事にした。実際、アルラウネが誰かに何かを強要されているのであれば、その強要した人間を排除する必要があると彼女とオリヴィは考えていた。


「今すぐにネデルには向かえませんが、どうしますか?」

「このまま床下で良いでしょう」

「それが妥当ね」

『……マジカ……』


 三人の意見が一致すると、床の落とし穴に再び蓋が嵌められた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ネデルに一度向かうとするなら、オラン公に今後の行動を確認する必要があると彼女は考えた。


「私たちは一度ディルブルクDillburgにオラン公を訪ねる事にする予定です。それと、今回の模擬戦でメインツ大司教から晩餐に招待される予定なのですが、このネデルの吸血鬼の件、直接お話するのはどうでしょうか?」


 彼女としては、著名な帝国の冒険者であるオリヴィの口から直接、吸血鬼の話をして貰えないかという思いがある。


「いいえ、それはあまり良い手ではないと思うわ」


 オリヴィ曰く、選帝侯の一人であるメインツ大司教は、聖職者であると同時に君主でもあり、尚且つ神国の御神子派と帝国内の原神子派であるファルツ辺境伯の間でバランスを取っている存在なのだという。


「どっちつかずで、局外中立の立場を保つ事が、メインツにとって利があると考えているのでしょうね。あなたとの接触は、王国との伝手を得られれば、中立を維持するためのカードを増やせると考えてのことだと思う。だから、私自身は直接かかわらない方が良いと思うわ」


 いくつかの選帝侯家と近しいオリヴィは、メインツ大司教からすれば敵対勢力のエージェントとして見られかねないので、彼女にとってはあまり良い影響を与えないだろうという判断だ。


「メインツは吸血鬼騒ぎもない割と平和な街だから、余計な情報を渡すのは良くないでしょう」


 吸血鬼の話が出れば、住民も領主である大司教も何らかの動きを始める事になりかねない。彼女たちの活動も影響を受けるだろうから、それは遠慮しておきたいと思うのである。


「オラン公の話を聞き出したがるでしょうね大司教は」

「……原神子派の君主ですものね。あまり良くは思われていないのでしょうか」


 ファルツ辺境伯の動きとは関係ないだろうが、原神子教徒の影響が帝国に波及しないかどうかは相当な関心事であると思われる。


「軍事行動に関しては『魔物狩りの為に呼ばれたので、詳細は分からない』と答えるのが無難でしょうね」

「時期的なものは、動員状況や参加する傭兵との契約内容が漏れれば分りますので、わかる範囲で伝えても問題ないと思います。メインツはその出兵に必要な兵站を担う商人たちの仕入れなどで影響を受けるでしょうから、大司教から市の商業ギルドなどに情報が伝わる方が公も助かるのではないでしょうか」


 ビルの助言に彼女も納得する。何も話さないわけにはいかないが、互いに利のある内容であれば、問題にならない範囲で伝える事はありなのだ。




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