第362話-1 彼女は再び帝国へと向かう

 修道女四人と姉をサボアに送り出した二日後、彼女たちは帝国へと再び向かう事になった。彼女の魔法袋の中には、かなりの量のポーションが収納されており、帝国やネデルで高価買取を目指す予定でもある。


 また、一定の数量は、オラン公に「王国からの支援」ということで手渡す事になっている。両手の指の数ほどだが。


 今回のメンバー六人のうち三人は完全に新規であり、彼女も前回は帝国の冒険者登録をしていなかったため、六人中帝国の冒険者として認められているのは二人、赤目銀髪と碧目金髪しかいない。


「この中で私が帝国の冒険者として最上位……つまりリーダー」

「よろしくねリーダー」

「頼んだよリーダー」

「……なんか違う……」


 頭をポフポフされて、ご機嫌斜めの赤目銀髪である。


「俺は王国でも帝国でも冒険者登録してねぇぞ」


 馭者台から振り向きざま狼人が彼女に向かって「いいのかよ」とばかりに問いかけてくる。


「帝国のギルドで依頼を受けるわけではないから、特に必要ないかもしれないのだけれど、オラン公の軍に参加する貴族や傭兵達が煩いと思うのよ」

「あー それはそうでしょうね。今回メンバーチェンジして、腕利き二人が来ませんから、今のままだと説得力がないかもですね」


 現時点で帝国冒険者ランクパーティー内二位の碧目金髪が同意する。メインツの冒険者ギルドで揉めた時は、蒼髪ペアが前に出たのであるから、今回不在なのは問題になるだろう。


「先生は登録していないんですか?」

「ええ。前回は商人の娘『アリサ』として護衛される役割だったから仕方がないのよ」


 二回目があると思っていなかった彼女としても計算外であった。


「登録すると星五……つまり伝説épique

「竜殺しですからね」

「護国の聖女でもあります先生は」

「……」

 

 オリヴィでさえ「めんどうだから」という理由で星四で止めているので、星五というのはまず考えられない。帝国内でそれなりに依頼をこなした上での等級でなければ本人とギルドはともかく、周囲の冒険者が納得しないだろう。


「星三が妥当でしょうね」

『……意外と謙虚だなお前……』


 しばらく考えた上で、彼女はそう答える。星二つで一人前、三つなら一流の冒険者として遇されるのだという。アンドレイーナが星三の冒険者であるということであるから、年齢的に彼女が星三でもおかしくはないだろう。


「実質的に、星三までが使われる評価で、その上は名誉職的な位置づけなのだと思われます」

「……そうなの……」


 茶目栗毛の帝国の冒険者の等級に対する分析に、赤目銀髪はつまらなそうに答える。王国では冒険者の評価と実績や経験を重視するために、等級は十二段階に別れている。その内、下の四段階は実質見習であり、上の二つは英雄クラスの冒険者となるので、それを除いた六段階の評価とみる事ができる。


 帝国は見習の星無しと、英雄クラスの星五・星四を除くと、三段階の評価となる。これは、王国が職業としての冒険者育成を重視しているのに対し、帝国は傭兵の受け皿として簡易に作られている側面がある。指名依頼迄受ける星三、護衛依頼を受ける星二、討伐依頼を受ける星一という大まかな役割分担と、失敗すれば降格になるのでどんどんランクを上げさせて仕事を与えていくという姿勢の違いだろうか。


「王国の冒険者等級は実績を積みあげた証明でもありますが、帝国の等級はあくまで仕事を与える目安であり、二度失敗した場合降格となり仕事を与えられなくするという線引きでしかありません」

「でも、その後また何度か依頼達成すれば昇格するんでしょう?」


 茶目栗毛の説明に、灰目藍髪が質問する。碧目金髪が気のない雰囲気で話に乗る。


「依頼の受け方によっては、上手に等級を維持できるね」

「その辺りの自分の能力と依頼内容を見極める能力を含めての等級と言えるのでしょうね」


 育成重視の王国、傭兵の失業対策である帝国では冒険者の役割りも位置づけも異なるのだ。帝国は領邦が多数ある為、人の行き来が多く育成するという発想になりにくい環境であるからとも言える。


「冒険者登録できればいいのだから、等級はあまり気にしないで行きましょう」


 と彼女は口にするが、「やはり私がリーダー」という赤目銀髪の呟きに全員が「それは無いから、それだけは無いから」と返していた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今回も聖都経由でメインツを目指す事にしている。ネデル周辺は治安が悪化しているわけではないが、王国からわざわざ騒乱の発生している場所を抜ける理由がないということもある。


『思い切りデンヌの森を抜けて行くっていうのもありだけどな』

「依頼が優先でしょう。今回は、物見遊山で行くわけではないのだから」


『魔剣』は一先ずどのような場所なのかを見るという提案をしたのだが、彼女は単独で南ネデルを通過する必要性を感じなかった。依頼を受けている以上、メインツで冒険者登録を行い、その後オラン公のいるディルブルクDillburgに向かうべきだろう。





 前回同様の旅程を経て、特に問題なくメインツに到着する。ギルドへ向かう前に、拠点である錬金工房に向かう事にする。


「中々いい所」

「そうだよね、お風呂もあるしベッドもいいしね」


 前回訪れている赤目銀髪と碧目金髪が期待を高めるようなことを言う。


「リリアルには敵いません」

「それはそうだけど、でも、なんかいいんだよね」


 灰目藍髪は仲の良い碧目金髪に反論するが、学院とは違う良さがあると碧目金髪は反論するのだ。


 下町にほど近い商業地域の外れに錬金工房は存在する。


「……扉、開いてるぞ……」

『罠に掛かったのかもな』


 狼人が扉が施錠されていないことを告げると、『魔剣』が呟く。彼女はそっと入口の先に大きく口を開いている床の穴の中を覗き込む。そこには、魔銀の槍に貫かれ穴の底でもがいている一体の魔物がいる。


『Geeee……ヤットキヤガッタカァ!!……』


 刺さっている槍に体を焼かれたかのように傷ついているそれは、恐らく吸血鬼なのだろうが、隷属種ではないかと思われる。


「こんにちは。あなたはどなたでしょうか」

『誰ダッテイイダロ!! ココカラ出セ!!』

「出せと言われてはいそうですかという馬鹿はいない。吸血鬼は諦めが肝心」

「だな。そもそも、こんな簡単な罠に掛かるようなら、どうもならねぇだろお前。早めに死んどけ」


 狼人からもつれない一言。吸血鬼としてはかなり格下の存在なのだろうか、あまり脅威を感じないのは全員が共通する感覚である。


「一先ず、手足を切り落として、魔銀ロープで縛り上げましょう」


 彼女は剣を構えると『飛燕』を発動させ、手足を斬りおとす。


『Gaaaaa!!! 許サネェ!! 俺様ノォ』

「黙れ!! 楽に消滅させられると思うな下賤な吸血鬼。だけど、良い手土産ができたというところかしらね」

『一先ず、ギルドで冒険者登録だな』


 穴の中で喚く吸血鬼を放置し、彼女たちは一先ず旅装を解いた上で、メインツの冒険者ギルドへ向かう事にした。


「俺は行かなくていいんだよな」


 狼人隊長はお留守番に。それぞれの部屋に別れ、風呂に入り旅の汚れを落してから出る事にする。王国に行っている間、オリヴィがこのアジトを使用した気配はないようだ。恐らく、ギルドに伝言が来ているのだろうと彼女は思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る