第359話-1 彼女は簡易城塞を築き殲滅する

 彼女はギルドに戻り、ワスティンの森の調査報告と、討伐結果を報告する。その上で、騎士団本部に宛て、ワスティンの森の調査を騎士団をあげて行うべきではないかと言う報告書を提出する事にした。


『おい、自己逃避している場合じゃねぇだろ』


 未だワスティンの森の中にいるメンバー。慣れたものである茶目栗毛と赤目銀髪はともかく、引き千切られたオークやトロルの死体に声も出ない状態で固まっている。


 オークの討伐証明部位は首なので、首を拾い麻袋に詰め魔法袋に収納する。トロルは彼女が討伐した一体は首だけ、二体目は胴体と首の両方を収納する。トロルの出現自体が過去なかった事例のはずであり、計画的なワスティンの森の捜索と討伐、可能であれば、運河の建設用地の経路に強固な駐屯地兼監視所を設けるべきだろう。


「死体はどうしましょう」

「……土魔術で穴をあけてみるわ」


 魔力ゴリ押しでどの程度穴が開けられるかわからないが、十二体のオークと一体丸々のトロルを焼くにも埋めるにも手間が掛かり過ぎるだろう。


「オークの武器も回収する」

「お願いするわ」


 赤目銀髪が回収し、その後、周囲の偵察に出て行く。オークの群れとしては大きからず小さからずだが、トロル二体を帯同しているにしては小さな群れであると思われる。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の牢獄を築け……『terracarcer


 彼女の足元に深さ2m、縦横2m程の穴が広がる。ここに死体を投げ込むのだ。





 死体を投げ込み、土を人力で覆いかぶせる。何故魔術で行わないかと言うと、魔力に余裕を持たせたいがためである。正直、魔力の消費量が桁違いである事から、この後の危険性を考え、彼女は魔力を温存しておきたい。


 赤目銀髪が走り寄って来る。


「オークの群れ。かなり多い」

「数は?」

「……四十から五十……」


 騎士の小隊を超える規模。まともに相手にするのはかなり危険だ。実質、戦力は三人に等しい。守りながら戦うのは無理だと彼女は判断する。


「馬で逃げられそうかしら?」

「二人乗りだと無理」

「それならば……」


 彼女はエンリ主従に森の出口まで急ぎ逃走するように命ずる。エンリは不満そうに、また、心配げに彼女に自分も残ると伝える。


「私も残ります」

「いえそれは無用です。二人を護る余裕も戦力もありません」

「……」


 彼女には考えがあった。但し、馬と戦力外の二人を守る事は率直に言えば負担以外の何者でもない。


「日が傾く時刻まで待って私たちの誰もが戻らなければ、騎士学校に駆けこんで、事情を説明し騎士団の出動を要請してください」


 彼女達五人で抑えられなければ、騎士団どころか近衛連隊迄投入する事になるだろう。近衛連隊の方陣で抑え込めれば、人間相手と変わらない討伐が可能だと思われる。また、マスケットの射撃も有効だろう。


「早く行く。戦力外は自覚する」

「……わ、わかった。出口で待機するよ……」


 赤目銀髪の有無を言わせぬ口調に、エンリは顔を硬直させ、悔しそうにに言葉を返すと、足早に馬に乗り去っていった。


「けど、後はどうする?」

「簡易城塞を築くわ。代官の村再びね」


 彼女は周囲の見晴らしのいい場所へと移動すると、地面に手を添え、『土』魔術を詠唱し始める。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の牢獄を築け……『terracarcer


「そして土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の土塁を築け……『土壁barbacane


 周囲を幅2m、深さ3mの壕が掘り下げられ、馬車程の大きさの地面の外側が掘り下げられ、その掘り下げた土を土塁へと成型していく。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の槍で敵に備えよ……『土槍terrahasta


 1m程の長さの槍状の逆茂木が地面から壕の外側全周に張り巡らされる。そして……


堅牢adamanteus


 土塁と逆茂木が硬化する。コンクリートのような強度を一瞬で得た事で、この小さな要塞はミアンの城壁のように形成されていく。


「……疲れたわ……」

『久しぶりに魔力回復のポーション飲んで落ち着け』


 滅多に魔力が不足する事のなくなった彼女にとって、土の精霊を行使する『土』魔術を加護無しに発動させる荒業を行った結果、魔力が足らない状態を久方ぶりに感じていた。


「……小さな要塞」

「これなら、安全に狙撃できます!」

「けど、逃げるところもないわよね」

「大丈夫。この程度の状況を、我々リリアルが切り抜けられないわけありません」


 弱気の声を茶目栗毛の一言が断ち切る。五人もいれば、その十倍のオークに立ち向かうくらい、なんという事もないというのがベテランの感覚なのである。


「銃が四丁もある。楽勝」

「良い動く的に当てる練習になります」

「そ、そうだよねぇ。私も知ってた!!」


 魔装槍銃三丁に、いつもの魔装銃一丁。弾丸は並の弾丸でも近づけば問題ないし、数が多ければ多少逸れてもどれかに命中するだろう。それに……


「それぞれ厳しそうなら声を掛けなさい。斬り込んで追い散らすわ」

「「「……」」」


 三人は無言になるが、赤目銀髪だけは口に出す。


「それは先生が斬りたいだけ」

「……オウル・パイクの使いでをも少し確認したいのよ」


 対人戦では『断ち斬る』装備は微妙であるのだが、全魔銀製や、芯金に聖鉄を外側に魔銀を用いた鍛造のオウルパイクで、魔力を沢山通せれば、大型の魔物や魔物の群れに有効なのではないかと考えていた。


『魔力余裕ないんだから無理すんな』

「ええ。勿論、特等席で見学させてもらうつもり。でも、いざとなれば、斬り込むと言うだけよ」


『魔剣』も彼女が斬り込みたいだけだよなとしっかり感じていた。


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