第340話-2 彼女は人狼をオラン公に見せる

 錬金工房であった借家に一行は足を運んでいた。既に椅子とテーブル、内装の補修は終わっているので、特に来客が来る事であわてるような事は起こっていない。


「ほう、いい建物だな」

「ええ。気に入っておりますの。申し訳ないのだけれど、地下室にしまってある例の樽を運び出してもらえるかしら」


 青目蒼髪と歩人が地下室へと向かっていく。


「樽? 樽がどうしたというのだ」

「樽の中に、ご納得いただけるものが入っておりますの。百聞は一見に如かずと申しますでしょう」


 彼女は微笑み、他の三人の女の子はケラケラと笑っている。不審に思うオラン公一行だが、その樽の中身が何なのかに関心が集中する。




 青目蒼髪が担ぎ上げた樽をテーブルの前の床へと下ろす。樽の中から、異音が聞こえるが、樽の横をけ飛ばすと静かになる。


 蓋を開け、中身を確認するように促すと、オラン公以外の二人がへたりとその場で座り込む。オラン公は必死に平静を保とうとしているのだが、目が見開かれ、呼吸も荒くなっている。


「こ、これは、一応何か聞いても良いだろうか」

「メインツの傍で捕えた人狼です。元は、狩狼官の役職についていたようです」

『GuGuuuu……コロシテクレ……』


 小声で呻く人狼を見て、一層顔の険が深くなるオラン公ヴィルム。手足を斬り落とされ、その体には幾つもの消えぬ傷あとがある。


「これは、討伐証明としてギルドに提出しないのか?」

「ギルドが既得権益の支配下にあるのにでしょうか。これはこれで、使い道がありますのよ。存在をもみ消されたら困ります。お判りでしょう?」


 ファルツ辺境伯は原神子派の先鋒である。人狼の飼い主が辺境伯であるとするならば、帝国・神国の両方に吸血鬼や人狼が入り込んでいると考えることができる。


「帝国の助力は得られないという事か」

「形の上では分かりませんが、あなた方を支援することは、それこそ、何の得があるのだろう……でしょうね」


 商人同盟ギルドとネデルの諸都市は今となっては競争相手と成りつつある。都市同士の繋がりから言えば、特権都市同士の互恵関係でしかない商人同盟ギルドよりも、加工と製品化に集中するネデル諸都市の連携の方が余程力を持っている。


 領邦国家の力が強化される中、商人同盟ギルドの存在は帝国内で徐々に影響力を低下させているのが実体だと言えるだろう。帝国のもう一つの主体としての商人同盟ギルドからすれば、ネデルの混乱はビジネスチャンスでもある。


「こんなものが戦場で暴れたら、それこそ傭兵等霧散するな」

「おそらく、追撃迄受けて皆殺しになるでしょう。生かして情報を漏らされても困りますから」


 甲冑を身に着けてしまえば、かなり外見は分かりにくくなるので、間近で見た者以外は分からないかもしれないし、見た者は殺されることになるだろう。


「これが吸血鬼のいる証拠か。吸血鬼ではないではないか!!」


 弟君が復活し、強い口調で彼女を責め立てる。


「なら、王都のリリアルまで見に来ればいい」

「そうそう。これと同じ手足のない吸血鬼をリリアルでは三匹捕獲してあるからね。見に来る?」

「ああ、あの糞ったれの傭兵擬きだろ。自分の傭兵団全員グールにしてよ。てめぇはそのお陰で吸血鬼様になって威張ってたな」

「私たちに瞬殺された可哀そうな奴」

「あー 射的場の的ってそういう奴なんですね。今度から容赦なくぶっ放します」


 どうやら、碧目金髪は少々良心の呵責を感じていたようだが、これでその気も失せたようだ。心おきなく撃ち込んで欲しい。


「三体?」

「ええ、恐らくは神国がネデルからデンヌの森経由で『聖都』に送り込んだ工作員とその被害者である元王国人ですね。王国の冒険者が吸血鬼化していたり、村ごと喰死鬼と化していたこともありましたから」

「全員私たちで討伐した。お母さんと子供のグールとか」

「ひでぇことしやがるよな。親に子供を喰わせるとかよ!」


 何を基準に異端だなんだと騒いでいるのかしらないが、親が子を殺すような行為を強要することは、果たして御神子の考えとして以前に人の心のない者たちの行いだと言えるだろう。


 人の心を失って迄異端狩りを行う者たちが、正しいとは思えない。少なくとも、教会や修道院を破壊しなければ、原神子信徒も責めるべきではないと思う。但し、考えを他人に強要しなければである。


「気になるなら、見に来ますか。私たちも、一旦王都に戻る機会がありますので」

「……そうか。この話、一旦持ち帰っても構わないか? 勿論、蒸留酒やワイン、トワレも購入する希望はある。それに、王国との関係も、私一人では結論を出すことはできない」

「構いませんが、直接会える方だけに相談をお願いします」

「勿論、兄弟だけだ」


 彼女は了承し、近いうちに返事をもらう約束をし、オラン公ヴィレム一行と別れる事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 オラン公ヴィレムは国王陛下と同世代の君主であり、どちらかというと王太子に似た軽妙ながら腹を探らせない人物のように思えた。とは言え、代を重ねたネデルの貴族というわけではなく、元々は帝国貴族の子息であり、そこまでネデルに対する思い入れがあるのかと言うと少々怪しく思う。


『吸血鬼狩りで戦争に参加かよ』

「ええ、目的は手段を正当化するというじゃない」


 彼女はオラン公軍に参戦するつもりではなく、酒保商人的活動の中で、冒険者として吸血鬼がいた場合、討伐するという役割を担うつもりである。どのみち、ネデルで活躍しても何の価値もないのだから当然だろう。


 彼女は教会や修道院は人の拠り所として存在すべきだと思うし、事実、異民族の襲撃で民を守り抜いたのは教会や司教・司祭であった時代もある。帝国ではそれが、いつの間にやら皇帝の官僚として領主化していった。王国でもそれは似た状況であったのだが、修道騎士団の異端としての処理を行う過程で消え去り、更に、国内は百年戦争を通じて王家を中心としたまとまりを得ることになった。


 都市にはそれなりに原神子信徒はいるものの、宗派の争いを王国は認めず、教会も信徒も立場を各々尊重することにしている。


ということで、公の場で宗派の話をすること自体を禁じている場合もある。違反すれば相応の罰金か払えない者は懲役となる。故に、金に煩い原神子教徒は宗派に関して財産没収になり兼ねない攻撃的な主張を公の場で行わないのである。


「狼、どうします?」

「王国に帰るまでは地下で保管でお願いするわ」

『イヤダ、王国イヤダ……』


 樽に蓋をされ、再び地下室の穴の中に戻される人狼。今度何かあったなら、普通の武器ではみるみるうちに再生する姿も見せてみようと彼女は考えているのだった。



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