第339話-2 彼女はディルブルクに事を伝える


 黄金の蛙亭とアジトの往復。街の家具屋や雑貨屋を巡り、アジトでの生活用品を揃える日々が続いた。冒険者ギルドに顔を出し、街近の依頼を受けるメンバーもいたが、泊まりの仕事は入れずに待つことにしていた。

 そして数日後、彼女の部屋に宿の支配人が来客を告げに来た。


「アリサ様にお会いになりたい方が訪れております。お約束ではないようですが、貴人の遣いとの事で、お話だけでも聞いていただけませんでしょうか」

「構いません。食堂の一角をお借りできますでしょうか」

「勿論でございます。ありがとうございます」


 支配人は丁寧にお辞儀をすると、部屋を出て行く。


『オラン公の遣いだろうな』


 名前を出さないが、恐らくはそうなのであろうと彼女は考える。


「兎に角、お会いしてみましょう。セバス、行きましょう」


 残念ながら、今黄金の蛙亭にいるのは歩人と彼女だけである。心許ないが、いきなり荒事になる事もないだろうと彼女は考えていた。





 食堂の奥まった場所で、既に一人の中年の男性と、二人の若い騎士らしき同行者が座っていた。三人は立ち上がると、自己紹介を始める。


「こんにちはお嬢さん。遣いを貰ったので参上しました。王国の百合がみられると聞いてきましたが、あなたでよろしいのでしょうか」

「先日、人を介して蒸留酒を献上した商会の娘ですわ。ルリリア商会のアリサと申します」


 中年の男は笑顔を浮かべ頷いているが、目が笑っていない。勿論、従者二人は観察する鋭い目を彼女に向けている。


「私どもとしては、お困りの方がいらっしゃれば、手を差し伸べようかと考えておりますのよ」

「はは、確かに、美味い酒には困っている。済まない、立ったままでは話もできないから、座ってもらってもいいかな」

「ええ。セバス」


 歩人が椅子を引き、彼女は席に着く。歩人は背後に立ち、執事然としている。


「良い酒と、良いトワレを頂いたお礼を言いたくてね。これは、先日までトラスブルへ留学していた末の弟でね。歳は……幾つだったっけ」

「先日十七歳になりました兄上」

「……だそうだ。息子みたいな年齢の弟だが、間に十人も兄弟がいるからな。まあ、貴族ってのは子供を沢山作って縁を結ぶものだからな」

「そうですわね。それに、自分の代理として戦場に送り出すにも男兄弟は欠かせませんものね」


 二人はそれぞれの思うところを含めた言葉を紡いでいく。


「さて、わざわざ王国からこんなところまで特上の蒸留酒を売りに来られたのは、どんな思惑なのか、聞いてもいいか」

「必要な方に必要なものをお売りするのが商人ですもの。例えば、神国は常に戦争をなさっておられますから、コロニアやメインツでその酒保商人と知り合えれば、そこに商品を流す……という事も考えておりますわ」


 元々、神国軍・帝国軍の兵站に潜り込み、吸血鬼の存在を捕捉し討伐するつもりであったが、いまはどちらの線でも構わない。戦場で吸血鬼討伐を行うのも良し、人知れず神国軍の酒保に入り込んで討伐するも良しだ。


 ただ、神国がネデル関連で王国にちょっかいを出す気なのであれば、軍ごとダメージを与える方が効率が良いとも彼女は考えている。


「それで、まだお名前を伺っておりません。失礼ながら、どちら様でしょうか」


 彼女は確信していた。十七歳の弟を持つのは、オラン公本人の兄弟。オラン公と次兄のナッツ伯は二歳差だから、どちらかだろうと。


「そうだな。では、そちらが本当の身分を名乗るのであれば……」

「本当の身分ですわ閣下。母が商会頭を務めておりますし、私は子爵家の次女ですから。ですが、こういう地位も賜っております。王国副元帥リリアル男爵」


 弟君は「え、この少女が」と思わず口に出てしまっている。もう片方の従者がフォローをする。


「エンリ殿、リリアル男爵は妖精騎士と呼ばれる少女だと聞いたことは無いのか?」


 そして、当の本人は小声で、「オラン公ヴィルムだ」と自らの名を名乗った。




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