第337話-2 彼女は食器と剣を買い求める
武具屋の品揃えも微妙で、値段も新しいものは割高を越えてぼったくりのような値付けであり、反面、中古の武具の類は溢れるほどであった。ここまで逃げてきて、金に困り処分したネデルの原神子信徒の物だろうかと彼女は推測した。
これも彼女は剣を中心にできる限り買い上げる事にする。食器類のようにはいかないだろうが、これも補修し、オラン公軍に提供することで関係性を多少はよくできるのではないかという打算でもある。
「流石に三本銀貨一枚はないな」
「それはもう、武具ではないでしょう」
店頭の樽に乱雑に放り込まれている剣の値段は一本銀貨二枚。買取はその半分程度だという。使い込まれているわけではないのだが、数が多いので、嫌なら買い取らないぞ価格であろうか。
その多くは片手片刃剣で所謂、ハンター・ソードやワルーン・ソードというような歩兵用の剣がほとんどを占める。つまり、帝国に多い傭兵が好む剣ではなく、ネデルの物だと推測される。
「剣が無きゃ戦えねぇだろう?」
「その前に、食いつながなきゃ戦えないということよ」
「……それはそうか……でございます、お嬢様」
歩人も、故郷を逃げ出し流浪して食い詰めていた時代を思い出ししんみりとする。誰よりもその気持ちが理解できるのではなかろうか。
乞食同然の姿で偽装山賊の砦に収監されていたのだから、それよりもネデルの亡命者はマシな生活をしていると思うが。
「この辺りも買い占めて、補修の練習材料にしましょう」
『素直じゃねぇな。だが、いい手土産にはなる』
彼女と歩人はコロニアの街を歩き回り、ネデルの剣と思われるものを二束三文で買い集めて行った。
翌日の昼過ぎ、護衛の仕事を終えた『リ・アトリエ』のメンバーが宿に現れた。予想より少し早い気もするが、順調であったのだろう。
「お疲れさまでした」
「護衛の仕事、ケチ臭い」
赤目銀髪が汚れた髪を嫌そうに触りながら呟く。どうやら、商人の護衛は宿泊などのコストを削減する為に、街には留まらず野営を続けたのだという。その分、夜の見張も必要であり、あまり気分の良い仕事ではなかったらしい。
「相手が臨時雇いって事もあるんだと思います」
碧目金髪は若い女の子三人も入っている冒険者なので、甘く見られたのだろうという。
「まあ、最後に山賊をバッサリやってからは大人しくなったけどね」
「一応殺してません。まあ、もう二度と山賊は出来ないでしょうけれど」
前衛二人と赤目銀髪が手足の一本もダメージを与えたようで、トリエルの山賊同様、そのまま縛り上げコロニアで裁判を受けさせることになる。勿論、鉱山奴隷になって、その売却代金が報奨金に当てられることになる。
「護衛が面倒だけど、割のいい仕事」
「山賊ホイホイって感じですね。まあ、見た目こんなですから、油断もするのだと思います」
星三パーティーで飛び道具有の全員魔術師と誰も思わないだろう。見た目はまるで駆け出し冒険者だから。
「見た目が十割」
「そこは、見た目だけで判断しないって事でしょうね」
リリアルの魔装も独特だが、駆け出し冒険者の真新しい革鎧なのが、いい感じに雰囲気を醸し出している。皆三年は冒険者しているのだが。
「今日はこの宿に泊まれそうですか?」
「セバス、二部屋とれるかどうか確認してもらえるかしら」
便の悪い場所にある為か、常に騒がしい感じもしない。宿と食堂が一体の『冒険者の宿』風ではない事もあって、お客は商人やそれなりの身分の者が多いようだ。
戻って来た歩人が「護衛の部屋のある間取りに変えることができる」と宿から提案されたことを告げる。
「では、セバスとアンディは護衛部屋に。この部屋は三人で使うと良いわ」
「……げっ!!」
「先生と同室とか、緊張して寝られません」
「はは、護衛だから寝なくてもいいわよ。明日は馬車で寝なさい」
ということで、男二人は護衛として彼女の部屋の中にある使用人部屋に配されることになった。
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彼女は、オリヴィと体験した別行動をとってからの話を掻い摘んでする。
「コボルド・パリィ楽しそう」
「へぇ、コボルドも魔物から精霊に近くなるのもいるんだ」
「話ができる魔物って面白いですね。あ、吸血鬼とかいるか」
「キングとワン太どっちが強い」
「「「それだ!!」」」
狼人をその内帝国遠征に参加させて、キング・ヴォルフと対戦させることが確定した。確定したのだろうか。
「帝国にも土夫の鍛冶師いるんだな。どこにでもいるのか?」
「鍛冶師と言えば土夫。だが、コロニアにはいない」
「自分が納得いかないと作らないとか。客商売のこの街には合わないよね」
「棲み分けでしょうか。間違って土夫の工房に貴族が注文するとか、笑えないかもしれませんね」
彼女は、メインツの錬金工房をトラップハウス化することを話す。
「オリヴィさん、ありがとうございます!」
「落ちないようにしなさいね、あんた特に危ないわよ」
「常に魔力壁を足元に展開しておけば問題ない」
「それ、私できません。用心しますね」
数日離れていただけだが、このワイワイ感が懐かしい。コボルドたちもこんな感じで話をしていたなと思い至る。
『お前は聞き役でいいだろ』
『そこは、我々がいるので問題ないではないでしょうか主』
『魔剣』と『猫』とはそんな関係かも知れないと彼女は思う。それはそれでいいかと。
そして、吸血鬼討伐の話に進む。ネデルの中で行われている異端審問と処刑。そして、叛乱がおこりその鎮圧に神国兵を含め傭兵が多数雇われていること。サラセン相手に戦ってきた、ベテラン兵も少なくない。
「吸血鬼が混ざっている可能性を考えているわ」
「処刑や拷問で、貴族や魔力持ちの兵隊殺し放題」
「確か、先生が異端審問官だか裁判所長官の魔物を退治しましたよね。ミアンでの事件の前に。やっぱり、関係あるのでしょうか」
「ネデルにいるとしても、私たちがどうこうできる相手ではありませんが、どうするつもりですか?」
「冒険者からの傭兵!!」
「それはないでしょ。嫌よ、あのムサイおっさんと行動するのは。野営野営、さらに野営。偶に略奪でしょ?」
彼女は、メインツの目と鼻の先にある『ナッツ伯領』がネデルの貴族の親族であり、『オラン公』がそこに滞在しているのではないかという推測を話す。
「メインツに戻って、拠点を整備しながら面会待ちをしようかと思うの」
「良いと思います。なんなら、その領主がいる街に遠征してもいいですし」
「メイヤー商会経由が無難じゃねぇか。いきなり行って会えるのは王国の中だけだろ?」
「普通にメイヤー経由で蒸留酒とトワレの販売を持ち掛ければいいのではありませんか。怪我人も病人もいるでしょうから、確実に商談に応じると思います」
「だが、金がない。多分」
その辺は、借用書でも抵当でも取れば良いだろう。少なくとも、彼女には債権を回収するだけの武力がある。踏倒される危険は少ないだろう。
「先物買いだね」
「恩を売り、王国の味方に付ける」
「けどよ、ネデルと言えば連合王国の羊毛を買って毛織物を作る場所だろ?王国とは敵対関係じゃねぇの」
少し調べてみなければ確証を得ることはできないが、連合王国の女王に対して神国はネデルとの貿易を停止するように命じているという。神国と敵対する事が出来ない連合王国は羊毛の輸出を停止したようなのだ。
「恩を売るなら今のうちかもしれないわね」
「会って話をしてから」
「その前に、会えるようにしないとね。何か良い提案があるのでしょうか。気を引けるような」
彼女は、回収したネデルの中古剣を聖別した鉄で補修し、無償で提供する事と、オラン公が手放した食器のセットを「落とし物を届けに来た」という態で渡し、関係を持とうと考えていることを話す。
落とし物を届けるのは当たり前であるし、それで対価を要求するのは親切とは言えない。対価を要求するのは商売である。それに、金が欲しいのではなく、合法的に神国に加担する吸血鬼たちを討伐する事がしたいだけなのである。
「落とし物を届けに来た人間に、直接お礼を言わないほど、ネデルの貴族が礼儀知らずでなければいいのだけれど」
恐らく、彼女との出会いをオラン公は喜ぶだろうと皆は確信していた。
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