第334話-1 彼女はエッセに向かう

 コロニアまでの荷馬車隊の護衛。日数は四日間で野営ありであるという。リ・アトリエは自前の馬車を出すという事で、容易に護衛の依頼を受ける事ができた。


 こういう場合、食事や野営の準備は自前であり、徒歩で随伴する冒険者よりも、パーティーの共用馬車を持ち込む冒険者の方が先方も安心して依頼をするのである。面倒を見ない分、護衛料を割高にしても、食い詰めの冒険者でない安心感を買うと言えるだろう。


 馬車持ちの冒険者はそのまま高位冒険者の実力を意味しているからだ。





 メインツで別れ、彼女は『猫』と共に、オリヴィ達と川を下る事にする。


「どうかしら、私のマイ・シップは」

「……とても普通ですね」

「まあ、そうですね。特に豪華でも何でもありませんから」

「それはそうでしょう? 目立つのは良くないもの」


 川を下る際、関所がかなりあるのがメイン川の特徴だが、小さな川舟に関しては、商売的な物ではないと判断され、お目こぼしになる事が多い。乗っているのが星四冒険者であれば、顔パスでもある。


「動かないでいいのがいいわよね」

「昼寝でもしますか。本当は、夜出て朝つくのが面倒がないのですが」


 川舟で雑魚寝は避けたい彼女である。今日は先にエッセに向かい、先にスピアの固定具やトラップの注文を済ませる事にしている。


「エッセは泊まれるところが無いからねぇ」

「最悪、隠し鉱山で野営ですね」

「たまにはいいじゃない? 鹿とか猪狩って、焼き肉しましょうか」

「……え……」


 オリヴィとビルはどうやら、隠し鉱山の灰色乙女団のコボルド達と夜は過ごすつもりになりつつあるようである。勿論、彼女は狼皮のテントを持ち歩いているので、問題ないと言えば問題は無い。オリヴィと二人なら十分なスペースがあると言えるだろう。ビルは……ご遠慮願いたいと彼女は考えていた。


 川を下りながら、メインツの対岸に見える様々な街を眺める。


「あのあたりはメインツの領地ではないんですよね」

「そうね。ナッツ伯という帝国貴族の領地ね。皇帝の臣下で、今の伯爵の兄貴はオラン公なのよね」


 聞き覚えのある名前だ。


「オラン公は、ネデルの君主でしたよね」

「今は帝国の臣下から離れて、実家に逼塞中みたいね。ネデルで帝国とネデルの都市貴族が対立しているのよ。命の危険もあるみたい」


 原神子と御神子原理主義の神国の対立は、周囲へも影響を与えている。


 例えば、聖都での吸血鬼騒動は、デンヌの森を背後にしている司教領から現れたのだが、その実、川を挟んで向かい側は神国の南ネデル領でもある。当時は、ネデルの神国軍が南ネデルで原神子教徒と戦っていた。


 その後の、ミアンでのアンデットの襲撃も、ネデルで原神子派の蜂起が発生しており、商業的な繋がりもあり、襲撃以前において原神子教徒も多いミアンはランドル・ネデルに呼応する不穏な空気であったことも否定できない。


「オラン公と共通する敵の中に、吸血鬼が潜んでいるとすれば、閣下と手を結ぶことも選択肢としてあり得るでしょうか」


 オリヴィは難しそうな顔をする。


「ネデルは原神子の勢力が強いわね。特に北側の海に面している地域の都市では圧倒的。そして、ファルツ伯も原神子支持だとすると、吸血鬼たちは一体どちらにいるのかと考えるわね」

『そんなもん、両方に決まってるだろ』


 戦争をするには相手がいる。そして、相手が強ければ戦争が長引く。攻守が常に逆転する状況であれば、其々に吸血鬼が参加している方が、効率が良いというものだ。


 とは言え、虐殺が行われているのはネデルの住人側で、行っているのは神国軍を主力とする総督の側であるという事を考えると、ネデルにおいて、吸血鬼は神国側に参加しているのだろう。


「オラン公はそれを知っているかどうかです」

「知らないんじゃない? 吸血鬼の存在を真面目に考えているわけないでしょう。原神子教徒は聖典に乗っていない事は事実ではないという考え方よ。思考停止しているのは、御神子原理主義の神国と大差ない。それで困るのは、戦場になっているネデルの住人達じゃない」


 オリヴィはオラン公の思考を一蹴する。どちらでもいいし、それはどうでもいい。少なくとも、オリヴィにとってはそいう対象なのだ。


「まあ、頭は良いみたいだし、立場を一度替えた人間だから、理解する力はあるとは思うよ。その上で、どうやって協力者になるかって考えると難しいでしょう、あなたの場合」


 連合王国とは敵対している、その友邦であるネデルとうまくやれるかというと難しい気もする。だが、王国やネデルから戦乱を逃れて連合王国に移動し、そこで、織物産業を始めている商人も多くなっていると聞く。


 これから先、ネデルと連合王国が敵対するのであれば、王国はネデルと友邦になる可能性もある。今回の事で、貸しが作れれば悪い事にはならないだろう。


 王国は、御神子も原神子も両方尊重する体制を維持している。教会からは原神子を押さえるように要望を出されているが、そうなれば、都市の商人や職人が大挙して王国を去るのは目に見えている。


 教会は、国を運営しているわけでもないし、民の生活を考えているわけでもない。神の物は神に、国王の物は国王にである。アンデッドが王国内で騒乱を起こしている中、主導的に討伐を行ったのは王国・リリアルであり、教会ではない。既に、王国内の主導権争いは決着が付いている。


「会えるなら、会って話をしてみましょう。それに、吸血鬼がネデルに駐留している神国軍に紛れ込んでいるなら、戦場で真っ先に現れたり、街を襲撃したりするでしょうから。情報をオラン公から頂くのが面倒が無くていいと思うのだけれど」


 それはそうだろう。吸血鬼単体ではなく、軍として活動している中に紛れ込んでいるとすれば、その軍の行動する先に赴き、先頭を切って暴れる吸血鬼どもを討伐すればお互いに利のある関係が築けるだろう。


「オラン公と会うのは、私のコネを使えば何とかなると思うわ」

「そうしていただけると、助かりますオリヴィ」

「ふふ、さて、私もそこに混ぜて貰って、精々、吸血鬼討伐に勤しもうかしらね」


 川を下りながら、次の段階が見えてきた彼女は、少し気が楽になったような気がしたのである。



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