第328話-1 彼女は捕えた『人狼』を尋問する

 リ・アトリエメンバーがグールと装備品の回収を行っている間、彼女は『魔剣』と王国と敵対する存在について今少し考察する事にした。



 帝国に入り彼女たちが理解できたこと。ネデルは先代皇帝までは皇帝領であったが今は、神国国王の飛び地の領地であるという事である。


 先代皇帝の時代、皇帝は元々ネデル領で生まれ育ったため、神国の考え方とは相容れなかった。息子は神国の宮廷で育てられたため、教皇と教会の考えを否定する原神子教徒、中でも自身の領地であるネデル領での活動を厳しい目で見ていた。


 現在において神国国王は帝国皇帝を兼ねていたのだが、流石に統治する事が難しくなり、帝国皇帝は『東方領家』が務めることになった。先代皇帝の弟がそれを継いでいる。『神国王家』とは別の家なのだ。


 皇帝の息子は神国を始めとする複数の王を兼ねており、皇太子時代は先代の女王の共同統治者として連合王国国王の称号を得ているほか、ミラン大公にネデル統治者といった王国をグルリと囲む領地を有している。


 先代の女王は敬虔な御神子教徒であって、今の神国国王を心から敬愛し夫として慕っていた。今の女王は原神子教徒である。独身の呪い。


 神国王は教皇側に付き、原神子教徒と教皇の和議に対して否定的な活動を進めている。連合王国、ネデル領と対立し戦争を始めているのは、双方が原神子派であり、国王の財布を切り離そうとしているから……ということもある。


 対する元東方領大公である叔父は原神子教徒であり、彼らを支援している。その総代官であるファルツ辺境伯も、皇帝の意を受け活動していると

考えておかしくないだろう。


「東方領はサラセンとの戦争も経験しているし、何よりその手の魔物との接点を持ちやすい場所柄ではないかしら」

『あの「伯爵」様とその戦士長もそっちの出身だもんな。引き入れたのか取り込まれたのかは知らんが、東から皇帝の臣下経由でメイン流域に現れた。その一部が、王国にも手を出してきたって事だろうか』


 彼女の中でふと思ったことがある。現在の王国は教皇・神国側でも、連合王国・皇帝側でもなく中立の立場にある。


「ネデルの問題に干渉させないように送り込まれたアンデッドではなく、王国の王権に対して棄損させる目的で送り込まれた工作だとしたら?」

『辻褄合うかもな。原神子系の王族が現在の王と入れ替わる為に動いているのかもしれない』

「……いないわよね……」

『ギュイエ公家は原神子派だぞ。あそこは、連合王国と付き合いのある商人・貴族が多いから、影響を受けているのが多い。名目的には原神子派に属すると言わざるを得ない』


 カトリナの性格を思うと、確かにエキセントリックな空気が原神子っぽい気がしてきた。


「相手を否定すれば、自分も否定されるのにね」

『自分が正しくて相手は間違っているという考え方は、気持ちがいいからな。とは言え、信仰ではなく敵対するものと反対の宗派に属するというだけの話だ』


 ファルツ辺境伯は、メイン川流域の経済的支配権を取りたいが、メインツもコロニアもトリエルも大司教座とその大司教領を確保しており、これ以上影響力を浸透できない。コロニアは商工業者の力が強く、原神子派も伸長しているが、メインツとトリエルは原神子教会自体の設置を禁じている。


 この二つの大司教領は強硬手段で、コロニアは市議会など内部から味方に引き入れるという事なのだろう。


「……この話、犬には難しかったかしら」

『……解るぞその程度』


 戻って来たメンバーにナイフを何本か突き刺され、大声で叫んだワン太二号は既に心が折れているようで、彼女の推理にただ同意するだけである。


「このグール、狩狼官の従僕じゃない?」

「……見覚えのある顔……」

「仕事早いな……元々グールだったのかあいつら」


 昨日手傷を負わせて放置した従僕たちが、グールとなってこの場所で討伐されていることに彼彼女は気が付いた。


「その辺り、どうなっているのか、教えて頂戴」

『か、回収されたんだと思う。そ、それで始末されたんだと思う』

「失敗するとグール。嫌な組織」


 もしこれが、傭兵崩れの冒険者迄関わっているとすると、話はかなり根が深い。勿論、末端の職員たちの問題ではない。


 商人同盟ギルドは原神子派に影響を受ける組織である。商人や職人は教会からの影響を受けたくないが為に帝国内で多くの都市を作って来た。皇帝から特権を得るということは、帝国内では皇帝の官僚として活動してきた教会組織の影響を受けたくないということになる。


 元々反教会的存在が都市であるところに、原神子派の教えが理論武装として加われば、現在の教会の権力を否定する事こそが正しい行いであるという結論に達する。


「という結論ありきで、何でもありになっているのでしょうね」

『あれだ、聖征と同じだな。異教徒には何をしても構わねぇって発想だ』


 故に、冒険者ギルドに所属する元傭兵等を護衛目的であちらこちらに任意に移動させ、そこでグール化して戦力にするなんて言うのは、何ら痛痒を感じないだろう。


『魔物討伐より護衛。割も良いし、楽だから傭兵共も集まる』

「魔物討伐は後回しだから、その周辺の街や村が被害にあっても構わない。領主である大司教が悪い」


 そこで、ある結論に彼女は達する。


「聖都周辺で事件が起こった理由も、王都が襲われた理由も分かったわ」

「……急にどうしたんですか先生」


 赤目蒼髪が彼女が突然話し始めたことに驚く。それは置いておくのだが……


「『聖都』も『王都』も大切な御神子の施設があるでしょう? 教会の存在を否定する人間からすれば、『教会があるから魔物が現れる』と思わせることができれば、教会が無い方が良いという考えを提示することができるのではないかしら」


 神の力で守られるべき大聖堂とそれを有する『王都』『聖都』で魔物が事件を起こすのは、そこにある教会を中心とする信仰が間違っているからと言い放つことができる。と考えたのではないかという推論だ。


「あー でも失敗しちゃいましたね」

「王都にも聖都にも『聖女』が現れた」

「私たちで討伐しちゃいましたもんね実際」


 リリアルの存在の効果もあり、その目論見は上手くいっていない。そして、うっかり修道女の格好をして対応した彼女は『聖女』として祀り上げられ、いつの間にやら『聖なる加護』を得てしまっている。


 王家が唯一存在する王国と、神国国王と皇帝の二つが存在する帝国においては状況が大いに異なる。


 恐らく、教会側につく領主と、原神子派につく領主も徐々にはっきりしてくるだろう。そうなれば、何かを切っ掛けにして大規模な内乱が発生する。外国からの侵略ではない故に、いつまでも続く戦いとなるのだろう。


「叔父と甥に別れてそれぞれを担ぎあげて争っているわけね」

『叔父の方は神国生まれの神国育ちだったけど、東方領にすっかり骨を埋める気で今までやってきて満を持して兄貴から皇帝の座を譲られたわけだ。そんで、自分が死んだ時には甥の神国国王に皇帝を譲り、交互に二つの家で継いでいく話を……』

「踏みつぶした。今は、皇帝の息子三人が皇帝と公爵位をもって帝国東方のサラセンとの境界を守っているわけね」


 先々代と先代の皇帝兄弟は別々に育ったとはいえ仲の良い兄弟であった。今の皇帝は東方領育ちで、神国国王とは相容れない関係になっている。


 現在、皇帝は表面上教皇側に留まっているが、父である前皇帝が原神子派に宗旨替えした場合、廃嫡すると脅したためとどまっているに過ぎないという。また、皇帝軍の掌握が不十分であり、サラセンとの対立にも強く出る事が出来ずにいるそうだ。


『おかげで、総代官が代わりに策謀しているんだろうな』

「皇帝軍が動けないのであれば、裏の皇帝軍を使うって事でしょうね」


 帝国南部の小領主は皇帝軍の中核をなしている帝国騎士達が多い。反乱を起こさせて都市を襲撃していたが、原神子派に転ずるとなれば、教皇に従う御神子教徒の多い都市をターゲットにするのだろう。但し、それでは襲う名分が立たない。


「魔物に襲撃されたのであれば仕方がない……とでも言うのかしらね」

「とっても、迷惑です。犬臭いし」

「もう一本、行っとく?」


 聖別されたナイフを肩に突き刺す。絶叫する人狼。ハリネズミのように短剣が刺さっているが、特に死ぬような感じもしない。流石上位の魔物である。


『も、もう、いっそ、殺してくれぇぇ……』

「駄目だろ? オリヴィさんにも聞きたいことがあるだろうし。俺ら、吸血鬼とか殺さないから。安心してくれ!!」


 一瞬、助かるかも知れないと心の緊張が緩むのが見て取れる人狼。だがしかし。


「そう。長く甚振る……協力してもらう事になる」

「新しい的が欲しかったんです。帝国に来て良かったですよねホント」

「あー 『的』って言っちゃった。吸血鬼より再生能力と耐久性は上なんじゃない?

いい研究材料だね」


 というわけで、目が死んでも自分は生きて行かねばならない人狼。まだ、オリヴィの尋問があるので、刺したナイフは回収する事になった。



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