第325話-1 彼女は『狩狼官』と対立する
馬上の男は「アドルフ」と名乗った。ありがちな帝国名である。
「私が狩狼官なのです」
「それは、こちらが危険でしたので先に討伐させていただきました」
「では、狼はこちらで」
預からせてもらうという前に彼女は強く否定する。
「狩狼官という役職は狼を討伐してその代わり周囲の民に課税する権利をもつ特権をお持ちなのですね」
「……その通り。よくご存じで」
「ええ。ですが、冒険者が討伐した狼を掠め取って課税する権利は……お持ちではないはずです」
アドルフはしかめっ面をし、周りの従者たちが大声を出し威嚇してくる。が、彼女は飄然とし、重ねて話を続ける。
「私の物言いに、何か不自然なことがございますか。この狼は私たちを襲おうとしていたので討伐しました。その後に現れたアドルフ様が、横車を押して掠め取ろうとしているわけですわね」
「無礼であろう!!」
「無礼なのは、狼に襲われる冒険者をそのまま放置し、討伐後にノコノコ現れたお前達」
「動くと撃ちますよ。狼より的が大きいので必ず当たると書いて必殺です!!」
赤目銀髪が反論し、碧目銀髪は立膝のまま銃をアドルフに向ける。
「馬上からの物言い。失礼極まりないわね」
「アドルフ様は、ファルツ辺境伯様の配下にして、貴族に準ずる方だ!!」
それではという事で、彼女が反論する。
「ふふ、選挙で変わる皇帝の代官であるファルツ辺境伯のその従僕如きが、何を偉そうに。私は、国王陛下の前でも下馬せぬことを許された男爵です。陪臣如きが頭が高い!! と申しませんわ。ここは辺境である帝国ですから。ですが、あなた方の物言いが受け入れられない場合、どうするお積りでしょうか?」
『男爵』の爵位を聞き、やや動揺が走る。帝国であろうが王国であろうが、貴族は貴族である。そして、宮廷ならばともかく、森の中では相手に応じるか否かは本人の判断になる。こちらが貴族として扱うなら、そちらも貴族として遇しましょうという程度の問題だ。
「では、帝国らしくフェーデで取り決めましょうか」
「決闘裁判ですか。貴族同士ですから、特に問題ありません。で、どなたがお相手するのですか」
「そちらは……」
「勿論、私本人が受けて立ちます」
空から日が降り注ぐ中、アドルフ狩狼官は、黒いマントにフードを被ったままこちらの様子を見ている。
『大丈夫だろうな』
「どうみても、竜よりは弱いでしょう?」
『確かに。但し、殺すなよ』
確か、体の一部に武器が当たれば勝利ではなかったろうか。
「武器は?」
「では、剣で」
「そうか……」
下馬するアドルフ。従者の一人に馬を預け、一人前に進む。
「その前に、銃を下ろしてもらって構わないか」
「……そちらも伏せている銃兵を森から出してくださいね」
「なんだ気が付いていたのか」
魔力持ちが一人森の中にいる事は分かっていた。銃兵かどうかは適当だが、どうやら正解であったようだ。
こちらもアドルフ側も人数は六人。『猫』が潜んでいる分、こちらが有利かと思ったが、狩猟犬のいる分不利かもしれない。
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「どちらか傷を負うか、降参して武器を下ろす事で勝敗を決める。それでよろしいか」
「ええ、構いません」
「では始めようか」
剣をS字に振ると、半身となって構えるアドルフ。剣はやや長めのレイピアであろうか。剣身の細いバスタードソードとも言える。
「随分と短い剣を使うな」
「長ければ取り回しも難しいですから。普通は、バルディッシュを使うのです」
「……は?」
東方の斧槍を目の前の小柄な少女が得意な武器と言っている意味が解らないとばかりに、狩狼官は不思議そうにつぶやく。
「これでも、戦場ではそれなりに……活躍してるんだぞ」
上段からの斬撃から刺突へとつながる連撃、身長と剣の長さの違いで、彼女が一方的に攻撃されている……ように見える。
周りの従者たちが大声でヤジを入れ、その反面、リリアル生達はじっとその従者たちの様子を伺っている。何かおかしな動きをしたならば、即座に反撃をするつもりなのだ。決闘などというのは、彼女のフェイクだと考えている。こいつらを取り押さえる為の罠の一つに過ぎない。
「そらそら、どうしたお嬢ちゃん」
「ふふ、剣が当たれば良いのですけれど。これでどうでしょう?」
彼女の魔銀剣がレイピアを中ほどから切断する。鋼鉄の剣であるレイピアが『折れる』ことは無いわけではないが、『切断』されることは見たことも聞いたこともないのであろう。アドルフの顔が蒼白となる。
「どうぞ、双剣でも構いませんよ」
腰の後ろに差してある左手用の剣を抜く前に、許しを与えておく。
「なっ、だ、黙れ!!」
「さあ、先に攻めて構いません。どうぞ」
彼女は半身に構え、剣を前に突き出す。その剣を双剣で弾き飛ばそうとした瞬間、左手が何か見えない物で弾き飛ばされる。
「ぐがぁぁぁ!!」
まるで大岩を叩きつけられたかのように左手の指が剣を握ったままグシャリと潰されている。
「「な!!」」
「あー マジ先生怒ってるな」
「最近、体面が大事になってるから、いろいろ溜まってるんじゃない?」
蒼髪バディの指摘に赤目銀髪が無言でうなずく。
「多分、セバスさんがずっと一緒だからですね」
「いや、俺の方がストレス半端ないから。まじ、泣いても良い?」
「おじさんの涙、キモいですよセバスさん」
「……誰か、俺を救ってくれ……」
碧目金髪、歩人に辛辣である。
右手から剣を取り落とし、潰された左手を押さえ蹲るアドルフ狩狼官。
「お、お前ら、こいつら痛い目にみせてやれ!!」
アドルフに命ぜられ、ジリジリと剣を片手に彼女たちに迫る従僕。がしかし、狩猟犬たちは白銀の狼含めてビクビクしながらこちらを遠くから見つめるだけで動かない。
「お、おい」
「いけ!! いけってんだよ!!」
大声で命じても、犬たちは根が生えやように動かない。そして、彼女たちの前には豹ほどの大きさとなった『猫』がのそのそと犬たちに近寄っていく。
「その銀色の狼は殺さないで。後は良いわ」
『承知した主』
『猫』は次々と狩猟犬の喉元に牙を突き立て、あっという間に倒していく。断末魔の叫び声が幾度か林間に鳴り響き、やがて静かとなった。
これで形成はどちらの側から見ても彼女たちの側に有利になっただろう。
「は、早く女どもを人質にしてこいつらを止める!!」
従僕の三人が碧目金髪に、残りが赤目銀髪に向かう。
真ん中の彼女と蒼髪バディは手強いと認識して、か弱そうな二人に向かったのだろう。
「捕まらない」
赤目銀髪は身体強化と気配隠蔽を発動し、一気に距離をとると姿を消す。そして、追いかけ来た男たちに矢を放つが、身体強化で高めた肉体に普通の矢ではダメージが与えられない。
「ねえ、面倒だから降伏しなさい」
「……馬鹿な。まだ……」
「ぎゃああああ!!」
「嘘だろ……があっ」
歩人が一瞬で二人の足首を斬り、残りの一人は、銃床で思い切り頭を碧目金髪に叩きのめされ昏倒する。
その叫び声の数瞬後には、草原に倒れた男たちと赤目銀髪。
「安心して、少ししか切ってない。まだつながる」
そして、さりげなく腰の帯を切り落とし、装備を回収している。
「山賊みたいね」
「山賊はこいつら。正々堂々の決闘を貴族同士で行って負けて襲い掛かって来たのだから、討伐対象」
赤目銀髪の言に他の者頷く。
「くそっ、あんまりこの姿を見せたくなかったが……仕方ねぇ」
アドルフが呟くと、見る見るうちに背が大きくなり、更に灰色の体毛がびしりと生えている。その姿は人狼である。
『まさか、狼を狩る者が人狼かよ』
「狼獲りが狼になったのかしらね」
この時点で、平常運転中の彼女である。
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