第318話-1 彼女はゲイン修道会に向かう
鍛錬場の中央には、ギルマスと赤目銀髪が並ぶ。装備も外見も大人と子供の差がある。
「流石に、ギルマスは勝つだろうな」
「そりゃそうだろ。オリヴィさんには敵わないけど、最強の一角だぞ」
ギルマスの能力に、見学する冒険者も不安を感じていないようだ。
「始め!!」
身体強化を行い、一気に赤目銀髪に迫るギルマス。だがしかし……
「はぁ?」
「……消えた……」
観客から呻き声が聞こえる。赤目銀髪の弓の腕は勿論優秀だが、気配隠蔽の能力もリリアルで一二を争う。茶目栗毛と双璧なのだ。
「あいつ、見つけらんねぇんだよなぁー」
「良く、お菓子を強奪されます」
「お、意外と食いしん坊きゃら?」
リリアル生がわちゃわちゃといいたことを言い放っているが、鍛錬場の空気はずしっと重くなっている。まさか、星四の冒険者が捉えられないほどの魔力操作を行えるとは身内以外誰も思っていなかった。
「それ」
「があぁっ!!」
防具で覆われていない二の腕を、赤目銀髪が気のない掛け声をかけBannと叩く。叩かれるまで、ギルマスはその存在に気が付けていなかった。
「人間って、見えているつもりでも死角って存在するのよね。それに、目の前にあってもそれが認識できていないと、見えていないのと変わらないこともある」
『魅了系の術を使うコツに似ているな。相手の心理的な空白を狙う』
自分を強く意識させるのも、全く意識させないのも向きが異なるだけで、同じ工夫の表と裏である。
「私、モテ期来た!!」
意味の解らない掛け声とともに、太ももに木剣が叩き込まれる。覚悟して身体強化を掛けているのか、先ほどのように痛みに叫び声をあげないギルマス。だが、相変わらず捉えられていない。
「普通は攻撃の瞬間、殺気みたいなものを出すので、感じるんですけどね」
「それがないのは、やはり狩人仲間だけの事はあるね」
オリヴィは狩人話が通じる赤目銀髪が中でも特にお気に入り。狩人の話の時は、いつもより若干饒舌になるのが面白いのだともいう。
ツヴァイハンダーの長所は、敵の動きを捉えて遠間から先制攻撃を行ったり、ハルバードのように持ち変えを行い、間合いを変えて柄や鍔を用いた近接攻撃まで多様な遣い方ができることにある。
「あれでは、疲弊するだけですね」
「見えない、攻撃の瞬間が掴めないって人間相手には相当有利ね」
日頃から魔物相手の討伐を繰り返すリリアル生にとって、上位の冒険者であっても、その厳しさはかなり緩く感じてしまう。魔物なら気が付く、防ぐ、通じない攻撃も人間相手には通じてしまうからだ。
『あんま良くねぇな』
「大丈夫でしょう? 動きの基準が魔物ですもの。人間から魔物に変えるのは相当難しいけれど、魔物の基準を人間に当てはめるのはさほど難しくないじゃない」
但し、殺し技になるので、手加減は必要だが。
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「それまで!! 引分けとする」
魔銀の剣か弓でもあれば『殺せる』が、模擬戦において木剣で赤目銀髪が押し切るのは正直無理がある。魔力量の差もそれほど有利に使うのは難しい。
「斬っていいなら勝てた」
「……そうか……力を確認するのが模擬戦だからな。命を賭けるほどじゃない。
星三で文句なしだ」
「そう……良かった」
口角が少し上がる赤目銀髪。実質的な勝利宣言をだろうか。
ギルマスと引き分けた十六歳の少女(本当は十二歳)に驚愕する観客。前日の髭面も、星三でメインツで知らない者がいないほどのベテラン冒険者なのだという。
「お、オヤジ殺し……」
「オヤジ殺しだな」
赤目銀髪、折角の『マルグリット』という冒険者名よりも『銀髪のオヤジ殺し』という二つ名が定着する事になり、やはりモテ期は来ていなかったようである。残念。
衆目の集まる中、リ・アトリエ団はギルドの応接室へと移動していく。彼女とオリヴィ達は再び食堂へと移動する。
今日のこの後の予定は、オリヴィの昔馴染みを訪問し、彼女に紹介する事にある。
「今はゲイン修道会の修道院で生活しているの」
「ブリジッタ=メイヤー様です。メインツでも老舗の穀物関係の商会の御当主の一族です」
オリヴィが駆け出し冒険者であった頃に、ギルドで知り合った街娘であったという。冒険商人を目指すオリヴィと行商の旅に出る夢を持つブリジッタとは様々な場所へ赴いたという。
結婚を機に行商をやめたものの、メイヤー商会の娘として、当主の姉、伯母として広くメインツでは名の知れた存在だともいう。
「ゲイン会はそれぞれが独立したサークルのようなものなのだけど、貴族の女性も参加しているのよ。ビータに協力してもらえば、そこから顔が繋がる可能性があるわ」
「……ビータとは?」
「ごめんなさいね、ブリジッタの愛称。私はビータって呼ぶし、あの子はヴィーと呼ぶのよ」
「二人の時は私も『ヴィー』と呼びます」
「対抗しなくていいわよビル」
冒険者が仕事を受けている最中は当然、短い名で呼ぶだろう。もっとも、リリアルは声に出したり名前を呼んで指示をしなければならないことはほぼない。役割が明確で、手順も決まっているからである。
「今はお一人なのでしょうか?」
「現役じゃないから商会にはたまにしか顔を出さないみたいね。それに、代が変わったのに伯母が頻繁に顔を出すというのも甥に悪いからってね」
今は、昔から続けている薬草畑の世話や、後進の指導に当たっているのだという。勿論、それ以外の奉仕活動にも積極的なのだという。
「たまに、また一緒に行きましょうって言うのね。そうね、機会があればねって答えるわ」
見た目通りの年齢ではないオリヴィと、駆け出しの頃に出会ったであろうブリジッタでは共に旅する事も難しいだろう。でも、気分は未だに共に旅したいという事なのだと彼女は解釈した。
「あなた達に会うのを心待ちにしているでしょうね」
「年若い冒険者と商人ですからね。ブリジッタ嬢も喜ばれるでしょう」
ビルの言葉に「もう、嬢って歳ではないけどね」とオリヴィが呟いた。
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