第301話-2 彼女は『行商人アリサ』となる
ヴィーの話を聞き、彼女は計画を立て始める。冒険者として経験の多いメンバーと彼女で行商人とその護衛という態で帝国に入る。彼女自身は『アリサ』という商人名で冒険者登録と商人の登録を帝国で行う。
『アリーからアリサにジョブチェンジかよ』
「いいでしょ? 呼び名が変わりすぎるといざという時に誤魔化せないじゃない」
リリアル男爵の冒険者名が「アリー」であることを知る者がいた場合、敢えて呼び掛けて確認する可能性もある。潜入中に身バレするのは好ましくない。
冒険者として学院生には「名乗り」を与えてあるので、引率するメンバーはその名称をそのまま使い、ランクも横滑りで帝国での活動を開始する。
パーティーランク的には星二程度にはなるはずなので、護衛や輸送の依頼を積極的に受ける。出来れば……危険度の高いものが好ましい。名が売れれば、神国軍や帝国軍もしくは、敵対するネデル諸都市からの指名依頼が来る可能性もある。
「ゆっくりとしてはいられないけれど、遠征組もリリアル組もしっかり準備をしなければね。私の専権で済ませられる組織ではなくなりつつあるもの」
彼女は、長期遠征と学院運営を両立させる為に一工夫する必要があると考えていた。
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さて、彼女はヴィーの発言を確認しようと考えていた。吸血鬼の回復は彼女の魔力を注いだポーションでも問題なく回復する。しかしながら、魔力を有する者の血液は吸血鬼にとって好ましくないということは、一体どういう事なのだろうか。
「ふーん、それで実験する気なのね」
「サンプルがいるのだから、試す価値があるわ」
彼女は自分自身の血液を小皿一杯ほど採血し、吸血鬼の置かれている射撃演習場にやってきていた。定期的に鶏や豚の血液を与えているので、顔色は……悪いが弱っている程ではない。
「お久しぶりね皆さん」
『Gaaaaa! ナ、ナンノヨウダ……』
『ヒヒヒヒ』
『ヤ、ヤメテ、ユルシテ……』
ちょっとおかしくなりつつあるが、肉体的には健全である。伯姪と彼女、そして、狼人が立ち会っている。学院生には刺激が強いかもしれないという事での配慮である。
小皿の血を先ずは従属種の傭兵隊長に差し出す。本来なら大喜びで吸い始めるのだが……
『……イ、イヤダ……ゼッタイ、イヤダ……』
『お前、随分と嫌われているな……』
自覚はあるが、言われるのは腹立たしい。残りの隷属種二匹の女吸血鬼も抵抗し、飲みたがらない。
「じゃ、私のも飲ませてみようかしらね」
伯姪は彼女よりかなり魔力量が少ないが、それでも魔力はそれなりにある。中程度に今はなっている。
『ム、ムリダ……』
「我慢して飲みなさい。ほら、体にいいわよー」
何故か姉が参入。そう言えば、王国内の行商人のダミー登録を姉に依頼していたのである。
「……その血は、姉さんの血なのかしら」
「そうそう。フレッシュなピチピチな淑女の血液よ☆」
「でも、処女じゃないから、駄目なのではないかしら」
「む、そこは否定できないわね。夫の名誉の為にも、白い婚姻というわけないからね。もう大変だよ!」
何がどう大変なのかは敢えて聞かない。
姉が、ほらほらと口元に皿を近づけ、一気に注ぎ込む。そして……傭兵隊長吸血鬼が暴れ出した。それはとても苦しそうである。
「あー やっぱりそうなるのか。そりゃ、血を吸わないわけだわ」
姉の背後には帝国の美魔女が立っていた。
ヴィーも何度か吸血鬼に接触された経験があり、魅了を弾き、吸血される事も無かったのだが、その理由が『魔力』と『加護』のどちらにあるのか気になっていたのだという。
「こんなに吸血鬼のサンプルを確保しているとか、ちょっとあり得ないから。お陰で、長年の疑問が解消したわ」
「それは良かったわ。それで……何故なのかしら」
「結論から言うと、血が『濃すぎる』というところじゃないかと思うわ」
例えば塩。少し入れることで美味しく感じ、また、人間が必要とする成分でもある。塩が手に入りにくい地域では通貨として利用された時代もある。だが、必要以上に使用すれば、風味を損ない毒にもなる。
「血液だけで十分な栄養になるのに、魔力が大量に含まれていると……毒になるというところかしらね」
「何で魔力があると駄目なんだろうね」
「恐らく、自分自身の『土』の精霊に起因する魔力と反発するからではないかしら。不協和音のようなものね」
自分の魔力と異なる魔力を直接体に入れると、自身の魔力を乱す毒になる。しかしながら、ポーションのように薬草を通し、ろ過された魔力であればそれは栄養として効果を発揮する……と言ったところだろうと推測される。
「まあ、こいつらにはポーション上げないけどね」
「いいえ、これ不味いわよね」
激しく暴れる傭兵隊長の従属種の顔色が……どす黒く変色している。
「姉さん、どうせもっているのでしょう?」
「あはは、バレたか。私の血液由来の魔力を相殺するなら、私の魔力を注ぎ込んだこの特性ポーションが一番だよね!」
姉は、「こんなこともあろうかと」とどこぞの技師長のような事を言いつつ、ポーションの小瓶を吸血鬼の口に押し付け、中身を口内に流し込んだ。
『ゲハッ、ゲッ……Gwa……Guuu……』
一応、状態は落ち着いたようだ。
「あまり気にしないでもいいわよ、こんな出来損ないの吸血鬼とか。幾らでも湧いてくるんだから」
ヴィー曰く、どうやら聖征が失敗に終わり、逃げ帰ってきた騎士たちの中に、それらが混ざっていたことも影響しているらしい。鎧兜に日光を遮蔽させて日中でも肌をさらさない騎士は、吸血鬼にとって便利な地位であったのだという。
「聖王国では騎士崩れでも腕っぷし一つで騎士が男爵に従士が騎士に即成れたから、吸血鬼になる奴は沢山いたと聞いているわ」
「えー 誰に聞いたの?」
「捕まえて殺した吸血鬼どもよ。まあ、下っ端の破落戸どもだけれどね」
やがて、帝国や内海沿いの騎士団領に舞い戻った吸血騎士たちは、一部は帝国騎士団に加わり東方辺境領で異民族相手に残虐な征服戦争を行い、その陰でこっそり、吸血鬼としての活動を行った。
また、その結果大きな財産を獲得し、また、吸血鬼としての能力を高めた者たちが高位貴族として帝国に潜り込んでいるともいう。
大半の吸血鬼は、時に有名な傭兵隊長であったり、商人となって歴史に姿を現す事もあるという。
「報告の有名な傭兵隊長、百年くらい前の奴は、吸血鬼だそうよ。まだ、どこかで眠っているみたい。本人は死んだことにしているけどね」
傭兵隊長で、やたらと部隊の戦死率が高い者がいるという。その場合、戦場で吸血鬼の本能を解放し、敵味方関係なく殺し回る結果、戦果は大きいものの、それ以上に自分の部下を死なせる傭兵隊長となるという。
「まあ、死んだ、逃亡したなんて言い訳は出来るのよね。貢献しているし、手柄も立てているから後払いの報奨ももらえるし、事実『強い』から、雇い主にも困らないし、勇名を聞いた下っ端も集まる。それに……魅力もあるわけだから、ちっとも困らない」
帝国内で騒乱が無くならないのは、一つの権力の下に秩序を形成するより、互いに牽制し合って力の均衡を保つ方が領主にとって自己の権力基盤の確保に有利であるという判断の他に、吸血鬼たちの使嗾もあるという。
「戦場が無くなれば、彼らの狩場が無くなるから困るじゃない? だから、適当なところで手を抜いて、決定的な勝利にならないように……敵味方構わず損害を出して終結させる。それが、戦場に何人も潜んでいれば、勝敗なんてどうとでもなるでしょ」
互いに大戦果を挙げ、尚且つ、継続不能な程度の損害を与えあうのだから、適当なところで痛み分けとなる。どちらも勝ったつもりだから、金と人さえ集まれば、また戦争になる。帝国内は、思うが儘……という事なのだろうか。
「ヴィーは吸血鬼を討伐しないのは何故?」
「……依頼もないのに勝手に吸血鬼を殺す事は出来ないわ。冒険者はそう言う者だからね」
依頼を受けて捕まえ、殺したことは有るというが、守るもの助ける者も存在する。何より、 ビルと二人では限界がある。そう言う理由で、ヴィーは彼女とリリアルに目を付けた。
「もしかして、帝国の工作ってあなたの差し金なのかしら……」
王国に吸血鬼が現れ始めた時期とこの出会いは、何の関係もないとは言い切れない。ヴィー本人は「さあ、それはどうかしら」と話を逸らしたのである。
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