第292話-1 彼女は『悪竜』と接触する

 あまり広くない脇街道をラマン方面に走る事十数分、城壁は既に丘の影で見えなくなり、この辺りは木々が生い茂り、小さな谷に小川が流れているような場所に至った。


「どのくらい離れたのかしらねトールから」

「およそ、10㎞くらいではないかしら」


 馬の襲歩と変わらぬ速度で走る四人。流石に魔力切れの心配があるものはいない。


「よくわからないが、この辺りで良いのだろうか」

「ええ、分水嶺というか、ここから北は北に向かって水が流れているわ。そこを南に下ってくる『ラブル』は川を上がって、この街道を通過するはずだわ」


 亀の胴体をもつ竜が山野を駆け巡る事が得意とは思えない。仮にそうしたとすれば、音も聞こえるであろうし追いつくのも問題がないはずだ。


「で、作戦は」

「……三人には囮をお願いするわ。魔装銃でブレスを吐くところ口内を狙い撃ちに。ラブルは尾が弱点とされているから、カトリナとカミラは尾を斬り落として」

「で、アリーはどうする?」

「私は、魔力壁で前進を止めた後、動きが悪くなった時点で、胴体の亀の甲羅に『魔装笛』を叩き込むつもりよ」


 数日前、城館の壁を吹き飛ばした攻城砲の如き威力の魔装『砲』を打ち込むつもりであるという。


「挑発するために、魔力煉瓦を投げつけたり、いろいろするつもりよ」

「……美味しいところは今回もアリーか……」

「馬鹿ね、そもそも抜きなら最初から成り立たないじゃない!!」


 剣や槍でどうになかるのなら、騎士団長の指揮する戦力で攻略できたはずだ。それが出来なかった時点で、まともに剣や槍で斬り合う選択肢は考えられない。


「突破されれば、トールまでは一時間かからないかもしれないわ。絶対、ここで阻止するわよ」


 谷間の細い街道沿いであれば、逃げ回ることも出来ないだろう。正面を魔力壁で抑え、前後からの攻撃でダメージを蓄積し、最後に動きが鈍ったところで、魔装砲を打ち込んで止めを刺すことになる。


「それと……これをもっていって。私の作った魔力回復と体力回復のポーション。ミアンでは使わずに済んで良かったわ」

「……なんだか、時間がかかりそうだな……」

「竜の魔力を削って、身体強化が劣化したところでの魔装砲での攻撃って事ね。はあ、今夜はオールかも?」

「アリー、毒を使いますか」

「カミラ、あなたの得意な方法でお願い」

「畏まりました」

「うむ、毒を食らわば皿までだな!!」


 竜に毒が効くかどうかは不明だが、カミラの鎚矛ベク・ド・コルバン には、何やらべっとりと塗られている。


「カトリナ様、余り前に出ないでください。うっかり、刺すかもしれません」

「先っちょだけなら大丈夫か?」


 そういう問題ではない。竜を殺す毒を受けて無事とは思えない。カミラが削って、カトリナが尾にダメージを入れるという攻撃になるだろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 地響きと太鼓をたたくような音が聞え、谷あいの街道には長い首をくねらせノロノロと歩く不格好な竜が現れた。


「カトリナとカミラは背後に回って。炎を吐く前は溜めがあるはずよ。魔力壁で防ぐか回避を忘れないでね」

「「「承知!!」」」


 近づいてきた『ラブル』は、街道上に彼女と伯姪の姿を認めると、威嚇の咆哮を発する。タラスクスと比べると可愛いものだが、谷間に大きく響くのは一瞬動きを鈍くするくらいの効果はある。


「始めましょう」

「さあ、掛かってらっしゃい!!」


 片手剣と魔装ピストルを構えた伯姪が前に出る、彼女はその背後から、足を止めるべく街道を塞ぐ形で1mほどの高さに魔力壁を展開する。


『あの帝国のねぇちゃんがいれば楽できただろうにな』

「本当に……セバスにはしっかり土魔術を覚えてもらわないとね」


「土」の精霊の加護を持つ歩人であれば、女魔術師の遣う『土牢』のようなトラップを任意に仕掛けることができるだろう。大物を追い込むのに便利だと思うのだ。


『ゴブリン生き埋めにしたりするらしいぞ』

「……甚だしく便利ね。羨望しそうだわ」


 軽口を叩きながら、魔力煉瓦を投げつけ、ボコボコと顔や長い首に当たり不快そうな声を上げるラブル。


「はあぁぁ!!」


 片手剣で魔力を通し、その首筋に切りつける伯姪だが、毛を幾分刈り取るだけで、ダメージを入れられているようには思えない。


 背後では、カミラが槍先に付けた毒を何度も尾に突き刺し、牽制の斬撃をカトリナが加えるが、状況は似たようなもので、余りダメージを与えることが……できていない。


「焦らず、時間を掛けましょう。前に進まなければこちらの勝ちよ」

『勝ちか?』

「ええ、続けることが出来れば必ず勝てるわ!!」


 伯姪以外、魔力は相当ある上、長い時間活動する事は元になっている『蛇』『亀』の組合わせの『竜』にとってはあまり得意とは言えない。


 首が長いのも、体全体を動かすことがエネルギーロスとなることから、首だけを動かして用を足す生活様式の現れだろう。


「象の鼻が長いのも、広い範囲を動かず餌をとるためらしいわ」

『めんどくさがりか……』


 彼女の姉もめんどくさがりであり、その内鼻が長くなるかもしれないと思うと、今度尋ねてみようかと思う。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る