第275話-2 彼女は姉の登場に一息つく
北門南門は王都からの増援到着までは小康状態を継続させるつもりだが、東門はこちらの管轄だ。
「その銃、欲しいな」
「……あげません……」
ジジマッチョが銃兵女子に話しかけ、けんもほろろにお断りされている。火薬を用いず、極少量の魔力保持者であれば使用できる魔導具をリリアル以外に供出する予定は今のところ皆無である。
「こちらにいらしたのですか」
「おお、アリー。あの銃が欲しいんじゃが」
「……無理です。院外秘扱いです……」
「むぅ。では……あの弾丸だけでも何とかならぬか」
魔装弾。正確には、聖女の魔力を込めた対アンデッド用の弾丸である。通常のマスケットでも発射は可能だ。
「それならば、ニース辺境伯家で入用な分はご用意できるかと思います」
「そうか。あの弾丸の秘密は……」
「私の魔力が込められているだけです」
『聖女』などと恥ずかしい呼称で呼ばれ、あちらこちらで拝まれ祈られる対象に不本意ながらなってしまった彼女にとって、その結果得られた『加護』に等しい『聖性』を帯びた魔力は、思う存分活用したいところなのだ。弾丸自体は消耗品であるし、アンデッド対策になるなら問題もない。
「普通の魔物や人間にはあまり効果がありませんので」
『いや、魔力を込めた分だけ破壊力は増している。その辺り、すっかり忘れてるんじゃねぇの』
魔力を持たない人間が魔物を討伐できるように工夫した武器であり、その効果は弾丸自体に『魔力纏い』相当の能力を最初から付与したものである。命中した対象に魔力纏いの効果を及ぼし、大きな貫通力を付与した物だと思えばいい。
「プレートも余裕で貫通する?」
「魔力を纏わずとも貫通できる場合もあるでしょう。口径が三倍くらいになったと思えば良いと思うわ」
「……三倍……」
口径が三倍ということは、体積は約三十倍である。おい!!
「明らかに、マスケットの威力ではないな……」
15㎜の弾丸で重さは25gほど。30倍で750gとなる。大砲でいえば隼鷹砲よりやや威力が低いが……ふつうのマスケット銃が小型の牽引砲並みの威力を発揮するというのは、攻城戦において革新的な効果を発する。特に、攻撃側からすれば。
「妹ちゃん、何だか不穏なお話が聞こえるのだけれど」
「……どういうことかしら姉さん」
姉が珍しく武具に興味を持ったようだ。ニース商会はニース辺境伯領の武器購入の代理店でもある。
「妹ちゃんたちってさ、気配察知と隠蔽も出来るよね」
「ええ。リリアルの魔術師はそれを最初に覚えるわ。命が大切ですもの」
「うん、それは良い事だね。命は一つしかないし、大事にすれば一生使える物だからね」
姉は何か迂遠なことを珍しく言い始めた。
「単刀直入に話してちょうだい」
「じゃさ、リリアルのメンバーで隠蔽できる子達十人位で、その魔装銃と魔装弾を持って城の近くまで隠蔽して近づくじゃない?」
「できれば、危険度の低い夜間が良いわね」
「そうだね。魔装銃って射撃間隔ってどのくらいなの」
彼女は「院外秘なのだけれど」と渋りながらも、数秒と答える。
「最初の一撃はゼロ秒、そして、暗いところだからちょっと時間がかかって十秒ごとに十発の大砲と同じ威力の弾丸が至近距離から十門同時に撃ちこまれる。最初の一分だけで七十発だよ。その場合、どうなると思う?」
彼女は自分たちが開発した魔装銃と魔装弾の組合せがとてつもなく強力な砲兵戦力になっていることに思い至る。
通常は、二頭の馬に大砲を曳かせ、弾丸と火薬の調合・管理にも細心の注意を払い、大砲を操作する技術者を雇い入れて運用する必要がある。大砲の製造価格も当然高価であり、職人や馬の維持コストも当然高い。
それが、一人の魔力量の少ない……リリアルの『銃兵』レベルで効果を発揮するとなれば……どうなるだろう。
「確かに、弾丸だけでも十分な脅威じゃが、魔装銃とリリアルが組み合わされば、余程の巨大な城でもない限り、恐らく、数時間で陥落するな。見えない敵から至近距離で一方的に大砲を撃ちこまれて破壊される。生きた心地もせんじゃろう。コストも低く、更に雨も関係ない。移動だって……魔装馬車であっという間に移動してしまう。こんな相手、どう手向かいすればいいのだ」
前伯の言葉に、ヴィーと姉も深く頷く。どうやら彼女たちは、知られれば危険な戦力を手にしてしまったようである。
『なんだ、心配するな。既にお前の存在自体がそれに近いもんなんだから、いまさらマスケットが大砲並みの威力ですってだけで大騒ぎにはならない。それに、ばれれば王国の周囲の国全てが同時に王国に戦争を吹っかけ始める。強すぎる相手には、周りの敵は団結するもんだ』
だから、王家と保守的な貴族くらいに知られるのはかえって安全であるし、急進的な貴族や軍人はリリアルと敵対する勢力だからそれも手を出してくる事はないと『魔剣』は告げるのである。
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