第272話-1 彼女は帝国の魔術師にグール狩りを見せる

 スケルトンの半数、ワイト擬きも過半数を討伐し、残すは南北門を包囲するスケルトン兵の掃討と……東門前のワイト擬きは射撃大会の後、増援到着後、一気に消し去る予定ではある。


「水で囲まれたら逃げ出せないから、俎板の上の恋ってやつよね」

『姉ちゃん、『恋』じゃなくて「鯉」だろ』


 因みに、南都から南の地域では『鯉』は川魚として料理に良く使われる食材でもある。


「……この魔剣、人格あるんだね……」

『……』

「ええ、まあ。子爵家に伝わる古の魔術師の魂を封印した物だと聞いています」

「へー 凄いね。私、インテリジェンス・ウエポン見るの二振り目だよ」


 ヴィーは『魔剣』の話から、思わぬ御同輩の事を口に出した。


「そうですか。因みに、どちらで……」

「ん? ビルがそうだよ。あれは、炎の魔神イーフリートが炎の剣として顕現した存在で、人化の術を身につけたから、今はその昔の主の姿を模して戦士のナリをしているんだよね」

「……へ……」


 彼女は剣が人化していること、その剣が炎の精霊の化身であることを聞き、一瞬、なんであるか理解できなかった。


「私もビルから聞いた話で詳細は知らないんだけどね……」


 その昔、今から三千年ほど前に生まれた炎の精霊がやがて剣にその身を宿し、『炎の剣』とされて、様々な英雄の手を渡りやがてサラセンの太守の佩刀となる。その後、人化の術を会得し、従者となり帝国に渡り、その地で今の現身である赤髭王の従者兼佩刀として譲渡されたというのである。


「赤髭王の家系は断絶してるんだけど、その佩刀であったあいつは、眠りに付いている間にコボルドの鉱山の宝箱にしまわれていたの。それを、私が冒険の最中に発見して久しぶりの主人となったわけ」

「なるほど……では、精霊であり人化の術を駆使し、場合によっては剣にも姿を変えられるわけですね」

「そう。一人で冒険者していると……絡まれるの。だから、用心棒兼相棒として人化させているわけ。勿論、戦士としても炎の魔術師としても優秀だよ」


 それはそうだろうと、彼女は思う。理想の騎士と言われた赤髭王の姿で炎の精霊として最上級の能力を併せ持っているのだから。


『おい、あの魔剣は随分優秀なんだなとか思ってるだろ!』

「……お、思ってないわ……」

『その間が説得力ねぇ。まあ、あいつは三千歳、俺は精々五百歳だからな。炎の精霊と、人間の魔術師の魂ってのの差もある。だから、出来ないことが多いのは仕方ねぇよ』


 珍しく能弁に自己弁護をする『魔剣』の言い分が苦しい。





 彼女は伯姪と相談し、昼間の指揮を伯姪、夜間の指揮を彼女と分け、伯姪には警邏の昼担当と『銃兵』の面倒を見てもらう事にした。


 夜間は彼女と夜担当のリリアル騎士、それに……


「あ、私も夜起きてるよ。夜型だから☆」


 ということで、ヴィーとビルも夜に参加してくれることになっている。そして……


『院長、俺も夜の警戒に参加させてくれ』

『主、私もです』

「おお、なんだなんだ、ワーウルフにケット・シーまでいるのか。いやー リリアル侮れないな!」

『『……』』


 見た目は銀色の犬と、黒い猫にしか見えないのだが、ヴィーは一目でそう見抜いた。


「紹介するわ、帝国の冒険者のヴィーと相棒のビル。ビルは……」

『炎の精霊ですね。それも、かなりの経験を積んだ強力な』

『……うー サラセン野郎を思い出すぜ……まあ、こいつとは初見だけどな』

「よろしくお願いする。敵対しないことを望む」

『こちらこそ』

『あ、ああ。てんで相手にならないからな。俺も分は弁えているつもりだ』


 『猫』はともかく、戦士長としてのプライドも高い『狼人』の性格からして、最初から尻尾を撒くというのは余程の差が感じられるのだろう。


『とにかく、こいつらは敵に回さない事だ』

「もちろんよ。勉強させていただくつもりですもの」


 帝国の事、吸血鬼の事、冒険者としての事、自分の知らない精霊を媒介とする魔術の事、彼女にとってヴィーは『師』となりうる存在だと自覚している。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 夜の見回り。既に城門の一箇所は解放されており、東門は水攻めによる逆包囲を敢行中だが、川を挟んで東側の街区は独立している。北と南には未だ多数のスケルトンが攻め寄せているが、時間の経過と共に討伐は進んでいる。


「こんな時だからこそ、別ルートからの攻撃があってもおかしくないと思うのよね」

『まあ、越した事はない』


 彼女は今、大聖堂の鐘楼に登り、川の上流・下流を確認している。アンデッドは水を苦手としているが、船に乗る事でその弱点は克服することが出来る。故に川舟を用いた奇襲を想定しての監視活動だ。


 夜間は普通の人間の視界では捉えることが出来ない。故に……


『何で俺なんだよ』

「狼の端くれなら、見えそうだと思って」

『いや、狼は暗視出来ないぞ。それなら、「猫」に頼るべきだろうな』

「……人は過ちを犯すものよ……」

『……それだけか……』

「狼って意外と役立たずなのね」


 そこに割って入るのは冒険者のVである。


「私、暗視出来るわよ」

「それは、魔術的な物でしょうか?」


 彼女は『暗視』は出来ないが、魔力走査による魔力を有する魔物や魔術師などを把握することが出来る。


「いいえ、暗視は生まれつきの体質なのよ。ほら、今、眼が赤いでしょ?」


 月の光の中、彼女の黒目は赤黒い色に変わっている事に気が付く。


「魔術の一種ではないのですね」

「そう体質。だから教えられないし、治せないの」


 でも、狩りをするときは便利なんだよと話を続ける。そして、川下から一隻の船が上ってくるのが見えるという。彼女も魔力走査の指向を絞り、川の流れの幅に制限し距離を延ばす。


「……十前後。恐らくはグールでしょうか」

「良い目をしているわね。私の助言は不要だったかしら?」


 ヴィーの言葉に彼女は首を横に振る。そして……夜間班に呼集をかける。



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