第270話-2 彼女は帝国の魔術師と会う
さて、魔術師に付いて考えていた事を何故思い出しているかというと、目の前の冒険者と話をしているからである。突然現れた女魔術師。
「ねえ、私を雇わない?」
その女性は二十代半ばであろうか、漆黒の髪に白い肌を持つどことなく人間離れした美貌を持つ冒険者風の姿であった。腰には特徴的な護拳をもつ剣を佩き、バックラーらしき小型の盾を胸当の横に差している。
それでいて衣装は冒険者と言うよりは行商人を思わせるものであり、スカートのように見えるがキュロットのように筒足の者のようだ。
魔術師は彼女が王太子を城外に送り届けている間に、『リリアル男爵っている?』と包囲の中を川舟に乗って現れたのだという。川は盲点。
「どのような事で、そうおっしゃっているのでしょうか? 貴方は何者ですか」
彼女の当然の問いに、その美貌の女性は『V《ヴィー》よ』と告げる。
「私の名前はV。帝国で星四つの冒険者をしているけど、本職は行商人。その中には、私自身の魔術の腕も売り物として含まれているの」
『おいおい、こいつは……』
『魔剣』が言うまでもなく、目の前にいる帝国の冒険者にして『魔術師』は相当の腕の持ち主であることを示すように、魔力を溢れ出させた。
「……凄い魔力ですね」
「まだまだよ。それに、私の得意な魔術は『風』と『土』。そして、専門は吸血鬼を代表とするアンデッドの『駆除』なの」
Vは自分がこの状況で最も力になれる冒険者であり魔術師であることを告げる。
「お話、詳しくお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
「ん、商談に入るわけだね。じゃあ、案内してもらおうかな。商談室へ」
黒髪の美女の横には、赤みを帯びた金髪碧眼の偉丈夫。蛮族の戦士を思わせる派手な衣装の東方風の騎士に思えた。
「このデカいのは相棒の『ビル』よ。魔剣士だけど騎士の真似事もこなすわ。得意な魔術は『火』よ」
「よろしく」
「……ええ、こちらこそ」
二人は帝国語ではなく、王国語で普通に会話をする。ということは、それなりの身分のある出身なのかもしれないと彼女は「ただの冒険者」であるという可能性を排除することにした。
『魔剣』曰く、帝国の冒険者にも等級の仕組みがあり、星四つは王国の『青』等級に匹敵するというのが前提なのだというが……
『星五は伝説の存在で王国なら濃紫、星四だと薄紫から濃青って感じだな。王国よりも半分ランクが上だと思えばいい。つまり、お前より上の可能性が高いな』
彼女は魔力量と実績で等級を上げているのだが、竜殺し以降、冒険者等級を更新していないので『濃青』のままである。
市長の応接室を借り受け、ここで彼女と帝国の冒険者との商談が始まる。ミアンの街との取引ではなく、彼女との個人的な取引の前提なので、同席する者はこちらにはおらず……いや一人いた。
「その変な仮面を取れ!!」
「いやー それはできんな」
仮面の騎士ロラン(仮)王太子殿下である。どうやら、一緒に話を聞く気が満々のようである。あーっはっはではない。というか、戻って来るな!!
「V、公にはしていないのだけれど、この方は王太子『殿下の使者でロラン。同席を許されたい』……です」
Vは笑顔で承諾をする。ビルを除く三人が席に着き、商談を開始する。
「千の数のアンデッド・ナイトとポーンを狩りたいんだよね」
「ええ。数が多いので、囲まれれば難しい状況になりますし今のままでは容易に回避されてしまうのでどうにかして逃げられないようにしたいと考えています」
「一つ提案があるよ」
彼女曰く、外郭の中に川の水を引き込んで水没させるというのである。アンデッドは水を嫌うので、水没する場所を避けある程度高い場所へと集まるだろうというのだ。
「簡単な事なのでしょうか」
「えーと、私にはね。ちょっと土の精霊に協力してもらって、外郭の地面を1mくらい下げて、囲んだ壁の一部を濠から水を流し込めるようにすれば、なんてことないよ」
「……え……」
城内に匹敵する数平方キロの面積を1m陥没させる……更に、外郭の一部を加工し濠から水を流し込んでアンデッドを追い込む……一人で。
「アンデッド・ナイト程度なら難しくないよ。これが、リッチだ吸血鬼だってなれば人間以上の知能を有しているから面倒だけどね」
確かに、そうだろう。数を頼みに攻め寄せた結果、スケルトンの兵士に、ワイト擬きの騎士・戦士の集団を送り込んできたのだろう。
「死霊術師を殺しても、この術式は解除されないからね。自律的な行動を最初に与えているから、この街を占領して一定期間生存者がいなくなるまで、解呪されないと思うよ。その為の作戦行動と戦力だから」
「……死者の遺骸と魂を使った殲滅作戦というところですか」
「そうそう。途中の街や村も飲み込んで、文字通りの殲滅をする作戦だよ。サラセンが帝国に侵攻した時の反撃策の一つとして研究されていたはずなんだけど、なんで王国相手に使う事になったのかまでは、私には分からない。これ、サービスね」
「「……」」
彼女も王太子……仮面騎士ロランも思わず考え込んでしまった。異教徒の侵略に対抗する為の異端の戦術がこの死者の軍団による反撃であり、帝国としてもミアンを機能不全に落としれるようなアンデッドの集団を向かわせる事にした理由は皆目見当もつかない。
街は入れ物だけが残っても、そこで働く商人・職人が存在しなければ富を生み出さない。織物の染色で価値のあるミアンであればなおさらであろう。
提供する商品説明は理解できた。それでは、その対価とその他の条件について話を進めるとしよう。彼女がVに告げる
「報酬を決めていただけますか」
「……即決してもらえるなら、金貨千枚。それと、王国の冒険者としての登録。等級は一番下で構わない。あ、勿論前金で金貨百枚、残りは成功報酬で良いわ」
金貨千枚なら持ち合わせはある。個人の金貨千枚は大金だが、リリアルの運営ではその程度の金銭の出入りはよくある事だ。
「おそらく、貴方の申告する帝国の冒険者としての実績が事実であれば、最低でも『薄黄』、帝国でいうならば星二の冒険者と認められると思います」
「そう、それはありがたいわ。では、今の内容を依頼として冒険者ギルドに出してもらって、私たちは冒険者登録をしてそこで指名依頼として受ける。ということでいいかな」
「勿論です……」
「……わ、私も同行させてもらおうか。王太子の代理人であればギルドも相応に扱ってくれるはずだ」
彼女の副元帥と高位冒険者としての立場でも無理は聞くだろうが、王国においては国王・王太子の権限の方が上なのだからそれは当然だろう。
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ミアンの冒険者ギルドに、王国元帥命で帝国冒険者『V』と『ビル』の冒険者登録を行う。等級は『薄黄』からと考えていたのだが……
「『薄赤』からのスタートとなります」
「まあ、指名依頼するから当然だな」
恐らく、この依頼が達成されれば、『濃赤』に昇格させることになるのだろう。とは言え、帝国でのランクをスライドさせるなら精々『一流』の端である星三つとなるようだ。帝国は厳しいのだろうかと彼女は想像する。
「えーと、冒険者同士だから『アリー』でいいかな?」
「はい。では私は、Vさんと『いいえ、仲良い子にはヴィーと呼ばれていたわ。だから、そう呼んで欲しい』わかりました、ヴィー、これからよろしく」
「こちらこそ。王都で美味いもの巡りとか、お願いね!」
どうやら帝国の冒険者は生きる事を楽しむ質のようだと彼女は思うのである。
「それと、帝国の冒険者の査定が厳しめなのは、傭兵も冒険者として登録させるためなのよ。帝国は小領主から特権都市に選帝侯まで雑多な領邦が入り組んでるから、傭兵が好き勝手しないように失業時は冒険者登録させ仕事を斡旋してるのよ。じゃないと、護衛が強盗にすり替わりかねない危険があるからね」
普通は星一つか二つで護衛や警備の仕事を請負うのだという。傭兵団も戦争が無いときは解雇されるし、武装した元傭兵が仕事が見つけられず盗賊化することもよくある事なので、それを管理したいという思惑が王国と比べるとかなり強い。
王国は百年戦争期には様々な国から傭兵が集まっていたが、それ以降は余り傭兵の活躍の場もなく、特に現在の王家となってからは脱傭兵が進んでいるため、王国内では近衛兵として常雇いされる山国兵か法国の弓銃兵くらいである。
「その昔、百年戦争の後で解雇した傭兵が集団で帝国と王国の国境沿いの地域で騒乱を起こして、都市や小領主が複数滅んだこともあるんだよ」
「その辺り、王国とは事情が違うのですね」
「うん、そう。かなり違うよ」
冒険者登録の合間に、彼女はヴィーと帝国事情についての会話続ける。
「仮に、私たちが帝国の冒険者となる事は可能でしょうか?」
先の事を考えると、帝国で冒険者として活動し情報収集を行いたいと彼女は考えていた。その際、リリアル生を何人か冒険者として連れて潜入したいと考えていたからだ。
「……貴族はちょっと無理だと思う。でも、まあ、騎士程度なら問題ないかな。帝国は騎士ってのは沢山いるし、しょっちゅう国が亡んだりするから、黒騎士もそんなにめずらしくない」
貴族は無理だが……そういえば、帝国では騎士身分は貴族ではなく独立した騎士身分であったことを思い出す。
「黒騎士……つまり、主のいない騎士ですか」
「王国の騎士でもそういう『黒騎士』であれば、登録できる。貴族扱いはされないけど、富裕な商人程度なら対等扱いかな。でも、星四つ以上の冒険者は爵位持ち並の扱いだから、そっちのほうが身分としては便利」
「なるほど。勉強になります」
帝国事情に詳しい、特に冒険者として長く活動しているであろうヴィーの言葉には『伯爵』とは異なる生の情報に接しているように彼女には思えた。
「帝国は帝国で面白いと思うよ。まあ、ご飯は美味しくないけれど」
「……それは……」
「ああ、白いパンが少ないんだよ。小麦だけだと量が足らないから、燕麦とか大麦なんかを加えてかさましするの。だから、黒っぽいパンで硬いし酸っぱい。まあ、そんな感じで麦がゆも美味しくないしね。でもまあ、ワインも白が多いし、エールも多いね。ブドウが取れないから、その分浄水用にエールを作る」
帝国は寒冷でブドウも育たず、水源も限られている為水を確保するためには麦を加えて発酵させた飲み物を飲むという。つまり、昼間っからエールなのであって、水のように飲むものだと後に彼女は思い知らされることになる。
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