第265話-2 彼女は応援の到着に驚く
その日、西門では彼女と伯姪が……と言うよりほとんど彼女がスケルトンを浄化していた。
「スケルトンだけなら楽なのだけれど」
「確かに、貴方のお陰で骨の回収も無いから、楽と言えば楽ね」
濡れた紙のように溶けて消える骨、ただの魔力持ちではスケルトンの消去まではいかない。精々、常人より大きなダメージが与えられるだけだ。スケルトンが消え去るさまを見た市民兵は口々に「流石は聖女様」とか、「リリアル男爵万歳」などと嬉しそうなのだが、このスケルトンをコツコツ削る間に、昼になってしまう。
凡そ五百は討伐しただろうか。一息入れて昼食を取っていると、俄かに堡塁上の物見をしている兵士が大声を上げる。
「きょ、巨大な猪らしきものが見えます!!!」
ミアンの市民たちが『新しい魔物の来襲か!』騒ぎ出す中、二人は落ち着いて食事をしているのである。
「……予想外ね」
「たまには連れてけってごねたんじゃない?」
その昔、廃城塞でゴブリン村塞から逃れて群を作っていたあの『
「遠目にはドラゴンよね」
「剛毛のドラゴンね」
仮に人間の軍隊であれば、城門に押し寄せている兵士たちは背後に現れた『魔猪』に気を取られ、また指揮官は一旦、魔猪に対応する為に戦力を再編成するため後退させるだろう。もしくは戦力を二分する。
アンデッドの兵士、さらに単純な行動しかとれないスケルトンにはそのような判断力は無いので、ゴーレムさながらに目の前の堡塁に殺到し、登るか城門を叩くかの繰り返しが継続する。
二人は食事を終えると、『魔猪』の発見の報を聞いた仮面騎士ロランや守備隊長が西門に集まってきたので、恐らくこれから始まるであろう、増援を城内に導き入れる為の作戦について説明することにした。
「カトリナは東門かしら」
「流石に、彼女まで離れるのは危険と判断して留め置いている」
「絶対見に来たがっているでしょうね。でも、あれ、リリアルの飼い魔物、番犬ならぬ番猪だから安心していいわよ」
リリアル学院の増援到着と伝わり、守備隊長をはじめ、ミアン市民兵に大いに安堵が伝わる。一部、市街に伝令が出され、暫くすると教会の鐘が『増援到着』を知らせる連打を始める。
とはいっても、精々十数人なのだが。全員が魔術師・魔装騎士である事を考えると、戦力としては一個大隊五百人に匹敵するだろう。
「九時課まで暇ね」
「それほど時間はないわ。それに、あの魔物がいるという事は、あの子達がやりそうなことははっきりしているもの」
猪の突進力を生かした一点突破。魔量を宿したその外皮・体毛をスケルトン如きが傷をつける事は出来ないだろう。踏みつぶし、押しのけた後を魔装馬車で一気に突破するつもりだろう。
「でも、よく考えたらさ」
「……何かしら?」
「あの猪、堡塁の門に入らないわよ」
「「「「「あー!!」」」」
それはそれで問題だ。西門にはスケルトンと百に満たないアンデッド・ナイト&ポーンが押し寄せている。ならば、これを機会に、全てを討伐してしまうことも可能かもしれない。
「あの猪次第ね」
「あの子たちがいれば、百のワイト擬きもそう苦にならないわよ」
ワイトも魔装鎧で完全防備のリリアル騎士には、触る事でダメージを与える事は出来ないだろう。そして、与える一撃は致命的となるはずだ。たとえ、聖なる魔力を有していなくても、聖魔装を用意しているはずなので、十分に浄化に至ることが出来る。
「今日は夜ゆっくり出来そうね」
「ええ、その前に、ひと働きが必要でしょうけれどね」
守備隊長に、リリアル生の宿を二十人分と馬車の保管場所を宛がう手当をするようお願いし、二人は門前の胸壁を馬車が通れるように叩き壊すことにした。
西門側はスケルトンを引き入れて討伐をするサイクルから完全に解放される前提での破壊だ。
周囲は、彼女の活躍を知っているので特に大きな不安はないものの、東門での一騎駆けを再現する事は西門前では不可能であることは理解できていた。何故なら、門の前にはビッシリとスケルトンが立ち並び、背後から駆け抜け弾き飛ばすという戦術はとる余地が無いからだ。
「閣下、馬を曳いてまいりましょうか」
「いいえ、今回は二人で門前をクリアにします」
「大丈夫。任せておきなさい!!」
彼女は薄く微笑み、伯姪は満面の笑みで守備隊長に言葉を反す。
「さあ、いよいよ私たちのターンね」
伯姪は魔装鎧で完全武装し、顔もスカーフで収め眼だけが出ている状態だ。それを見た仮面騎士ロランは「あれでも良かったんじゃないか……」
と呟くが、それではサラセンに伝わる『仮面騎士月光』ではないかと彼女は思うのであった。どこの誰かは知らないけれど誰もが皆知っているおじさんだ。大事なことなのでもう一度、仮面騎士月光はおじさんだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
九時課の鐘が鳴り響き、小山のような『魔緒』の姿が徐々に大きくなって来るのが見て取れる。
「あの猪の背後に馬車が続いているはずです。その馬車を門内に入れてください」
「え、え、それでは」
「大丈夫、馬車には魔装騎士が乗ってるから、門の中に入り込んだスケルトンなんて、瞬殺よ瞬殺!!」
そう告げると二人は門の前に群がるスケルトンの上に飛び降りた。
『魔装壁』
六面を魔装壁で囲い、二人は地面へと飛び降りる。彼女の魔力の壁に押しつぶされるように、下敷きになったスケルトンが溶けて消える。
「これ、このまま前進したら良くない?」
「……良くないわ。それに……カッコ悪いじゃない」
確かにと伯姪は頷き、彼女はバルディッシュを構え魔力壁の前面と床面を解除する。
壁が無くなり、押し寄せるスケルトンにバルディッシュの薙ぎ払いが命中、数体のスケルトンが弾け飛ぶ、その背後から押し寄せるスケルトンに伯姪が飛び込んで抑え込む。
彼女が構えを戻したタイミングでバックステップ、前に出てくるスケルトンを薙ぎ払い、再び伯姪がダッシュで前に出てスケルトンの前進を止める。
「これ、結構しんどいわね」
「もうすぐ目の前にやって来るわよ」
意図的に門の正面から外れ、馬車が通れるように位置を変えていく。同じことの繰り返し、彼女が薙ぎ払い浄化し、伯姪が突っ込んでくるスケルトンを抑える盾でありターゲットになる。彼女が構え、バックステップして回避すると、すかさず前進するスケルトンの戦列に彼女のバルディッシュの薙ぎ払いが命中する。ただそれを繰り返し、みるみるスケルトンが倒されていくが、殲滅には程遠い。
「来たわよ!」
スケルトンを跳ね上げ踏みつぶし、よく見ると……浄化しているようにも見て取れる。全身が薄っすらと青白く輝いて見える黒い体毛の『魔猪』。
「……聖性を持ってしまったのかしら……」
「ああ、あいつ森で魔物を喰い殺してるから、近隣の村から『森の守護者様』とか言われて、信仰され始めてるのよ。だから、最近魔力の質が魔物ッぽくないのよね」
「……嘘……」
彼女の中で聖女≒森の守護神という図式が成立し、軽くショックを受けているのであった。
彼女の目の前に到達する『魔緒』その背後には1台の魔装戦車と、二台の兎馬車が続いていた。猪はその場で旋回し、門の周り、彼女と反対側のスケルトンを蹂躙し始める。
「「「先生!!!」」」
三台の馬車から、学院生たちの彼女と伯姪を呼ぶ声が聞こえた。
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