第263話-2 彼女はスケルトンを天高く弾き飛ばす

 途端からさらに加速する馬。本来は重たい甲冑を背負った大男を背負う身が、今日はか弱げな女の子と猫一匹がほぼ平服で背中に乗っている。それは、羽が生えたように軽やかに突進できる。




「「「「「BAGaaaan!!!!」」」」




 戦列の側面から、ラッセル車が通り過ぎるように骨の兵士が斜め後方に跳ね飛ばされていく、その吹き上げられた兵士が後方のスケルトン兵の頭の上から降り注ぐ。




『WOOOOOOO!!!!!』




 右手の城壁の上から大きな歓声が上がる。腕を突き上げ、大声で彼女に口々にエールを送る。その歓声が、更に彼女の魔力に力を与える。




 アンデッドは物理的な力に耐性がある。只跳ね飛ばしても、骨が偶然に砕けなければ時間がたてば回復し、行軍を始める。だがしかし、彼女の魔力を伴った『聖なる障壁』により跳ね飛ばされたスケルトン兵は、立ち上がる事も動き始める事もなく、その体を動かす術式が浄化されてしまっている。




「どうかしら」


『一騎当千だな実に』


『まことに、主様は一騎当千でございますな』




 一騎当千、只一騎を以って千の敵に当たる、古今東西、歴史に名を遺すであろう豪傑を示す言葉だろうか。




「私は……まあ、悪くないわ。士気が上がるならね……」




 豪傑……嫁の貰い手がなくなるじゃない!! と口に出すと実現しそうなので黙っておくことにした。










 スケルトンの戦列をあらかた殲滅することができた彼女だが、残念ながら一つ問題が発生している。




「あの、アンデッド・ナイトには効果が薄いわね」


『死んだ恨みとかの念が強いから、障壁程度だと解呪浄化されないんだろうな』




 スケルトンは浄化・骨に戻すことができたのだが、グールに近いアンデッド・ナイト&ポーンは打撃を受けても退くだけで致命打に至っていない。簡易ゴーレムに近いスケルトンより人間に近い能力を持っているからだろう。




『ありゃ、グールと同じ首を斬り落とさねぇと無理っぽいな』


「なら、ここからは仕切り直しね。一旦引きましょうか」




 戦場を骨だらけにした彼女は馬首を返すと、城門に向けバラバラになったアンデッドの戦列を背後に走り去った。








☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★








 東の堡塁正面から一気に敵中を突破し、東門正面のスケルトンをほぼ浄化した彼女であったが、少々調子に乗り過ぎたのか珍しく魔力切れを起こし、魔力回復用のポーションを飲んだのだが……




『どうだ?』


「……多少マシにはなったかしら。ふらつきはしないわ」




 魔力量が根本的に違いすぎる為、並の魔術師なら回復する魔力量のポーションでもほんの一割程度しか戻らなかった。とは言え、彼女に捧げられた祈りによる効果で、聖女としての魔力はスケルトン程度なら完全に浄化し、東側の戦力はアンデッド・ナイトなどの高位の者だけとなった。




「どう、大丈夫?」




 伯姪が様子を見に来た。壮観ではあったが、きっといつものように無理をしたのだろうと察していたのだ。それは、海賊船をたった二人で討伐したあの日から変わらない彼女の性格からすれば容易に推察できる。




「ええ、全然問題ないわ」


「ということは……もう限界ね……今日の所は」


『そらそうだろ。スケルトン三千を一人で浄化とか、完全『聖女様』だろ?』




 本来なら、カトリナや守備隊長に大司教まで部屋を訪れたがっていたのだが、実質的彼女の副官である伯姪の「様子を見てくるのでここで待機を」という言葉で押しとどめてきたのだ。










 彼女の質問に伯姪は答える。




「市街の空気はかなり良くなったわ。流石は『聖女』様だってね」


「魔力の壁でスケルトンを跳ね飛ばすのは……らしくないけどね」




 とは言え、魔力壁に跳ね飛ばされたスケルトンが、濡れた薄紙のように溶けて消える様子は城壁の上から観戦していた市民兵たちによって街の住民に語られ、一応の安心と落ち着きをもたらしている。




「あれ、今日で最後なんでしょ?」


「他の場所では……馬で疾走というわけには行かないから。条件的に無理ね」




 ある程度の速度で疾走し、魔力壁で一方的に跳ね飛ばすことが必要であり、東門は前面が平たい外郭の空白地であったから可能であった。他の三面は街道と畑と堡塁が入り組んでいるので困難である。




「それと、スケルトン以外のアンデッドの軍勢が残ったわ」


「……全部ワイトなのよね……」




 何らかの方法で攻撃するにしても、削っていかねば討伐は不可能。その戦力は恐らく彼女たち騎士学校の女騎士四人と聖騎士達十数人以外、有効に対処できずむしろ被害を増やす可能性が高い。




「東の堡塁と城門の間に私の魔力を込めた『石塁』を築いて保険を掛けましょう」


「スケルトンがいなくなったから、東門にはあのワイト擬きが直接攻撃に参加してくるでしょ? 東門詰めになりそうだわ」


「カトリナや聖騎士の皆さんにも東門の防衛に参加していただくように伝えてもらえるかしら」




 士気は回復したが、根本的な問題は残っている。王都の増援が到着したとしても、ワイト擬き千体を相手にする事は相当に無理がある。普通の兵士にワイトを倒す事は出来ないからだ。




「聖都には連絡が行っているわね」


『数が違う。精々二十人の聖騎士と同数の駐留する騎士たちだろ? 魔導騎士だって、スケルトンならともかく、ワイトにはダメージ大して入れられないぞ』




 魔力の質と量の勝負となる。そう考えると、かなり分が悪い。




『ガキンチョどもが来るのを待つしかないな』




 明日一日、恐らくそれまで持たせれば、明後日にはリリアル生が到着してくれると彼女は確信している。




 そのための準備は整えてあった。そして、彼彼女たちは遠征慣れしている。その為に、あちらこちら連れまわしたのだ。彼女と伯姪抜きでも問題なく到着するはずだ。




 彼女をミアンの住民が信じたように、彼女はリリアルの生徒たちを信じていた。








☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★








 スケルトンが消えて、東門の状況は一気に難易度が上がったように市民兵には思われた。アンデッド・ポーンは人間のように素早く、また、力は並の男では刃が立たないほど強力であった。




「くっ、はっ」


「掴まれるなよ! 突き放せ」


「な、こと、言ってもよ!!」




 剣では間合いが近すぎて『触られたら負け』と聞いている市民兵たちは、フレイルやハルバード、スピアで城壁に飛び移ろうとするアンデッド・ポーンやナイトを払い落としているが、致命傷を与える事は出来ない。




 ワイトは悪霊が憑りついているスケルトンであり、その能力は魔力を纏う攻撃でなければ対応できない。故に、昨夜から、交代で騎士学校の従騎士と大聖堂の聖騎士が叩き落としているのだが、数が足りていないので、市民兵も壁役として参加している。




 運悪く触れられ『呪い』の掛かった市民兵は、軽ければ後方に下がり、教会で安静にすることで回復させ、重篤なら門で待機している司祭の浄化で回復させ命を取り留めている。




 彼女はそこにはいない。というより、彼女の負担を軽くするべく、市民も騎士も進んで前線に参加している。これも、昨日の一騎駆いっきがけの効果なのだろう。










 彼女と伯姪は東門と堡塁の中間である橋の全面、堡塁側に彼女の魔力を込めた『石壁』を構築していた。




「ここで押しとどめられなければ、最悪橋を落しての持久戦ね」


「暫く帝国とは交戦状態となるでしょうから、東側の街道を使用する機会は大きく減るでしょうからこの門が使えないのは問題がない……とは言えないわよね……」




 作るのは簡単だが、破壊するのは少々骨なのだ。とは言え、石を削り倒すことは時間を掛ければ不可能ではない。




「互い違いに半分ずつ壁を作るのはどう?」


「……馬車は無理かもしれないけれど、人間なら通れるくらいの間隔にすればいいかしらね」


「それなら、安全確保にもつながるし、暫くはそれで問題ないんじゃない?」




 馬車は他の門から出せばいいだろうし、東側はしばらくは内郭と外郭の間の補修工事など必要となるのだから、人が出入りできた方がいい。




「では早速……」




 石壁の術式の刻まれた魔石を地面に置き、彼女は橋の前面に交互に壁となるように二枚の『石壁』を築くのであった。




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