第255話-2 彼女は伯姪と『ジス』のワイトを退治する
夕食中、ワイトとの対決の話を多くの同僚にねだられ、ワイトとの対決以上に消耗した二人であったが、魔狼テント(自前)に戻り野営地の情報を収集しているワン太を交えて話することにしていた。
『俺もワイトとヤッテみたかったな』
「……死ぬわよ、ワン太」
「間違いなく、今日の晩御飯は挽肉よ……になるわね」
『……見栄張って正直すまん』
魔物の側に立つ狼人は、物理的に破壊できるアンデッドには対抗できるが、霊体、霊が乗り移ったものに関しては、攻撃方法がほぼない。魔力を奪われ衰弱させられることにしかならないだろう。
『その代わり、この辺りの村人に情報収集してきたじゃねぇか』
「先を進めましょう。で、貴方の耳には何が入ったのかしら?」
野良子犬として、また人型の場合冒険者としてジズに先乗りして情報収集していたため、初日は別行動であったのだ。というか、ずっと先乗りを続けさせるので、最終目的地で合流することになるだろう。
『ゴブリンや魔狼の姿が減ってしばらく安心できていたんだがな、最近はスケルトンの集団が徘徊しているから、少人数での村の間の移動は自粛中らしい』
「畑仕事も集団で出かけているのかしらね」
『そんなところだ。これから刈入れがあって、暫くは休ませるから、その間に対策をしようってのがこの辺りの村の合意だな』
騎士団も街道警備程度なら参加できるが、村を護るとなると、各村の領主の対応であり、ある程度は村自体が討伐しなければ領主も動かないと考えているからだろう。そして後手に回る。
「数はどの程度なの?」
『ニ三体のグループで、武装はほぼないみたいだな。だから、村にある長柄のフレイルとかスタッフで叩きのめして何とかなると考えているみたいだな』
この辺りは百年戦争の間、何度も連合王国軍の『
『騎行戦術』とも呼ばれるこの戦争方法は、敵の軍を避け、その後背地である村落を略奪・破壊することで戦力を温存し、士気を上げ、王国軍の支配地を傷つけることで王の威信を低下させ補給を困難にさせる意味があった。
これにより、戦場となった王国北部は荒廃している。ロマンデの大都市は何度も被害にあっており、今なお復興が出来ていない地域も存在する。敵の挑発、為政者から人心を引き離す離間効果、大量の難民を要塞化された拠点に押し寄せさせる効果など、戦略的な要素も高いが、実際はロマン人
の本性に基づく略奪行為の後付けの理由に過ぎない。
「あの時代、連合王国軍に対して何度か決戦を挑まなければならなかった理由、少数で多数の王国軍と対峙できた理由はこの辺りにもあるのよね」
「迷惑極まりないわよね。王国の国王位を要求しておきながら、王国の民を騎行で痛めつけて闘いを強要するとか、騎士ではなく蛮族らしいと言えばその通りね」
『だから島に追い出されたんだろあいつら。まあ、陸伝いに現れるサラセンも、船で現れるロマン人も似たものだ』
「いいえ、サラセン人には復讐するだけの根拠があるわけだし、その元になっているのは修道騎士団に代表される王国の食い詰め騎士たちの蛮行だもの。ロマン人は、そうではないわ。恩を仇で返す行為ではないかしら」
王国の北に領地を与え住まわせてやったにもかかわらず、王国の王位を血縁だけで要求するとは、軒先を貸して母屋を盗む行為であろう。
『その頃の骨がゴロゴロしてるってことで、素材には事欠かないわけだ』
「ついでに、浄化されていない兵士・騎士の魂もそれなりに存在している……というわけね」
百年戦争の前半、王国北部地域において約二か月に渡り連合王国軍は『大騎行』と呼ばれる長期の組織的略奪行を行った。一時は王都近郊まで現れ、王国軍を挑発する行為を行う。やがて、今回のミアンに至る経路を進み海岸に至るとそのまま北上し、王国軍が追跡するのを待ち構えていた。
「ミアンを流れる川の下流域が戦場となったのよ」
「森と森に挟まれた狭隘部に戦力的に劣る連合王国軍が布陣。その狭い正面に柵を設け、ぬかるんだ地面で機動力の落ちた王国騎士を弓を用いて弱らせてから攻撃して王国軍は完敗したのよね」
王国軍と言うよりは、国王に従う諸侯の軍であり、統一した指揮系統ももたない寄せ集めの騎士の集団であった。つまり、数的優勢は戦闘の断面においては存在しなかったと言えるだろう。
「その時の死体から作られたスケルトンの可能性が高いわけね」
『潜んでいるものもあるだろうから、正直、分からないみたいだ。普通の農民が一人で森に入れなくなっているから、そろそろ王都にも討伐要請をしなければならないくらいみたいだぞ』
秋になれば、冬を越す為の薪や豚に食べさせる団栗の為に農民は森に入らねばならない。
「薪は春先から次の冬の分を集めているから今年はそこまでではないでしょうけどね」
「それでも、森に入れないのは死活問題ね」
スケルトンの目撃情報はどの辺りまで広がっているのか、彼女は狼人に調査しミアンで報告するように指示を出した。暫くは別行動になるのであろう。
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翌日訪れた『グルネー』、更にその翌日の『ポア』においても、スケルトンの出没情報があり、「何とかしてくれ」と教官たちににじり寄る村人もいたのだが、「これは学生の研修。村役人から領主也然るべき筋に報告し、正式な依頼をするように」とお断りした。
この辺りは、小さな伯爵領が入り組んでおり、勝手に騎士団が活動することは躊躇される。王家の直轄領ではないからだ。
「うなじがチリチリするわね」
言葉にこそしないが、彼女も同感だ。もし、リリアルを率いている状況なら、何人かを斥候で出して、森に潜んでいるスケルトンを魔力走査で虱潰しに当たって、数日かけてでも討伐するか、簡易拠点に魔物を集めて一気に討伐するだろう。
「実際に見えている数は、潜んでいる数の数分の一以下でしょうね」
「森に入れないという事は、そこに大量に潜んでいても気が付かないわけだから、その通りね」
数千単位での損耗を出した古戦場が近くにあるのだから、当然でもある。
コルトの戦い、このロマンデ周辺の戦いで一方的に王国の騎士と兵士が敗れた事象が複数重なっている地域であるから、その素材には事欠かないと言えるだろう。
「子供や年寄りの骨じゃ、良いスケルトンにはならなさそうだもんね」
「……良いスケルトンは、浄化されたスケルトンだけよ」
『そりゃ、ただの骨じゃねぇか』
気の利いたことを言っているつもりかと『魔剣』がツッコむ。それにしても、スケルトンの集団発生が自然現象なはずはない。
「三々五々に生み出されたスケルトンが一体どうなっているのか、調べたいものだわ」
「集団行動中だから無理よ。それに、スケルトン程度なら大きな城壁を持つ都市なら十分守り抜くことが出来るでしょう。途中の街や村は都市に退避するしかないでしょうけれど」
骨の兵士の移動速度は人間と変わらないかそれ以下に過ぎない。とは言え、一昼夜休みなく移動可能であることから、一日の進軍速度は凡そ50㎞は可能だろう。馬車や騎兵と変わらない速度で、尚且つ糧秣の心配もいらない。
「集まり始めたら、ミアンまで一日、王都にも数日で到達するんじゃない?」
「教導する存在がいるとするなら、それだけを討伐することも可能だからそこまで心配しなくても、いざとなれば実行に移すわ。今は大人しく、学生としての本分を全うしましょう」
学生の本分は勉強なので、彼女たちは一先ず討伐に関しては頭の外に置くおことにした。
『ミアン』は連合王国や帝国に近いというだけでなく、重要な都市である。王国の毛織物産業の中心地であり、古の帝国時代から続く都市・要衝でもある。北に連合王国の橋頭堡『カ・レ』が存在し、南には『聖都』、東にはランドルからネデルへと続く道が続く。王国の勢力圏をランドル方面に進出させ、連合王国の影響を排除する為にも大事な拠点なのだ。
王家もそれを認識しており、また、百年戦争で荒廃した地域でもある為、特権都市として保護し、市壁の補強にも協力している。とは言え、独立した都市という形式上騎士団を配置するわけにも行かず、防備は市民兵と街を囲む城壁に頼らざるを得ない。
城壁を破壊するには多数の大砲が必要であり、その為には大規模な軍を編成する必要がある。帝国はネデルに専念しており連合王国も同様である事から、突然降ってわいた軍勢でも現れなければ、問題なく防衛できる。
――― 降ってわいた軍勢がいればどうなるのかという事は別の話だが。
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