第七幕『ミアン』

第253話-2 彼女は限りある準備を進める

「必ず殺すと書いて『必殺』!!」

「必ず殺される場合も『必殺』じゃない? 縁起でもない」


 最近、遠征が近づくにつれ、脳筋度が加速している公爵令嬢である。冒険者として得難い経験をして一回り成長したのだが、ジジマッチョ方向に成長してしまった、残念な令嬢と言えるだろう。


「……まあ、公爵令嬢であれば、嫁の貰い手は沢山あるでしょうから、別に何も言う事はないわ」

「ふむ、最低でも王太子妃の枠は残っているからな。今から、王太子妃様(笑)と呼んでも構わんぞ」


 確かに、ギュイエ公爵家の娘なら、王妃も全く問題ないだろうが、なおのことこんな所で生き死にを掛けるような立場にいていいのかどうか疑問に思う。その辺り、本人はともかく公爵家や王家はどう考えているのだろうか。


「騎士として一人前になるまでは好きにして良いと言われているからな」

「公爵様は……娘が話を聞く気が無いので、線引きをしておるだけでございます」

「なっ、娘の自主性に委ねているのではないのか!!」


 カトリナ嬢の言葉をバッサリ斬る侍女カミラ。その子供の頃からの苦労が偲ばれる。自分に都合の悪いことが記憶できない人が一定数存在するのだが、間違いなくカトリナはその人だろう。


――― 見た目は麗しいが、中身は真正のポンコツなのである。


『こいつが王妃とか、絶対ヤバいな……』


『魔剣』の呟きに、彼女は同意するのだが、国内の高位貴族の娘に王太子に釣り合う女性は彼女くらいなのである。かといって、帝国・連合王国に釣り合う女性を求めるのは環境的にも宗教的にも難しいし、法国の公爵家なども同様に問題がある。政治的な勢力をいじりたくないので、国内の有力貴族の娘を嫁に取りたいのが王家の本音であろう。


「ん、王太子妃に興味があるのか?」

「いえ、全く」

「でも、今のままで行くと、あなた伯爵になる事になっているじゃない?」


 彼女は、タラスクス討伐の功をもって、順次陞爵することになっている。何より、自前の騎士団が持てるのは伯爵以上の家系であるのでリリアル騎士団設立のために、伯爵となる事は内定しているのである。タラスクス討伐の功績で、それが確定路線となっただけなのだ。


「十八歳で子爵、二十歳で伯爵の予定でしょ? 伯爵家の当主なら、王妃でも可能になるわよね?」

「……聞いたことないわね、女伯爵が王妃になるとか」

「まあ、何事にも初めてはあるからな。リリアル伯爵が先例となるだけであろう。伯爵領も王家の一部になるのだから、王家としては丸儲けだな」


 そんなケチ臭い王家は嫌なのだが、王妃様や国王陛下なら合理的に考えないでもないと思えるのが恐ろしい。


「私、仮にそうだとしてもリリアルに住み続けるわよ」

「元々、王妃様の離宮なんだから問題ないじゃない。むしろ、本来の使用用途に戻っているから、悪くないわよね」

「問題は、リリアル騎士団長が王太子妃であることくらいだろうか」

「……ちょっとカッコいいわね。どこぞの年増独身女王より、若き王太子妃が軍の先頭に立つ方が士気が上がるってものじゃない」

「戦争しないわよ、私は」


 彼女は王国を魔物や盗賊から守るためには働くが、対外戦争に参加する気は全くない。そうならぬよう、魔装騎士たちを国境に配置しているのは王国の国防戦略の要なのだ。


「まあ、絵的には羨ましいな。私も、自分の騎士団が欲しいものだ。魔装騎士はロマンがあるからな」

「確かに、筋肉ムキムキのおッさん集団にはないリリアルの良さがあるわね」


 少女騎士団と実際の編成上見られているリリアルである。その実戦の戦績より、可愛らしい少女たちが騎士服を身に纏う姿が王都でも話題になっているという。王都に彼女らは遊びに行かないので、本人たちはあまり知らないが、彼女の姉や孤児院のシスターたちから話を聞くことがある。


「私も、自分の侍女たちを女騎士にするかな」

「……お辞め下さい。公爵閣下の具合がまた悪くなります」

「前にも何かやらかしてるんだ」

「それで、近衛にぶち込まれたのではないかしら」

「む、た、大したことではない。ささやかな遊び心だ」


 カミラ曰く、カミラを基準に貴族の子女に訓練させたところ、大怪我や疲労困憊者続出で、公爵様に抗議が殺到したり、侍女を辞職する者たちが殺到して大混乱となったらしい。数年前の話だが。


「それで、冒険者の依頼も正規ルートで出したわけね」

「う、そうだ。実際、良い経験をさせてもらったので、感謝している」


 話は堂々巡りになりかねないが、彼女が話をできるブルームのメンバーはカトリナ主従しかいないので、ミアン遠征に向けてのすり合わせを行う。


「アンデッドが出た場合、霊体の者はその場から動けないので、発見したらそのまま後退して近隣の大聖堂に報告。アンデッドの専門家に討伐は任せてもらいたいの」

「リリアルで聖魔装を作成しているから、その装備を持った聖騎士が討伐に向かうから、任せてちょうだい」


 『聖魔装』の言葉に激しく反応するカトリナだが、一切無視する。


「そ、その聖魔装とは!!」

「教会の聖騎士優先だから今回の遠征にあなたが持ち込むのは無理よ。王家にも騎士団にも断りを入れているから」


 と先に断言をしておくのだが……カミラがカトリナの耳元で何か囁く。


「ふふ、こんな事もあろうかと、ギュイエ公爵家の家宝の一つ『ポワトゥの聖魔棍』を持ち出す事に成功したぞ」


 ポワトゥの聖魔棍とは、サラセン人が王国に侵攻した千年ほど前の戦いで当時の王が使用した聖なる棍棒のことである。その地の大聖堂であるポワトゥ大聖堂に保管されていた物を……無理やり借り出したらしい。やはり、高位脳筋令嬢は侮れないと彼女は思った。


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