第248話-2 彼女は思わぬ死霊に出会う
大きな回廊の先は細かく分岐した幾つかの細室になっている。ここは、更に高位の埋葬者の遺骸が安置されている。
「狭いわ」
「ええ、縦列で距離を取りましょう」
間隔をあけ、一人ずつ聖油の松明を携行する。伯姪は自身の剣を納鞘し、バックラーと松明を構える。
「あと二体よね」
「ええ。だけれど……」
細室のいずれかに存在するというかなり曖昧な情報しかない。目撃した騎士もかなり記憶に混濁があり、証言が不明確であったからだ。
「いたわ」
人一人がようやく通れるほど通路の先にそれはいた。朧げな姿は他のスペクター達と同じなのだが、身に着けているであろう鎧が豪華なのだ。
『Quis es』
「……貴方こそ……誰?」
先ほどの騎士達より随分と豪華な装いの二人の騎士。
『Ego sum Praeses et Praesidis 』
「……なんて言っているの?」
伯姪は古代語は守備範囲外なのだ。彼女は聞えた言葉を伝える。
「総長と管区長だそうよ」
「……」
伯姪が深く沈黙する。それは、三百年前に異端として生きながら火刑に処せられた修道騎士団の『総長』と『王都管区長』その人なのであろう。
「狂っていないじゃない」
「いえ、最初から狂気に侵されていれば、それ以上狂う事はないわ」
「そ、それはそうね」
伯姪が珍しくたじろぐ。敬虔な御子神教徒であれば、彼らに対する畏敬の念を持つものだろうが……彼女はそうでもない。現役聖女であるわけだし。
「先ずは、仕掛けてみましょう」
聖油球からの、聖なる炎攻撃。その油球が命中、炎に包まれるが、先ほどの騎士達の様に燃え上がる事はなく油が燃え尽きると、何事もなかったかのように二人はそこに存在していた。
『回避も防御もしなかったな』
「……必要ないと判断したのでしょうね」
「どういうこと?」
つまり、彼らの異端はその認定こそが神を欺く物であったという事なのだろう。先ほどまでの騎士達は、『異端』を認め秘かに埋葬されたものであり、厳密に言えば、虚偽の証言で神を裏切りその身を護った為、神の加護を得られぬスペクターとなったのだろう。
『こいつら、本物の神の戦士なんじゃねぇか』
「なら、迷わず、神の国に送り届けて差し上げましょう。主上も、彼らの魂をお待ちでしょうからね」
『ははっ、ちげえねぇ』
彼女は魔銀の盾を魔法袋から引き出すと、、前にかざし前進する。
「ど、どうすれば……」
「あなたはそこで、見守っていてちょうだい。もしもの時は、結果を伝えて欲しいから」
縁起でもないと思いつつも、彼女が太刀打ちできないのなら、自分にはそのくらいしかできる事はないと伯姪は悟る。
『主、援護いたします』
こっそりと背後を付けてきた『猫』が牽制役として騎士たちの足元を走り抜け、実体化したタイミングで攻撃をする。
『Et tamen』
『A pythonissam』
「魔女ではないわ!!」
魔剣に魔力を通し、思い切り斬り上げる。実体化していないはずの騎士にダメージが入るのは、聖なる魔力のせいか、それとも無駄に魔力を多く込めているかの問題なのか。
『俺じゃなきゃ、これほど魔力を瞬時に叩き込めないがな』
「よく通るのね。魔導率がいいのかしら?」
斬られたところから黒い墨の様な煙を噴き出す管区長らしき騎士。その背後では、大きく口を開いて威嚇するかのように吠える声があがる。
『Diabolus enim et destrui!!!』
その声に、伯姪が悲鳴を上げ固まったかのように動けなくなる。
『これ、魔力少ない奴にはしんどいな』
「言霊……音のブレスみたいなものね」
『お前平気だな』
「どうせ大したことは言ってないわ。悪魔だなんだと、あなたたち自身がこの世に留まるためにスペクターになっている時点で何がどう違うのかしらね」
剣を再び管区長のスペクターに叩き込む。更に多くの魔力を流し込まれ、形が維持できなくなりつつあるようだ。
「これで……Est finis!!」
『obsecro ira!!!』
四面の三角形の障壁は青白く輝き、魔力を用いた牢獄に、形がおぼろげになったスペクターが捉えられる。
『これ、普通の魔力障壁だと餌になるな』
「魔力、生命力を自分の物にするからかしら?」
『だな。強力な能力を維持するためには、相手の力を奪い自分の物にする事が必要だが、お前の魔力は吸収できないからな』
「あら、お口に合わないようで申し訳ないわね」
その三角の四面体は徐々に小さくなりつつ、中のスペクターは黒い煙となり徐々に形を失っていく。
『Illic!!』
「馬鹿を言わないで。あなたの相手は、この後すぐよ」
魔力を通し、魔剣の剣先を長く伸ばし、スピアの様に管区長の後ろから襲いかかろうとする総長の胸にその剣先を叩き込み、魔力を注ぎこむ。
『Gaaaaa、Quid est hoc quod dolor!!』
魔剣曰く『本物の神の加護の痛みだ。元総長』と呟く。
結界が完全に天へと集約された後、そこには何か黒い石の様な塊が落ちていた。恐らくは、遺骨を魔力で固めたものだろうか。黒い水晶の様に見える。
『あとで慎重に回収だな』
先ずは、目の前の総長に注力する。一対一ならそれほど難しくはない。大きく振り下ろす剣をバックラーで魔力を通して受けると、当たった箇所の剣が黒い煤のようになりかき消える。そして、彼女の剣先が鎧をこそぐように触れると、黒い煙が立ち上り、総長のぼやけた顔が苦痛に歪む。
『Iterum voluntatem Dei me tentatis?』
「試しているのはそうかもしれないけれど、あなたたちをここに呼び出したのは神ではないわよ」
『ああ、死霊術師だな。神を冒涜するものだ。お前はその手先の魔物に過ぎない。さっさと、神の御許に帰るんだな』
さりげなく、『猫』の爪で削られたところも黒い煤となって傷ついていく。
「あら、貴方にも神性が?」
『主の魔力の影響ですね』
足元を『猫』上半身を彼女の剣先で削られ、徐々に希薄化していく『総長』のスペクター。
『Guwaaaaa!!!』
聖なる魔力の結界に捕らえられ、その結界が収縮していく。痛みなのか、絶望の叫びなのか、スペクターは声を上げながらやがて煙となり姿を消すに至った。
そこに残されていたのは、二つの黒い水晶。
『どうするんだこれ?』
「その前に、助けるわよ」
『お、おう』
凍り付いている伯姪に彼女は回復の為のポーションを飲ませ、さらに、彼女の魔力を掌から体全体にゆっくりと流し込む。
「ゲホッ、は、はあぁぁ。ごめんね……動けなくって……」
「大丈夫よ、討伐も無事終了したのだから。それに、あの咆哮で動けなくなるのであれば、対策を打つ必要も確認できたのだから問題ないわ」
「そ……そうね。学院生が受けずに済んで良しとしましょうか」
苦笑いして恥ずかしさを誤魔化す伯姪の顔を見ないようにし、彼女は二つの水晶を回収するためにその場を離れた。
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直接手で触れる事は危険と判断した彼女は、かなてこで掴み、魔晶石の粉末を混ぜた魔封じのガラス瓶に一つずつ黒い水晶を収める事にした。
「これ、何だと思う?」
『魔導士に聞いた方が早いだろうな。魔術師の管轄じゃねぇだろう』
「それもそうね。でも、余り神々しいものは感じないわ。古くなった武具のような雰囲気ね」
『物の怪の類というところか』
古くなったものに魂が宿るという考えがある。精霊であったり、悪霊であったりするのだが、人間の遺骸にも同じことを起す事は出来るのだろうか。御子神教において、人の死体は『物』として扱われる。魂の『器』に過ぎない。器に何か精霊が備わる事は珍しくない。
「完全に専門外ね」
『あの伯爵ならまだ多少は知っているかもしれねぇが……』
「話をまともにしてくれるかどうかが微妙ね」
すっかり力の抜けた伯姪を背負いながら、彼女は地下墳墓の出口を目指し歩いていくのであった。
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