第234話-2 彼女は王都に戻り、子爵家の蔵書を読み返す
食事を終え、部屋に引き合上げると彼女は『魔剣』に気になっていることを聴くことにした。それは……
『ああ、あの「斬撃」飛ばす技な。『飛燕』は魔力の消費が大きいが、魔力纏いのと結界の派生技だからお前なら十分使えるぞ』
ワイトの聖騎士が見せた斬撃を飛ばす技を彼女も使いたいと思ったのである。今のところ、後方から味方をフォローする打撃力に不足を感じていたからだ。
「どの程度の消費の増加かしら?」
『お前なら問題ないが、結界を複数同時展開できないレベルの魔力なら飛ばす事自体出来ないな。リリアルのメンバーならお前に似た娘二人とちびっ子とデカい男位だな』
黒目黒髪・赤毛娘・赤目蒼髪・青目蒼髪の四人。可能性的には癖毛もあるのだろう。伯姪や茶目栗毛は魔力が不足しているので無理なようだ。
『無理というか「飛燕」が維持できないから放てないというのが正しいな』
そう言いうと、『魔剣』は彼女に『飛燕』を教えた。
翌朝、10㎝ばかり髪が短くなった彼女を見て……
「おお、アリー やはり暑くなってきたから髪を切ったのか!!」
とカトリナが話しかけたことは言うまでもない。いや、そうじゃないでしょう。
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数日後、騎士学校に戻った彼女たちは三日間の休暇が出た。伯姪はリリアルに、彼女は子爵家で調べものがあるからと別行動をとる事にした。仕事を押し付けたわけではない。
『魔剣』曰く、「修道騎士団」を解散に導いた王の時代、子爵家は未だ男爵であり、王の法律顧問たちの配下として王都の都市計画・運営に関して仕事をしていたという。未だ尊厳王の城塞のみで、「修道騎士団」の王都本部の城塞は王都の敷地の外にあった時代だ。
彼女は家族に「二日ほど泊まって書庫で調べものがある」と伝え、食事以外の時間は書庫に籠ることを伝えた。書庫に入ると、『魔剣』に当時のことを問いただした。
『あいつもお前と同じ二番目の子だったんだよ』
当時の男爵家の次男が『魔剣』の言う『あいつ』であったのだという。本来、家を継ぐべきではなかった彼を、彼女同様魔剣は書庫で声を掛けた。
『兄貴の手助けをしたいって言って……朝から晩まで勉強してたんだぜ』
「……お兄さんが素晴らしかったのでしょうね……」
彼女と姉とは少々毛色の違う兄弟であったようだ。兄は男爵家の仕事も熟していたが、いまだ父親が男爵家当主として活動しており、兄は騎士として王家に仕えていたという。父親が引退すれば男爵家当主として弟の力を借りて家を継ぐつもりであったのだ。
「それで、お兄様はどうされたのかしら」
『戦死した。コルトの戦いで死んだ騎士の一人だ』
千を越える王国の騎士が戦死したランドル領での戦いに、騎士として参加した次期男爵は戦死し、当主はすっかり生きる気力を失ってしまった。
『あいつもお前と同じで、魔力は有るけど魔術師として教育を受けていなくてな。俺が声を掛けて、ちょっと手助けすることになったんだよ』
兄の戦死で次期男爵とならざるをえなくなった『彼』に『魔剣』は力を貸す事にしたのだという。とは言え、彼女より成長した時点で接触したので、魔術自体はそれほど大した能力を得る事はなく、『彼』を『魔剣』が守る為に身に着けられるようになり、同行するようになったのだという。
「つまり、あの騎士団が解体される時に、あなたは珍しく引籠りではなかったというわけね」
『ああ、バリバリの当事者の傍にずっといたぞ。直接・間接に見聞きしたこと、それと、書庫にあいつの残した日記やメモがあるはずだ。ま、持ち出さずにここで控えを取るか何かした方が良いな。原本は秘匿してくれ』
「勿論よ。そう、我が子爵家も当事者なのね」
『王命だからな。直接手を下したりは全然してねぇぞ。あくまで異端の調査であるし、結構時間かけて教皇庁や王家や大学に三部会も絡んで意見調整したんだぜ』
三部会は「聖職者」「王侯貴族」「市民(商工業者)」の三つの身分の代表者が意見を述べる会であり、重要な政治的決定に関して王家はこれを集めることをした。連合王国や帝国にも似た会議は存在する。
先ずは『修道騎士団の解散』に携わった時点で、彼は男爵家の当主となっている。激務過ぎて老いて落胆した父親では難しいと判断し、爵位を譲られていた。王命である。
『魔剣』は当時の修道騎士団がどのような存在であったのかを掻い摘んで彼女に説明した。
修道騎士団をはじめ、『聖征』の為多くの騎士団が設立された。一つは、カナンの地の『聖王国』を護り、巡礼者を守るためのもの。今一つは、それ以外の地域の異教徒から御神子教徒を護る為の騎士団である。
王国内において修道騎士団は数百の支部を持っていた。その支部一つ一つは本来の王国に仕える貴族と何ら変わらない、むしろ強固な城館を構えていた。
修道騎士団の王国内の支部はその支配下の農村の管理や都市においては寄進された不動産物件の賃貸などで利益を上げていた。
その原動力は、本来教会に納める十分の一税を免除され自身の収入にすることができる特権を与えられていたことにある。また、王国内においても王や貴族に命令を受けることなく、その上には教皇のみが存在する完全な治外法権を有していた。
聖王国を護る騎士を育成し、またその為の兵站を担う拠点として王国や帝国・法国の修道騎士団支部は運営され、新しく修道騎士となる者を育て東方へと送り、傷病で第一線で活躍できなくなった騎士を教導騎士として王国をはじめ支部の運営に携わらせるように人を配置することを繰り返した。
その話が大きく変わるのは……聖王国がカナンの地から消えたことに起因する。
『王都の修道騎士団本部もすごいが……地方の各支部も一つの城塞として機能している規模だったんだぜ』
『魔剣』曰く、周囲250mほどもある堅牢な胸壁で囲まれた城塞の中には、居館は勿論、穀物倉庫や商会の店舗、騎士自体は数人程度の配置であるが、従騎士や従者がその十倍、使用人も数十人は抱えているのが当然であった事を考えると、男爵家子爵家などよりもよほど戦力を有している存在であったと言えるだろう。
貴族の兵士はそもそも常雇いは少なく、精々騎士が数人程度でしかない。数十人の戦力が常時駐在しているのだから、『修道院』というよりは『騎士団』の駐屯地と変わりがない。
『今、騎士団が進めているのはそれに似ているな。まあ、王領だけだろうけど、あの頃は、街や村単位で寄進するから、丸々修道院兼修道騎士団の所領になってたわけだ。そんなもの、サラセンとの戦争が終わって国の中にボコボコあったら……どうなるんだよ……って話だ』
戦力を送るべき場所が無くなったわけであるから、その武力がどこに向かうかと心配しない者はいないだろう。
現在の騎士団、そして王立騎士団は王都圏以外の王領において、修道騎士団のような制度を整備し、統治する仕組みに組み込みたいというのが現在の王家の考え方である。一歩進め、常備軍の基幹組織とすることも付加されているようであるが。
「ある意味、リリアルも似ているかもしれないわね」
『似ているなんてもんじゃねぇな。そっくりだ』
そうかしら? と彼女は思う。寄進も受けていないし、支配している荘園や農村も特にあるわけではない。
『お前の優秀なところは、「孤児」という今までなら見向きもされなかった存在を人的資源の供給先として利用することに気が付いたことだな』
「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい。王都の治安を改善し、経済力を高めるためには、今まで手を差し伸べられていない弱者を育てるしかないと思ったからよ」
その思いの元になったのは、自分が姉より劣った何も持たない存在であったと信じていた時に出会った性根の腐った『魔剣』に気が付かされたことである。
可能性に気が付かせられ、意志さえあれば世界を変えることができると思えるようになったことを、『孤児』達にも感じてもらいたかったということが一番に存在する。
「まあ、これでもあなたには感謝しているのよ。色々気が付かせてもらって、力にもなってもらえたのだし」
『そうか、もっと日ごろから口にしていいんだぞ!!』
いやいや、そこまでではありません。いや感謝しているのだが、性格の悪い中身がおっさんの『魔剣』に感謝を口にするのは少々面白くないのだ。
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