第219話-1 彼女は演習場で前伯の実演を見る

「魔物は3mほどもある事は珍しくない。リーチもそれに従って長いものとなる。身体能力は再現できても間合いの長さは剣では再現できぬので得物を変えさせてもらう。四人同時で構わぬので、手加減なしでかかって来るがよい」


 中年に差し掛かりつつある教官たちの顔が一瞬少年のように輝く。伝説の老騎士と真剣勝負にGoサインが出たからである。身体強化あり、魔力纏いは四人組側のみあり、魔術の使用は直接攻撃以外の支援・補助系は許可が出ている。


「四人とも魔力持ちの騎士なのよね」

「それでも、魔術師に成れるほどではないから……参考にさせてもらうわ!」


 バスタードソードを装備した四人の教官は、半円上に広がり、前伯にジリジリと接近する。前伯の構えは防御重視の下段の構え。その振り回される柄のイメージから『長い尾』の構えとも呼ばれる。





 バスタードとは混血児・私生児の意味もあるが、両手半剣と言われる片手でも両手でも扱える剣の別名であり、刺突重視の古帝国から続く集団戦剣術と、単騎で切り結ぶ蛮族の剣の両方を成り立たせる『混血』の剣の意味だという。


「ロングソードを斧のように振り回すなんて、血の気の多い騎士向きの装備よね」

「帝国の傭兵は背丈ほどもある長剣を背中に十字架のように背負っている奴もいるそうよ」

「ふふ、凄い身体能力なのかしら。それとも、こけおどし?」


 両手剣はフルプレートを装備し盾を用いない騎士にとっては大いに魅力のある装備に思える。軽装の兵士の中に飛び込んで振り回せるだけの体力があれば、大いに敵を倒せるだろう。歩兵の戦列に飛び込んで剣を振り回すという戦い方だろうか。


 教官騎士がタイミングを合わせ一気に前伯に斬りかかる。体を入れ替えながらフォーチャードを振り上げ、当たった教官が数mも吹き飛ばされる。その振上げた得物を次は走込んで振り下ろすジジマッチョ。まさにオーガの如き戦い方に見える。


「力任せでありながら合理的な操法ね」

「魔力の強さだけでは操作できないもの。五十年の修練の賜物なのよ」


 剣を振らぬ日は無いほど、毎日体に馴染ませた動き。年をとってもそれは少しも色褪せてはいない。斬りかかっては弾き飛ばされ、隙を見せれば追撃される。多少前腕に刃が届いたとしても、手甲で弾かれていまう。


 一人、また一人と叩き伏せられ、教官は数分で全員のされてしまった。


「というわけで、オーガーは手強い!!」

「「「「!!!!」」」」


 自らを『戦鬼オーガ』と表現できる自信は素晴らしいが、叩きのめされた教官たちの立場が無い。いや、学生なら数分と持たないだろう。


「では、魔力持ちから相手をしようか。先ずは、その四人じゃな」


 高位貴族の子弟で魔力を持っている事が自慢の近衛騎士所属の四人。その実、剣技も魔力の操練も大した事はない。つまり、イミテーションな騎士。


「どうした。遠慮せずにかかってくるがよいぞ!」

「「「「……ぅぅぅぅ……」」」


 軽くジジマッチョが威圧をすると、竦んで動けなくなってしまったようだ。ヤジる声すら発せられないほど、魔力を『威圧』に用いた前伯の操練に演習場にいる全員が硬直する……


「相変わらず、派手な魔力の流れね」

「完全な隠蔽からこれをされると、魔物も賊も一瞬で金縛りに合うのよね……」


『衝撃』よりも魔力の総量は少なく済み、尚且つ、面で魔力を周囲に拡散させる事で、敵の行動を一瞬硬直させることができる魔術の一種だが、彼女を含めリリアルには使える者がいない。理由は、身体的な器による共鳴が発動できないからである。


「筋肉無駄に鍛えているわけではないことの証明ね」

「魔力を体内で共鳴させて周りに発射するんですもの。体の大きさ基本的な身体能力が必要なんだそうよ」


 魔力を体の中で回して増幅するとでも言えばいいのだろうか。身体を錬金術の蒸留器のように使い魔力の濃度を高め周囲に発射するといった原理らしい。


 硬直した相手をポンポンと軽く叩いていくと、グシャッとばかりに倒れ落ちていく。


「まあ、今日は慣れるところから……じゃな」


『威圧』に似た能力で『咆哮』を用いるものもいる。獣系や幻獣と呼ばれる種類の魔物も使う。『魔熊』も『咆哮』を使えるのだが、使う間もなく制圧してしまったので、彼女たちは体験していないのだが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 近衛の魔力持ちの騎士が倒れていく中、最後に残ったのはカトリナ主従と魔導騎士である幼馴染他一名の四人組である。


「あれって、体内に魔力を蓄えて自分の中で圧を高めておけば何とかなるわよね」

「ああ、体の中に魔力纏いを掛ける感じかしら?」


 目の前の四度の立ち合いを経験し、彼女の中では『威圧』は自分自身の『圧』を高める事で相殺できることに気が付いていた。恐らく、彼らもそうであろう。


「さあ、そろそろ一太刀浴びせてもらいたいものだな!!」


『威圧』を発動し、一瞬何かを叩きつけられたような空気を切り裂くように、三人が前に出る。彼女の幼馴染ではない魔導騎士はどうやら気が付かなかったようなのである。


「ほお、良く気が付いたな!!」


 刃のついた長柄の尾を振り回す、鈍い銀色の甲冑に身を包んだオーガが吠える。

 

 カトリナと魔導騎士は九十度の角度を付けて、そして、カミラは気配を消して背後からジジマッチョに迫る。


「だあぁぁぁぁ!!!」


 気合と共にバスタードソードを両手持ちで叩きつけるカトリナの剣戟を虫でも追い払うように跳ねのけると、魔導騎士には石突で胸を突き飛ばし、低い姿勢で死角からのカミラの刺突を回避する。


「おお、なかなかやるではないか。ほれ、今一度仕掛けてこい」

「……いや、彼が不味そうだ」


 石突で刺突されて吹き飛んだ幼馴染の魔導騎士は、受け身も取れずに後ろ向きで地面にたたきつけられたのかピクリとも動かない。


「中途半端な反撃は痛い目を見る……とでも言いたいのかしらね」

「手加減しても……とは言えないわね。何と言ってもお爺様だからね……」


 これでも相当に手加減しているはずの爺なのであるが、ちょっと本気になると大人げない対応になるのは仕方がない。


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