第218話-2 彼女は前伯の講義を聞く
恐らく、騎士学校の実習には、警邏の業務も含まれるようになるだろう。それは、今回は新地区である……ルーンの支部での巡回業務になると彼女は考えている。あの隊長がルーンの騎士団支団長となると話を聞いているからである。
「はあぁぁ、と思うわね」
「リリアルの冒険者の活動と変わらないじゃない?」
「……だから溜息が出るのよ」
騎士団のメンバーとの警邏なら慣れたものなので問題ないだろう。近衛や魔導騎士団は警邏業務の経験もなく貴族の子弟なので……問題が起こる可能性も否定できない。いや、絶対に起こる。
「率直に言ってだな、貴族の婿に望むことは血筋もそうじゃが、実務能力。特に、領民とのコミュニケーション能力を重視するな。公爵ならともかく、男爵子爵なら代官の仕事もある、伯爵侯爵なら領地経営も家令任せとはいかんだろう。実子ではなく婿なのだから、優秀な者を娶りたいと思うのが
人情じゃ。近衛の仕事でそれを身に着けるのは難しかろう?」
何人かの貴族令息の顔色が真剣なものとなる。婿に入る先を自分で見つけろとでも言われているのかもしれない。
「一つのフラッシュアイデアじゃが、王立騎士団な。あれは王都圏以外の騎士団業務と王立師団の指揮官を兼務する役職になる。地方の貴族の婿になるなら……まあ、余談じゃがそんなところだな」
何人かが「おぉっ!!」と声を上げる。近衛で燻ぶるくらいなら、王立騎士団に移動願を出し、腕を磨いてその先の婿入りを狙え……という示唆と受け止めたのだろう。
「世知辛いわね」
「……おかしいわ……私も商会頭夫人を目指していたはずなのに……」
「リリアル商会の会頭ならなれるんじゃない?」
会頭ではなく、会頭夫人が彼女の望みなのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
昼食の時間、何故か食堂には若者に囲まれるジジマッチョの姿があった。姉は講義終了と共に「忙しいんだよ☆」とばかりに去って行った。忙しければ引き受けなければいいのに。
「大人気ね……」
「生ける伝説だからじゃない。王国で戦争経験ある現役の騎士って雲の上の存在か、引退した年配の騎士ばかりだから」
確かに、爺ではあるが現役復帰可能な……できることなら替わって欲しいくらい元気な前伯である。サボアでの討伐に関しても現役の騎士を上回る能力を見せていた。
「でも、もう一週間不眠不休で戦える体力も魔力もない……と仰ってたわね」
「普通、最初から無いわよそんなもの。歩く人外魔境ね」
若い従騎士と……何故か教官も混ざって和気藹々な空気を醸し出している。馴染み具合が半端ないと言えば良いだろうか。
「あのね」
「……何かしら」
「今日は珍しく……カトリナが食堂にいるわよ……」
「先ほどまではいなかったじゃない?」
「おそらく、急いで自分の昼食を済ませて戻ってきたのよ……多分」
めちゃくちゃ嬉しそうな顔でジジマッチョの背後に立って会話に聞き入っている公爵令嬢がいます。
「ファンなのかしら?」
「ファンなんじゃない?」
「お二人に、折り入ってお願いしたい議がございます」
二人の背後には、公爵令嬢の侍女であるカミラ子爵令嬢が立っている。
「あなたに用事だと思うわ」
「……お爺様の件?」
「はい。しばらく先の辺境伯様は王都にご滞在と聞いております」
「そうね。講師の任期の間は王都で過ごされるみたいね。ニース商会の別宅に泊まると聞いているわ」
「ああ、それで姉さんが急いで戻っていったのね」
前伯夫人は王太后様の世代の貴族の当主や先代にとっては『華』と称された美人姉妹の姉である。今回は姉妹で王都に逗留し、ニース商会の広報も兼ねて茶会や夜会に数多く出席する予定なのだという。そのアテンダントが姉の仕事というわけなのだろう。
「お爺様も、お若い頃は『ニース公子』としてとても人気があったそうよ」
「そうよね。見た目は……悪くないものね。王都の貴族の子弟とはかなり毛色が違う。野営も問題ないし、捌いた肉をその場で調理するとか……貴族の女性からすれば『野人』みたいなイメージよね」
社交界の『華』がうっかり惚れてしまうのは、吊り橋効果的な何かがあったのかもしれない。
「でも、この時期の王都は過ごしやすいからって、喜んでいるそうよ」
「冬はとても寒いじゃない」
「ふふ、ニースだと衣装を重ね着するのが難しいの。コートなんかいらないから、つまらないのだそうよ」
ニースの冬に毛皮のコートは不要であるし、そういった冬らしい装いをするなら、王都の方が楽しめる。雪も降るし、季節感もはっきりしている。
「でも……冬の遠征は辛そうね」
「夏汗だくで野営よりはいいんじゃない?」
と関係ない話をしていたのだが、結局、今日の夜はカトリナの別邸に前伯と二人が夕食に招待されることになっているのだという。既に、爺は承諾済みだと言う。
「承知しました。よろしくお願いしますね」
「楽しみにしているわ!」
恐らく、カトリナと三人で食卓を囲むことになるのだろう。別棟内ではカミラは侍女として振舞うからである。
さて、満腹になった後、午後の時間は……
「儂と仮想亜人としての稽古じゃな。人間相手では細かい剣技も役に立つが、魔物相手では致命傷にもダメージにもならんことがある。故に、実際、どの程度の能力なのか体感してみた方が良いだろうな」
身体強化と魔力纏いを掛けてジジマッチョを「オーガ」と見立てて四人単位で討伐の真似事をするというのである。
「そうじゃ、アリーは後衛に専念してもらおう。直接対決すると、収拾がつかなくなるからの」
「……先日手合わせしていただきましたので、それでお願いします」
サボア公爵の前での手合わせの事である。どこからか「むう、羨ましい限りですわ!!」と声が聞こえてくる。羨ましがらずとも、討伐に向けて対応をしてもらうつもりなので安心してもらいたい。
演習場に集まる二十四人に若干の有志の教官。初手は教官たちの即席パーティー四人が手本を示すという。
「どう思う?」
「多分、あなたにいいところ見せたいのよ」
「私たちでしょう? 散々お相手しているのだから、これ以上は遠慮したいわ」
ガハハと笑い声をあげる前伯の装備は、魔銀製のフルプレートに、得物は彼女の最近お気に入りのバルディッシュにもやや似ているが、恐らくはグレイブに似た『
「ハンマーではないのは加減しているのでしょうね」
刃引きしてあり、魔銀製でもないそれは一応、手加減の範囲なのであろう。
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