第204話-2 彼女は公爵令嬢と昼食を共にする
さて、午後は簡単な「武具の扱い方」に関する講義である。騎士であれば、剣と短剣、それに槍程度が使えれば問題ないのだが、兵士の場合はそれなりに使うべき装備が変わってくる。
徴兵された兵士たちが装備する竿状武器に関して、扱い方を理解し、自分たちである程度訓練できるようにする必要がある。剣でダメージを与えるには習熟が必要だが、徴兵された兵士にはそれは期待できない。
「という事で、長柄の武器を貸与するわけだ。それと、お仕着せの短剣だな」
短剣は、学院でも使っている簡素なバゼラードタイプである。最初に教官が取り出したのは『ショヴスリ』と呼ばれるウイングド・スピアの一種であった。
「これは使いこなすのが難しいが、この両方に突き出した刃の部分で鎧を引っ掛けたりして馬上から引き落とすことができる。が、あまり使わん」
槍に慣れたものが使うと効果が高いが、初心者向きではないという事だ。
「学院の魔術師の子はあれの魔銀製を使うのよね」
「ええ。牽制と制圧用に向いているけれど、確かに魔力と体格がある程度伴わないと使いこなせないわね」
赤目蒼髪と青目蒼髪が装備していることが多い。二人はメンバーの中で体格が恵まれているメンバーである。
「次はこれ『ゴーデンダッグ』だ。これは槍よりさらに単純に刺突だけに特化した武器だな」
直径はかなり太い金属の円錐が先端についたクウォータースタッフの様な形である。形が単純な分、プレートやチェーンで刃が折れることなく使いやすい武器であると言えるだろう。勿論、スタッフとして殴りつけることも有効な気がする。
「ちょっと古臭いが、こんなのもある。『クト・ド・ブレシェ』だ、連合王国ではグレイブというのに似ている。片端の曲剣をスタッフに括り付けたような形状だ」
彼女と伯姪は『あれに似ている』と感じている。バルディッシュは刺突も可能な切っ先があるが、これはマチェットのようで刺突は向かなさそうである。そして、徐々に嫌な予感が高まってくるのは否めない。
「ねえ……」
「まさかの模擬戦への流れじゃないでしょうね……」
さらに、武器の紹介は続く。
「これは『ベク・ド・コルバン』、槍とウォーピックとハンマーが組み合わさった武器だ。見た目はハルバードより華奢だが、刺突や打撃に関してはこっちの方が扱いやすい。力任せに殴るだけな分、不慣れでも上手くいく」
重装の騎士を数人の歩兵で突き倒し叩き伏せる為の武具だろうか。フレイルも必要な気が……
「そして、これは『フットマンズ・フレイル』だな。脱穀の為の農具から派生した打撃武器。これも振り回して馬上の騎士を叩き伏せる為に有る道具だな」
教官は、この辺りの装備を中心に、試合形式の模擬戦を行う事にすると宣言する。とは言え、防具も付けていないし、寸止めだって失敗すれば大けがすることになる。
「何、心配するな。身体強化出来る魔力持ちだけで軽く試あうだけだ。ルールは寸止めか転がした方が勝ち。この手の装備はそういう運用も必要だからな」
重装備の騎士は倒れた場合自力で立ち上がれないことは多い。故に、戦い方は騎士とは違うという事である。その辺りを、実際使わせて様子を見ようという事なのだろう。
「じゃあ、この手の装備が得意な冒険者の経験者と……近衛の誰か手を上げろ」
「私が行くわ」
伯姪が手を挙げ、相手は取巻きの一人、伯爵の三男坊の固太りの如何にも騎士らしい男である。相手は『ショヴスリ』を手に取り、一二度ふり降ろし構えを取る。伯姪は……『ベク・ド・コルバン』を手に取る。
「フレイルではないのね」
「ちょ、それじゃやり過ぎになるわよ!!」
どうやら、伯姪は振り回す気のようである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
3mほど離れ、互いに構えを取る。所謂中段の構えである。竿の中央部分からやや後方を持ち、お互いの首元を穂先が指しているのだが、そこが目標では
ない。
「身体強化のみ認める。勝負は寸止め致命判定か、引き倒されるまで。始め!!」
互いに気合を入れてジリジリと旋回が始まる。踏み込みのフェイントを掛けながら、仕掛けるタイミングをお互いに探っている。
先に仕掛けたのは令息、伯姪より20㎝は背の高い相手は、そのリーチを生かすべく、下段の構えに変えると踏み込んで足元を斬り上げるように穂先を旋回させると、そのまま体を捻って間合いを詰めた。
「いやぁー!!」
どすっとばかりに、踏み込んだ相手の腰のあたりに、『ベク・ド・コルバン』の石突が当たる。グエッといった音が聞こえてくるが、致命傷ではなく身体強化した上での受けなのでダメージも大きくはない。
再び、間合いを取り、先に当てられた令息の顔が赤く染まる。どうやら、この手の稽古で当てられたことがないのだろうか。頭に血が上るのは、騎士としていかがなものかと思わないでもない。
互いに構えを変え、伯姪は下段、相手は上段から振り下ろす構えに変化する。どうやら、打ちおろして寸止め……でもちょっと滑っちゃったごめーん狙いなのかもしれない。
「打ち下ろしに気を付けて」
「大丈夫よ。躱すわ!!」
空気が緊張してくる。ジリジリと互いの間合いを詰めながら、一撃を繰り出すタイミングを待つ。そして……
「キエェェェ!!!」
振り下ろされる『ショヴスリ』の刃先を半歩下がって躱すと、その穂先に自らの武具を絡め、捻りこむように相手ののど元に切っ先を突きつける。
「しょ、勝負あり!! 勝者メイ!!」
両手持ちから一瞬で片手持ちに切り替えた伯姪は、石突を握りレイピアの付きのように『ベク・ド・コルバン』の切っ先を相手の顎に突きつけた。
「うーん。実際、叩きつけられないからこんな感じかしらね」
「お疲れ様。けれど、普通の兵士には参考にならないわね」
「一対一なんて余程の事が無きゃですもの。余興よ余興」
兵士の戦いは個人戦ではないので、あくまで武器の操練を見学させるための方便に過ぎないと思うのである。マジになってはいけません。
とは言うものの、身体強化の使える平民騎士はかなり少なく、アンドレとヴァンくらいしか使えないようで、使えないものの筋力でどうなるかということでドニが加わることになる。
アンドレとヴァンはそれなりに戦って見せたものの、相手は魔力も武器の操練も一枚上手であるので、勝つことは出来なかった。生まれつき騎士となる訓練を受けてきた貴族の息子と、平民では剣以外の武器の習熟度はかなり異なる。
「まあ、従騎士では剣の稽古程度しかしないでしょうからね」
『騎乗で槍を扱うことなんて先ずないか。馬は移動の道具って認識だろうしな』
騎乗で槍を用いて突撃することも、槍を合わせることも想定外なのだから、扱える訳がないのだ。槍は間合いが遠い分、操作は繊細になる。
「ドニ!! その筋肉が無駄じゃない事、見せてみろ!!」
連敗を喫した騎士団は、魔力無し筋肉大盛りのドニが、なんとカミラと対戦することになる。ドニは『ゴーデンダッグ』、カミラは『クト・ド・ブレシェ』……力と技の対決になりそうである。
「勝負は寸止め致命判定か、引き倒されるまで。始め!!」
頭二つ分は背の低い、小柄で童顔なカミラの姿がフッと視界から消え去る。
すると、ドニの足元を強力なスイングが掠め、足首を長柄のブレードの背が弾き飛ばしていく。つまり、『クト・ド・ブレシェ』の刃ではなく峰の部分でドニの足首を跳ね飛ばしたのである。
ドニは足首を跳ね上げられ背中から後ろに倒れ込み、何もする間もなく試合終了となった。
「……身体強化のレベルが高いわ……」
「速度もタイミングも際立ってる。流石公爵令嬢の側近ね」
カミラはやはり腕は相当立つと思われるが、恐らくその片鱗程度しか見せていないのだろうと彼女は感じていた。
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